トップ小説作成者・虹水晶さん


この世は、五体の神が支配していた。 北。 西。 東。 南。 そして中心。 そのどれもに、それぞれ一体の神がついて、守っていた。 しかし。 一体の神が、悪に堕ちた。世界全てを自分のものにしようと企んだのだ。 そうはさせない! 四体の神が立ち上がった。

そうだ、人間と手を組み奴に立ち向かおう。人の心が、我々の力の源となるのだから。 そう・・・できれば、子供がいい。幼く、しかし強い心の輝きを持つ子供が・・・。 そうして協力者を探していたある日。 彼らは遂に、望み通りの子供たちを見つけた・・・。

子育ては苦しいものだとよく言われるが、それにしても野原みさえにとってのしんのすけとひまわりとの日々は子育てというよりは、まるで格闘だった。一度みさえとしんのすけのけんかを垣間見た春日部防衛隊の面々が、しんのすけの家が道場みたいだと言ったことがあるが、その言葉がこのことを何よりよく示しているだろう。 それはともかく、今日もみさえはしんのすけと乱闘を繰り広げた末に何とかバスに乗せ、ひまわりをあやし、帰ってきたしんのすけを友達の所へ送り出してやっと一休み───昼寝をしているところであった。

全くやってらんないわよ、とぼやきつつも、実はしんのすけたちのことを海より深く愛しているみさえであった…。 ピンポ〜ン♪ 玄関のチャイム音に、みさえはふっと目を覚ました。 誰かしら?今日は別に誰とも会う約束はしてないし、しんのすけが帰ってきたんならチャイムなんか鳴らさずに「母ちゃんおかえり〜おつやは?」と、ずかずか上がり込んでくるはずだ。 じゃあ、誰?

押し売りか何かだったら叩き出してやる、と少々物騒なことを考えながら、みさえはドアに向かった。昼寝を邪魔されて、少しご機嫌斜めなのである。 「はあい、どなた?」「野原さん?」 ドアの向こうから聞こえた声は、ひどく震えて怯えているようだった。 「風間です…お願い、中に入れて下さい。」「風間さん?」 みさえは聞き慣れた風間みね子の声に驚いたが、すぐにドアを開けて彼女を迎え入れた。

みね子はいわゆる上流家庭の「奥様」のような雰囲気を漂わせている上品な女性で、みさえのおしゃべり仲間の中でもかなり目立つ存在だった。ところが今は………。 「風間さん!」 入ってきたみね子を人目見るなり、みさえは目を見開いた。 「びしょ濡れじゃないですか!どうしたんです?」 みね子は大きなタオルをかぶり、あまり身体が見えないようにしていたが、それでもぐっしょり濡れて水滴を垂らしている髪や顔、服をすっかり隠すことはできなかった。顔には血の気がなく、唇を震わせている。

「・・・にわか雨にでも遭ったんですか?」みさえが言うと、みね子は激しくかぶりを振った。 「違います。そうじゃありませんの。これは・・・。」 一瞬みね子はためらう素振りを見せたが、すぐに決心したように再び口を開いた。 「トオルちゃんがやったんです。」 「風間くんが?」 みさえは驚きを隠せなかった。 しんのすけの友達の一人なので、みさえもトオルのことはよく知っている。しんのすけとは正反対な性格で、五歳児とは思えないほど賢い優等生タイプの少年だ。

みさえはしんのすけとトオルがどういう経緯で仲良くなったのか、未だに不思議でならなかった…。

「どうしてまた、そんなことを…?」 「分からないんです、それが。ちょっと掃除しようと思ってトオルちゃんの部屋に入ろうとしたら、僕の部屋に入るなって怒鳴られて…いつもはそんなことなかったのに。冗談でしょって笑ったらトオルちゃん、本気で怒っちゃったみたいで、お風呂場からシャワーを引っ張ってきて…。」「まあ。」 けんかに関してはベテラン(?)のみさえでも、誰かにシャワーの水をぶっかけたことは一度もない。それも自分の母親にそんなことをするなんて…。

「風間くん、それまでに何かそういう感じのおかしいことをやったこと、あります?」 「いえ…昨日までは全然普通だったのに、今日は朝から何だか妙な雰囲気で。口では言えないんですけど、分かりますよね?」 みさえはうなずいた。母親というのは、自分の子供の様子がいつもと違うとそれを敏感に感じ取れるものなのである。しんのすけなどは普段から変わっているので、みさえも大して気にしていないのだが…。

