トップ小説作成者・ネネちゃんのうさぎ3さん


―かすかべ市
『どんなに理想の自分を築きあげたって、それに勝る相手が現れてしまったら
 おしまいだ。でも、別に俺は気にしない。何故なら、市民の安全を守ること
 だけが、刑事、野原ひろしの役目だからだ―』
俺はそう思いながら、刑事課のドアを開けた。

野原刑事の事件簿 〜庶民の楽しみ利用計画〜

「よっ、ひらのひらし君。ちゃんとジュース買ってきたー?」
「あらあなた、買出しごくろうさま」
「たーい」
「オレンジジュース買ってきました警察署長、お気遣いありがとうございます
 刑事課長、よく分からないけどありがとうございます刑事係長―」

俺は野原ひろし、かすかべ署の刑事だ。そして俺の家族も刑事だ。

一時期俺と妻のみさえは離婚の危機にさらされていた。
子供たちをつれてデパートで話し合いをしていると、あろう事かテロリストが
入ってきたのだ。
俺はしんのすけやみさえと協力してテロリストをやっつけた。
それがきっかけで、俺とみさえはやり直す決心がついた。

その後、テロリスト逮捕に協力したしんのすけとみさえ、そしてひまわりまで
刑事になった。
長男のしんのすけはトントン拍子で出世し、ついに警察署長にまでなってしま
った。みさえや長女ひまわりも少しずつ出世、みさえは刑事課長、ひまわりは
刑事係長になった。俺はヒラだというのに、、。

「野原くん、お帰り、、」
「あ、元刑事部長、、」
部屋の奥からエプロンを着た男性刑事が出てきた。
この元刑事部長は、しんのすけが一回目の出世をしたときに部長の座からおろ
され、ひまわりのおもり係になってしまった不運な人である。

このほかにも、フランスのインターポールから来たジャン刑事や、イタリアの
インターポールから来たニコラ刑事、(おそらく同一人物、、いや、人物じゃ
なくてブタだ)その通訳のようこちゃんなどもいたが、派遣刑事のためもう
帰っている。

そんな刑事課に、今回もあらたな事件が舞い込んでくる。

プルルルル、、電話が鳴り響いた。
「はい、こちら刑事課」
みさえが電話に出る。
「はい、はい、、了解いたしました」
受話器を置くみさえ。
「刑事課長、誰からですか?」
「本庁からよ」
「で、用件は?」
「今やってるニュースを見てくれって」
「えーっ!もうすぐでアクション仮面が始まっちゃうのに!」
「しんのすけ、事件とアクション仮面、どっちが大事なんだよ!」
「父ちゃんは母ちゃんと事件、どっちが大事なんだー!」
「うーむ、、迷うなあ、、」
「そこは一発で決めろよ!そんな事より早くニュース!」
「お、おう」
俺はあわててニュースをつけた。
『各地のスーパーなどで、セール、安売りが禁止されるという異例の事態が
 起きています。原因はまだはっきりしておりません』
「、、へ?」
「銀行強盗とか、密輸事件かと思ったら、、なあ、みさえ」
「ジョーダンじゃないわよ!」
「刑事課長?」
「あのねえ、主婦にとって安売りがどれだけ重要なことだか分かってるの?
 ましてやそれが禁止?ふざけんなぁー!!」
「み、みさえ、落ち着け。それを何とかするのが、今回の俺たちの役目だろ」
「そ、そうだゾ母ちゃん」
「たいやい」
「、、それもそうね。じゃ、さっそく情報を集めましょ」
「ほっ、、、」
とりあえず捜査が開始された。やれやれ、、。

「じゃ署長、早く指示を!」
みさえが声を荒げる。
「ほ、ほい。じゃ、母ちゃんは町内の聞き込みね。オラと父ちゃんは近くのスー
 パーに行くゾ。元刑事部長はひまのおもりね」
『ラジャー!』

