トップ小説作成者・新人さん


このおはなしはフィクションです

――我々は、音楽の素晴らしさを伝える為にやってきたのだ――
ある年老いた男は、もう一人の男と一緒にこう叫んだ。春日部の、真夜中の商店街の空へ向かって・・・。無論、迷惑だ。電気がついて起きた住民から、枕、座布団、熱々のお茶、トレーが向かって飛んでくる。二人の男は軽々の身のこなしで、避けるが、別にそういうところが格好良くともない。挙げ句の果てに、叫んだくらいで警察が来た。派出所の人、だそうだ・・・。

『第一幕 まえぶれない侵食』
デスクの向こうから、巡査が二人を呼びかける。とはいえ名前は知らない物だから、「おじさん、おじさん」としか言いようがないのである。二人はハッと目を覚まして、巡査の顔を嫌という程じぃっと睨みつけた。
「私はフゥ・シン・ニィ」
年老いた男はそういう名前だったらしい。
「俺は、コントルチェン」
若い男の名はこういう名前だったらしい。だが、巡査は嫌にも信じてはくれないようだ。何故なら・・・。
「二人とも、何言ってんの。どう見たって顔が日本人だよ」
ちょっと中年くさい巡査は、二人を見下した顔で言った。こういうとき、いわば、堪忍袋のおが切れる、というのだろう?つまり、二人はこれを実行したのだ。だが、年老いた男(以下・フゥ)の方は、人が変わるように顔が豹変したのだ。
「うっせぇんだよ!げぇめぇだよ!げぇめぇ!!」
フゥはドンドンとデスクを素手で叩きまくった挙げ句に、足をデスクの上に乗せ、ちょうど吸い終わったタバコの吸殻を、火の始末をして、灰皿にねじ込んだ。巡査はフゥの行動に驚きが隠せず、焦った様子で立ち去った。
「ハッ、バカな奴だなぁ。巡査のクセによぉ」
「ああ・・・やりすぎです。兄さん」
フゥと若い男(以下・コン)は、立ち上がって会釈をし、派出所を後にした。
 フゥとコンは分かってのとおりだが、それぞれ本名がある。フゥは眞風兄(まふうけい)といい、コンは新保寧(あらほねい)といった。二人は目的の場所である、新しく完成した”カスカベ総合会館”へ向かっていた途中であった。
「なぁ、余分な人影がない?」
「そうですね。電灯が多いから、よく分かります」
「しかも、五歳児の子供のような・・・って子供ォ!?」
二人は振り向きざま、下を見た。すると、小さな子供の顔が見える。ジャガイモのような・・・いや、丸坊主ともいえる子供だ。
「おい!なんで子供はこんな深夜に寝ないんだよぉ!」
子供のことは、しんちゃんを示していた。しんちゃんが、酒飲んだように赤くなった顔で、フラフラとやってきたのだ。
「ほうほう・・・。たきしーと着てるおじさんたちだー」
「ばか野郎!これは”タキシード”だよっ!」
「兄さん、子供相手にムキになっちゃあ・・・」
「ふ、たきしーと着た、ヤクザですな」
「このジャガイモ小僧〜!」
二人は子供相手に、おいかけっこをし始めた。嫌なことを言われて、腹が立っているにちがいないことは、十分分かっていた。追いかけまわして一時間。午前三時になった。三人は公園のベンチで、一息つくことにした。
「おじさん・・・、オラになにする気?」
「何もしないよ!それより、キミはどうして・・・?」
「・・・・へん・・・・」
しんちゃんが、フゥに語りかけた。フゥはもう一度聞きなおす。
「・・・・みんな・・・へん・・なの・・・」
しんちゃんはまだ酔い(?)らしいものがおさまっていなかった。だから、こんなフラフラ状態なのである。とりあえず、よくここまでフラフラで、たどりつけたものだ。しんちゃんは、同じ言葉を何度も繰り返しながら、眠り込んでしまった。
「・・・寝ちまった。この子、”変だ”って何度も言ってやがった」
「兄さん、この春日部という街も・・・奴らの手に・・・」
フゥはそっと頷いた。ただ今思いついたこと、それは、しんちゃんを家に送ってやることだったのだが・・・。
「兄さん・・・、この子、どこに住んでるんだろう」
「さぁな。私に聞かないどくれ・・・」
二人は、しんちゃんを迷子センターへ送ることしか、出来なかった。