これは何かありそうだわ、とみさえは内心呟いた。そういえば、しんのすけは今トオルたちと遊んでいるのだ。帰ってきたら何かおかしなことがなかったかどうか、聞いてみるといいかも知れない。

それからみさえはみね子を慰め、身体をふくのを手伝い、乾いた服を貸してやったが、みね子はまだひどく怯えているようだった。まるで警察に追われている指名手配犯のようにびくびくしているのである。みさえはみね子がショックの余り、少しおかしくなってきているのではないかと心配になってきた。

「風間さん、そんなに心配することありませんよ。どんな親子だって、けんかはするものですから…。」 するとみね子は、激しく首を振った。 「違うんです…私、何だか怖いんです。トオルちゃんがトオルちゃんじゃなくなってるような気がして。」 「え?」 「変なんですよ。見た目も声も、間違いなくいつもと変わらないトオルちゃんなのに、何だか別人のような気がするんです。得体の知れないモノが、トオルちゃんになりかわっているような…。ただの思い込みだといいと思ってるんですけど。」

みね子は怯えてはいたが、混乱しているようではなくむしろその声はいつもより冷静だった。それが却ってみさえを不安にさせた。これはますますしんのすけに聞いてみる必要ありだ。みね子を帰してからも、みさえはじっと考え込み、ひまわりがいつのまにか起きてきて自分の真ん前に座り、ずっと見つめていることにも気づいていなかった。

やがて玄関の方でしんのすけが呼ぶ声がし始めたが、それでも無反応なままのみさえを見て、ひまわりがみさえの足をつねった。 「いたっ!何す…。」言いかけて、みさえはようやくしんのすけの声に気づいた。思わず顔を赤らめる。 「あら…ありがとね、ひまちゃん。」 「たやい。」 玄関に歩いていくみさえの背中に、ひまわりは「しっかりしてよ、全く。」と言うように声をかけたのだった。

「おかえりなさ〜い、しんちゃん。」 「ほいほい、おかえり〜、母ちゃん。」 「ただいまでしょ!えらく早かったのね。楽しかった?」 「うーん、今日はオラみんなと遊べなかったから。」 「えっ?みんな忙しかったの?」 「新しい公園で待ち合わせしてたんだけど、どこにあるか分かんなかったの。」 みさえは脱力しそうになり、何とか持ちこたえた。 「じゃあみんなには会ってないのね?」 「うん。」

がっかりした。せっかくしんのすけにトオルのことを聞こうと思ったのに。 「お、母ちゃん、なんか床が濡れてるゾ。どしたの?」 しんのすけはいつも通り、まずいところで勘の良さを見せる特技を発揮した。 「あ、そ、それはひまちゃんがやったの。」ひまわりがギャーッと抗議の声を上げたが、みさえは無視を決め込んだ。しんのすけもそれ以上は追求せずに、「あ、そう。」と言うと床に座り、おやつを請求し始めた。

ところがみさえがおやつを出さないうちに、玄関のチャイムが鳴る音が響いた。そしてみさえがドアを開けるや否や、ネネ、マサオ、ボーちゃんの三人が怒鳴り声と共に飛び込んできた。 「しんちゃん!しんちゃん!いるの?」 そして目をパチクリさせているみさえを通り越して、しんのすけのいる部屋へと走っていってしまった。何?何があったの?

三人のただならぬ形相に、しんのすけもびっくりしたらしい。慌てて部屋の隅へと退散した。 「ど、どしたの?」 「ちょっと聞いてよしんちゃん、風間くんたらひどいのよ!」 みさえはぎくっとなった。え?風間くん? 「風間くん?」 しんのすけが聞き返した。奇妙なことに、みさえと同じぐらい緊張した顔をしている。 「風間くんがどうかしたの?」 「どうかしたどころじゃないよ!僕たちにひどいこと言ってきたんだ!」 マサオが憤然と言う。こんなに怒ったマサオを見るのは珍しい。

「ひどいこと?」 しんのすけの声がますます緊張した。 「そうよ!例えば…」「僕は君達とは次元の違う存在なんだ、だから一緒に遊んでるような暇はないとか?」 「そうそう、それに他にも…。」 言いかけて、ネネは口をつぐんだ。束の間、三人の顔から怒りが薄れた。 「あれ?しんちゃん、何で知ってるの?」 みさえはしんのすけを見た。明らかに、うっかり口が滑ったという表情を浮かべていた。

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