俺としんのすけは近所のスーパー、マンモスーパーに向かった。
「ニュースでやる位だから、きっと大事なんだろな」
「そだね。でもオラは、チョコビが買えればそれで良いゾ」
ま、いくら署長って言ったって、まだ五才だもんな。
スーパーの前にパトカーを止めた。
スーパーの中に入る。
「お、おおっ!!」
そこは、色んな意味ですごい光景が広がっていた。

安売りセールが評判を呼び、いつも主婦が殺到していたこのスーパーに、客は
誰ひとりとしていなかった。あたりを見回しても、安売りの宣伝広告が見つから
ない。スーパーの店員はあたりを掃き掃除しているだけだった。

「こ、こんにちは、、」
俺は近くにいた店員に声をかけた。
「あ、お客さんですか?」
店員は少しやつれているようだった。
「いえ、俺たちは刑事です。何でも、安売りが禁止されてるとかで、、」
「そうそう、母ちゃんがすっごく怒ってたゾ」
「あ、僕はパートですので、そういうことは店長にどうぞ。今、部屋にご案内
 します」

コンコン、
「店長、入りますよ〜」
「あぁ、いいよ」
店長の声が聞こえた。
中に入ると店長がうなだれていた。
「はぁーっ、、ん?この人たちは?」
「刑事さんだそうです。じゃ僕、時間なんで帰りますね」
「ご苦労さん、、。刑事さんたち、とりあえずお座りなさい」
「は、はい」
「ほ〜い」
俺としんのすけはソファに腰掛けた。テーブルを挟んで向かいがわのソファに
店長が座っている。

「どうも、かすかべ署から来ました。野原と申します」
「こんにちは。私は店長の安田です」
「あのー、早速ですが安売りの禁止について、何か知っている事はあります?」
「いえ、詳しいことは分かりません、、」
「そうですか、、。この安売り禁止は、何が原因なのでしょうか?」
「はい、全国各地のスーパーに、上の方から禁止するようにと連絡がありまし   て、、」
「上の方って、父ちゃんから見たオラってこと?」
「、、そうだよ(否定できないのがくやしい、、)で、その上の方っていうのは
 具体的にはどんな組織なんですか?」
「全国のスーパーをまとめている組織です。なにしろすごい権力を持っているの
 で、何を命令されても逆らえません。いつもは、もっとお客が喜ぶように安
 売りを増やせと言ってきます」
「それが突然、安売りを禁止しろと言ってきたんですね」
「はい。それが原因でお客さんもすっかり寄り付かなくなってしまいました。
 あいつらは一体、何を考えているのやら、、」

俺たちはスーパーを出た。なんだか店長が気の毒に思えてきたので、チョコビを
一箱だけ買った。

「―で、聞き込みをした結果、主婦の89パーセントがこの安売り禁止に不満を
 持ってるらしいわ。そして、各地のスーパーは上からの命令で仕方なく安売り
 を禁止にしていると、、」
「そういうことだゾ」
昼下がりの刑事課である。仕入れた情報をまとめているところだ。
「しっかし妙な事件だな。上の組織には何のメリットもないはずなのに」
「そうねぇ、、」
「おおっ!!」
突然しんのすけが大声を張り上げた。
「ど、どした?しんのすけ」
「ホラ見て見て!チョコビとおまけシールのほかに、何か入ってる!もしかして  プレミアもの〜?」
「なんだ、ビックリさせるなよ、、。なになに、、『おめでとうございます、
 これは引換券です。ご指定のスーパーに持っていけば、チョコビをもう一つ
 差し上げます』だって」
「おわーい!やった、やった!」
「へえーっ、こんなの当たったの初めてね。ん?まだなんか書いてあるわよ」
「えっと、、『なお、この券はかすかべ市双葉町の並木通りにある、にぼしスー
 パーでしかお取り扱いしていません。刑事課の皆さん、絶対に来て下さい』
 、、だってさ」
「へえーっ、、え、なんであたしたちが刑事課の刑事だってこと、知ってる
 わけ?」
「このチョコビを買ったスーパーには、俺たちが刑事だとは言ったけど、、」
「どうも怪しいわ、、よし、もういちどそのスーパーに行くわよ!」

俺はみさえとしんのすけをパトカーに乗せ、スーパーへ向かった。
「ココを曲がって、、あ、あれ?」
「これがそのスーパーなの?工事中じゃない」
「さっきは工事なんかしてなかったゾ」
俺たちはパトカーを降りた。工事現場の近くに、見覚えのある人物が立って
いた。
「おーい、安田さーん!」
「ああ、さっきの、、」
店長の安田さんが、呆然とした表情で立ち尽くしていたのだ。
「一体、どうしちゃったんですか?」
「いやあ、お客さんが来ないもんだから、今日の所は店を閉めたんです。
 家に帰ったら、電話がかかってきまして、、」

プルルルル、、
『はい、もしもし』
『やあ、君はマンモスーパーかすかべ支店の店長、安田君だね』
『はい。いかにも』
『私はにぼし団リーダー、煮田だ』
『に、煮田様!いつもお世話になっております!』
『用件なんだがね、君、すぐにスーパーにもどって来たまえ』
『はい?』
『行けばそっちの人間が指示を出してくれる、、じゃ、そういうことで』
『も、もしもし!?』

「そういうわけでスーパーに戻ってきたら、このありさまです」
「そのにぼし団ってのは、さっき話して下さった、上の組織なんですね」
「はい」
「おじさん、さっきスーパーで買ったチョコビに、変なのが入ってたゾ」
「、、ああ、これはさっき、にぼし団からの指示ですべてのチョコビに入れた
 ものです」
「またにぼし団なの?」

「はい。『絶対にチョコビを買う人物が今から来る、だから、この紙をコピー
 して、店にある全てのチョコビに入れておいてくれ』と言われて、その紙も
 送られてきたんです」
「そりゃあ、しんのすけとスーパーに行くと、必ずチョコビも買わされるけど
 、、ん?あなた、背中になんかついてる」
「え?」
「ほいっ」
しんのすけがジャンプして、俺の背中についていた物を取った。
「これは、、」
「おお、この前やってたアクション仮面に出てきたゾ!んーとんーと、、、
 あっ!盗み聞き妖怪キキミミーが使ってた、とんちょうきだ!」
「それを言うなら盗聴器。とりあえずあなた、それは壊した方が良いわ」
「お、おう」
俺は小型盗聴器を踏み潰した。
「そうか、にぼし団の奴らは、俺としんのすけの会話を聞いてたんだな」
(さっきの会話) 
『、、、きっと大事なんだろな』
『そだね。でもオラは、チョコビが買えればそれで良いゾ』

「むーっ!プライバシーのしんがいだゾ!」
「プライバシーってほどでもないような、、」
「おーい、安田さーん!そっちのカナヅチ持ってきてー!」
「えっ!?なんで私が、、」
「にぼし団の人たちに頼まれたんですよー、工事の指示を出してやってくれ
 ってー」
「わ、分かりました!」
「指示って、工事の手伝いのことだったのか、、」
「じゃ、野原さん、私忙しくなっちゃったのでこれで失礼します」
「はあ、がんばってください、、」

「、、で、これからどうするの?」
「どうするったって、、どうする、みさえ?」
「決まってるでしょ。やる事は一つ!」
『ゴクリ、、』
「お腹へっちゃったから、レストランに行きましょ」
「そういうと思った」
、、みさえはこういうヤツだ。

パトカーで走り出してから、一時間がたった。
「、、おい、みさえ。さっきからレストランがどんどん過ぎちゃってるぞ。
 一体どこに行きたいんだ」
「オラおなかすいたー」
「あんたたち、私がただお腹すいたからレストランに行くとでも思ってるの?」
「普通そうだろ」
「ちっちっち。分かってないわねえー、張り込みよ、は、り、こ、み!」
「張り込み?」
「そうよ。この、かすかべ市並木通りにあるにぼしビルに最も近いレストランに
 行くの。食事もできて内部の様子も分かる。一石二鳥でしょ?」
「そんなに都合良くいくかねぇ、、」

「おそらく引き換え券という都合上、ビルをスーパーと名乗ったんだわ。
 それにしてもにぼし団って、、ネーミングセンスがないわ」
「母ちゃん、そんなの前からじゃん」
「まあね」
俺はカーナビをちらっと見た。
「みさえ、並木通りに入ったぞ」
「うーん、、あのファミレスなんか良いんじゃない?」
「でもみさえ、この近くにビルなんてないぞ。ほかの所にするか?」
「え〜っ!?あたしお腹すいたぁ〜!」
、、みさえはこういうヤツだ。

「オラ、ハンバーグとポテトとプリンアラモード!」
「じゃあたしは、牛サーロインステーキとカルボナーラとフルーツケーキ!」
「お、おい、俺そんなに金持ってねぇよ〜」
みさえは軽く嫌なカオをして、俺のサイフをのぞいた。
「五千円か、、ま、何とかなるわ」
「ホントか?」
「うん。そのかわりあなたはドリンクバーでガマンしてね。」
「えっ、、」
俺は愛する息子と愛する妻のおいしそうな食事を横目に、コーヒーを飲んだ。
「くそう、ヒラは損だぜ、、ん?」
入り口からどやどやと、スーツを着た団体が入ってきた。
店員の一人が気づいて声をかける。
「いらっしゃいませ。煮田様ご一行様、お席の確保は出来ております」
「うむ」
煮田と呼ばれた初老の男が返事をした。
「もしや、、おい、みさえ、しんのすけ」
「何よう」
「なーに?今オラ忙しいんだゾ」
「今入ってきた団体、多分にぼし団だ」

「どこにいるの?」
「ほら、あの長いテーブルに座ってるやつらだ」
「あの真ん中に座ってるのは?」
「どうもその初老の男が煮田らしい」
「ふーん、あいつが、、よし!主婦の代表として、あたしが文句言っちゃる!」
「や、やめろ。みさえ」
「何で?あいつらのせいで、主婦の89パーセントが迷惑してるのよ!」
「ちっちっち。ダメダメですな、母ちゃんは。あのにぼし団が安売りを禁止
 させたってショーコがどこにもないじゃない」
「あ、、。でも、安田さんが全国のスーパーに電話して指示を出したって、、」
「それも安田さんから口頭で教えてもらっただけだろ。どこかのスーパーが
 電話での会話を録音してたらそれが証拠になるんだが、、」
「あたし、ちょっと全国のスーパーに聞いてみる。あらかじめスーパーのメール
 アドレスを入れておいたの。一斉にメールするわ」
「分かった」

「、、ダメだったわ。どこも録音してないって」
「そうか、、」
「あ、にぼし団が店を出るゾ!」
「よし。俺たちも出よう」
「うん!」

俺たちは駐車場へ向かった。少し先にはにぼし団が歩いている。
「いいか、あいつらに気づかれないように、さりげなく追跡するぞ」
「分かったわ」「ほっほーい」
にぼし団は四人で一つの車に乗るようで、黒い車が四つ用意されていた。
煮田は部下の3人と、一番奥の高級車に乗り込んでいた。
「よし、俺たちもパトカーに入るぞ」
俺たちが乗っているのは普通の車にサイレン(取り外し可能)が付いたものだ。
サイレンはさっきからずっと外している。これで刑事だとはバレないだろう。
「追跡、開始!」

にぼし団の車(計四台)と俺たちの車は人気のない道路に出ていた。まさに悪人
のアジトがあるにふさわしい場所だ。
追跡を始めてから15分ほど経った。そろそろ怪しまれてないだろうか。
その時、みさえのケータイが鳴った。
「はい、もしもし。あら元刑事課長、どうなさったの?、、ひまわりのミルクは
 にこにこマークのやつですよ。今は追跡してます、にぼし団の。はい、じゃ、
 そゆことで」
みさえがケータイを切った。
と同時に俺もブレーキを踏んだ。
「どうしたの、急に?」
「みさえ、、となり、見てみろ」
「、、、!」
「しんのすけ」
「なーに?」
『なんでスピーカーのスイッチ入れてんだよ!!』
みさえが話してた内容はにぼし団に丸聞こえだったわけだ。で、今にぼし団の車
に囲まれてるってわけだな。ハハ、、ハ、、。

俺たちはにぼし団に捕まり、アジトへと連行された。
「ねえあなたぁ、これからどうなるの?」
「さぁな、殺されはしねえだろ」
「もう、緊張感がないんだから」
「父ちゃん母ちゃんうるさいゾ!せっかくにぼし団の人たちがおれんこーして
 くれたのにい」
後ろの方で団員が苦笑している。少し憎めないなコイツら、、。
その時、部屋のドアが開いた。
入ってきたのは煮田会長その人で、団員がそれに合わせるように頭を下げた。
初老でどっぷりと存在感のある煮田は、俺たちに近づいてきた。
「かすかべ署の刑事さんたちだね。私がにぼし団会長の煮田だ」
「オラはかすかべ署署長のしんのすけ!こっちが母ちゃんで、こっちがヒラの
 父ちゃん!」
「ヒラまで言わなくたっていいだろ!!」
俺は思わず反論してしまった。
「、、まあいい。で、その刑事さんたちがウチに何の用だね?」
「はい。全国のスーパーが一斉に安売りを止めてしまうなんて、めったにない事
 です。消費者や店員もとまどっています。しかも、何の説明もなしにそんな事
 をするなんて―」
俺は一呼吸おいて、続けた。
「事件性があるのではないかと思い、スーパーをまとめる組織を追ったんです」
煮田は黙って聞いていた。そして、口を開いた。
「そう。お察しの通り、私どもが仕組んだ事です。全国のスーパーに安売りを
 止めさせ、安田のスーパーも壊した」
「なんで安田さんのスーパーを?」
「―私は、にぼしが大好きだった。三時のおやつもにぼしを好んで食べたよ。
 でも、スーパーに行くたびに辛い思いをした。何故なら、値段をギリギリまで
 下げられて、無造作に放置されているにぼしを幾度となく見る事になったから
 だ。そう、私の前のスーパー団体会長は、にぼしが大嫌いだったんだ」
煮田はつらつらと語っている。
「だからスーパーでもにぼしをないがしろにした。私はそれが許せなかった。
 頑張って資格を取り、私は会長になった。にぼしへの敬意を忘れないために、
 団体名もにぼし団にしたんだ」
みさえが俺にささやいた。
「なーんか、『にぼし命』ってカンジね」
煮田は続けた。
「消費者のみかたであるスーパーだ、安売りはできるだけした。しかし、どんな
 事があろうとにぼしだけは値下げしなかった。それが、今までのにぼしの扱い
 に対する、ささやかなお詫びだった」
ホントにぼし好きなんだなあ、この人。
「全国のスーパーにもその事を伝えたので、にぼしの安売りは一切行われること
 はなかった。あいつが店長がなるまでは、な」
「あいつって、、安田さんか?」
煮田は黙って頷いた。
「安田は売り上げを伸ばすためなら、どんなことだってした。成績もそれなりに
 伸びてきたので、マンモスーパーの店長にしたんだ。それが間違いだった。
 禁じられているにぼしの安売りに手を出したんだ」
全員が息を飲んだ。
「しかも、それをしたら売り上げが1%伸びた、という事を全国のスーパーに
 言いふらした。売り上げのためならと、スーパーは我先にとにぼしの安売り
 をはじめた。それが偶然私の耳に入ってきたのさ。
 信じていたのに――な」
煮田は全て話し終えた様だった。
「にぼし安売り連鎖の元凶となった安田のスーパーを壊し、安売りも全面的に
 中止した。そうだな、煮田」
「、、はい」
「自分の私利私欲に走ったわけじゃないけど、消費者に迷惑をかけた事は確か
 よね。少しの処罰は受けてもらうわ」
「はい」
「煮田のおじちゃん!」
「なんだ?署長くんよ」
「オラもにぼし、好きだゾ!」
煮田は小さく笑った。

少しして、元刑事部長とひまわりも駆けつけた。
「署長、おケガはありませんでしたか?」
「のーぶろぶれむ。それよりひまは泣かなかった?」
「たーよ」
「そうか、泣かなかったかぁ」
「野原くん、煮田の処分の方はどうする?」
「ああ、罰金と謝罪会見あたりがいいと思います。あ、ちょっと俺抜けても
 よろしいですか?」
「ああ、別にいいけど、、?」

俺はあの工事現場へと向かった。
相変わらず安田さんがせっせと働いている。
「安田さーん!ちょっといいかい?」
「あっ、野原さーん」
俺と安田さんは近くのベンチに腰掛けた。
「そうですか、煮田さんを、、」
「ああ。ま、簡単な処分だけどな」
「野原さん、、僕は間違っていたのでしょうか。だって、安い商品が増えれば
 消費者はどんどん買っていきます。消費者に優しいスーパーへの取り組みを、
 何故してはいけないのでしょうか?」
俺は少し考えてから、口を開いた。
「安田さん。煮田さんは商品の一つ一つに愛情を注いでいたんだよ。
 何でもかんでも安くすればいいという問題じゃない。それぞれの商品には、
 それ相応の値段があって当然なんだ。にぼしが前に、必要以上に安くされて
 いた事、安田さんは知っていただろ?」
「はあ、、それとなくは聞いてましたが、、」
「煮田さんは、にぼしの真のおいしさを知っていた。だから、今までの分も含め
 て、絶対ににぼしの値段は下げたくなかったんだ。消費者に優しいだけでなく
 売る側の人間も気持ちよく売れなければいけない。違うか?」
「、、、」
俺はしばらく沈黙した。そして、一枚の紙を取り出した。
「さっき、煮田さんが安田さん宛てに書いてくれた。読んでみな」
安田さんは黙って手紙を読み始めた。
『安田へ
 野原さんから話のほうは聞いてもらったと思う。
 私はもうこの業界を引退しようと思っているが、私の後釜がいなくなって
 しまうよな。そこで安田、お前に私の後継者としてにぼし団会長になって
 もらう事にする。
 商品への愛情と、お客様への気配りを忘れずに、全国のスーパーへ指示を
 だしてくれ。明日はお前の最初の仕事だ。私と一緒に謝罪会見に出てくれ。
 遅刻するなよ。           
                                 煮田』
「僕が、、会長!?」
「安田さんの実績を見込んでの抜擢だそうだ」
「煮田さん、、ありがとうございます、、」
「ここの工事が終わったら、にぼし団の新事務所ができるらしいぜ。煮田さん
 から聞いたよ」
「本当に、、ありがとうございます、、」
「お礼なら明日、直接言いなよ」
「はいっ!」

俺は徒歩でかすかべ署へと戻った。
刑事課のドアを開けると、何やらワイワイにぎやかだった。
「み、みさえ、この騒ぎはどうしたんだ?」
「それがね、元刑事部長が自分用のチョコビを買って、シールだけしんのすけに
 あげたんですって。そしたらそれがレアシールだったらしくて、しんちゃんが
 元刑事部長を部長に昇進させちゃったのよ。私も部長にお祝いの言葉をかけて
 くるから、あなたもちゃんと言うのよ」
「、、、」
自分の活躍しだいで物事が変わるならいい、でも結局は運しだいって事もある。
それでも俺は気にしない。俺は俺なりに頑張ればいいのさ。
                      <庶民の楽しみ利用計画・終>

―ニューヨーク、とあるホテル
「あいお嬢様、そろそろフライトのお時間でございます。準備の方は整いました
 でしょうか」
黒いスーツをまとった男がスイートルームのドアの前で何やら話している。
「整いましたわ」
赤いブレザーに赤いスカートを来た女児がスーツケースを持って部屋から出て
くると、スーツケースを黒服の男に渡した。
「ねえ黒磯、次はどこへ行くの?」
女児が話しかけた。
「はい。日本の、埼玉県かすかべ市というところでございます」


野原刑事の事件簿〜マフィアの娘と5才の警察署長〜

俺は野原ひろし、35歳の刑事だ。
「おーい野原くん、お茶茶!」
この明らかに上から目線な子供が俺の息子でありかすかべ署の警察署長でもある
しんのすけ、5才だ。
「あなたぁ、窓拭きお願いねー!」
俺に雑用を全部やらせるこの女は俺の妻でありこの刑事課の刑事課長でもある
みさえ、29歳だ。
そしてみさえの机でスヤスヤ寝ている赤んぼは俺の娘であり刑事係長でもある
ひまわり、0才だ。
「おーい、野原くーん」
そして、今俺を呼んでいるのが前回の活躍により刑事部長に再び就任した、年齢
不詳の部長である。

「なんでしょう、部長?」
「いやあ、今からお寿司を出前してもらうんだがね」
しんのすけとみさえがお寿司!!と歓声をあげた。
「野原くんはこれでいいかね」
部長があるメニューを指差した。
そのメニューはひらめの寿司が二貫と、ガリがついた格安の「ひらめコース」
だった。
「部長、こんなんじゃ足りませんよ〜」
すかさずしんのすけが言った。
「いいじゃん、ヒラだし」
「ね〜!」
部長としんのすけが手をパチン、と合わせた。
こいつら、ヒラとひらめを掛けやがったな、、。そう、俺はこの刑事課で唯一の
ヒラ刑事なのだった。
「あははは、冗談だよ野原くん」
「、、ですよねぇ〜」
冗談とは思えない今日この頃だ。

「あ〜〜食った食った」
結局みんな竹コースを頼み、今食べ終えた。
その時、刑事課の電話が鳴った。
「おい、誰か出ろよ」
「今動きたくな〜い。あなた出てぇ」
俺は仕方なく受話器を取った。
「はい、こちら刑事課、、なにいっ!!、、はい、はい。分かりました」
俺は受話器を置いた。
「あなた、どうしたの?」
「本庁からの電話だ。何でもあの酢乙女グループが日本の、しかもかすかべに
 来たっていうんだ」
「父ちゃん、酢乙女グループって?」
しんのすけが聞いてきた。
「酢乙女グループはマフィアの連中だ。悪さなら何でもするって感じだ。
 酢乙女家が中心となって結成していて、その夫婦の間に娘もいるって話だ。
 世界規模で活動していて大変な大金持ちだそうだ」
「へぇ〜その娘って人、きれいなおねいさんだと良いなぁ、、」
目の付け所が違うというかなんというか、、。

かすかべ倉庫
酢乙女グループの団員たちが、せっせと掃除をしている。
「黒磯、なんで酢乙女グループかすかべ支部をつくりませんの?」
「日本は狭いので、すぐに情報がまわって警察に捕まってしまうのです。
 いま倉庫の改良をしてますので、もう少しお待ちを」
「ふうん、、」
あいは以前、この地にやってきた事があるという。ただ、赤んぼの頃だったので
全く覚えてない。ただ、父が言う分にはここのすぐ近くにかすかべ署という
国際警察署があるらしい。
(警察署、、行ってみたいな)
あいは、SPの黒磯の目を盗んで倉庫から出た。

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