後日。迷子センターでは。
「すいません!うちの子がお世話になりました・・・」
みさえが迷子センターの人に謝っている。しんちゃんは、酔いらしきものがおさまって、元気になった。流石に、夜中はキツすぎるってことだよな。多分。みさえと帰ってる途中、こんな言葉が交わされた。
「しんのすけ、テレビは見ちゃ駄目よ」
「ほら〜またこんなことを」
「何言ってるのよ!うるっさーい音楽が流れてきちゃうでしょお!?」
「・・・母ちゃん・・・」
しんちゃんが変だと言っていた理由が、これだったのだ。皆いきなり音楽に触れなくなり、高校では聞くこと、リスニングテストが廃止されて、ラジオすら捨てられて、テレビ局まで潰れる羽目になった。風間君や、マサオ君たちだって、アニメソングすら聴かなくなり、音楽業界は、破産危機に追いやられていたのだ。しんちゃんは流石に可笑しいと思った。これは、流石に五歳児でも変だってことは分かった
。しんちゃん以外の人たちが、音楽嫌いになってしまった・・・ということ。つまり、音楽を聴く行為すら禁止になってしまったということだ・・・。しんちゃんは立ち止まって、歩きとどまってしまった。みさえもしんちゃんがついていかないことには気づいていたが、気づかないフリをして、そのまま家へ帰ってしまった。
 また夜。しんちゃんは一人地べたに居座っていた公園で、またあの二人組と再会した。
「あ!ぼうず君!」
「よぉ!坊主」
のうてんきなしんちゃんも、流石に今回はマイペースにはなれなかった。ただ、じっと地面を見ていただけ・・・。
「なんか、あったのかい?」
フゥが尋ねると、しんちゃんは静かに頷いた。これはあいつ等に違いないと勘気づいて、しんちゃんに話を聞いてみることにした。
「・・・皆、音楽を聴かなくなっちゃったんだゾ・・・」
「あれですよね!今、”オタクですらアニソンを聴かなくなった”って、ニュースで話題になってる!」
コンは自信たっぷりに言った。確かに今、それが一番話題になっているのだ。でも
、一番の事情を知っているのは、”フゥコン”の二人だった。その事情とやらを、しんちゃんにいち早く話してやることにしたのだ。
「あのなぁ、キミ、キミは音楽聴きたいんだろ?」
「どうしてぼうず君だけ、正常なのかというと・・・・」
「キミを必要としている」
「悪い奴らがいるんだ」
しんちゃんは、説明する二人を見て、ふっと笑い出した。五歳児に笑われたものだから、流石に恥ずかしいだろう。全くそのとおりだった。顔を赤らめたが、改めて、しんちゃんに説明することに。
「それは、MUSIC POWER(M・P)を必要とする組織。”ムゥーリ・オトナイ団”だ。この世界から”M・P”を取り出して、膨大な”M・P"を使い、世界を地球を破壊してしまおうという計画なのだ」
「人を音楽嫌いの曲をいたるところから流し、音楽を嫌いにさせていく・・・卑劣な犯行で、人を音楽から離し、M・Pを奪う・・・。ヒデぇ奴らだよ」
「そこでだね、君がその音楽嫌いになる曲を聴いてない以上、奴らは狙わないわけにはいかないんだよ。つまり、襲われる」
「ムゥーリは全員を音楽嫌いにさせないと気がすまないらしいからね」
しんちゃんはむちゃくちゃ長い説明に、口を開けたままボーッとすることしかできなかった。今のしんちゃんには、難しすぎたのか、それとも、面倒くさくて聞き取りたくなかったからか・・・。
「そこで、君を我々のところへ連れて行く」
「君が世界の希望だからね」
「ちょっと待ってよ〜。おじさんたちぃ〜」
しんちゃんは、突如現れたワープゾーンに指先一つ触れて、移動することがなんとか出来たようだ。そして、フゥコンが所属する組織”マルヒ音楽組織(秘)”へと移動する・・・!

『第二幕 組織としての対策』
”マルヒ組織(秘)”に到着して、中をズンズン進んでいく、フゥとコン。フゥの背中に、眠り込んだしんちゃんを抱え、本部にいる音楽業界指揮官・音 樂壱(おんらくいち)に会いに行ったのだ。
「失礼ぇしやす!旦那ぁ!」
呼び方といい、威勢のよさといい、まるで、フゥはヤクザのように見えた。勢いよく扉を開けると、ゲーム、音楽ステレオが山のように見えた。そして、白髪のない老いた老人の姿が目立った。白髪がないことは、遠くから見ても分かる。老人が、例の音樂壱なのかもしれない。その老人は、やっていたゲームをセーブして、三人にどしどし近づいてきたのだ。
「だん・・・旦那ぁ!」
「ふむ。老いたくせに、ヤクザみてぇな口調は変わらないんだな・・・ん」
老人は、フゥの背中で寝込んでいるしんちゃんに、気づいたのだ。そしてすぐに、老人の目つきが変わった。
「・・・二人とも、部外者入れてどうすんだよ!?部外者を!!」
「違います!音指揮官!この人、被害者でして・・・」
「被害者・・・?」
コンの説得により、なんとか音の反発をそらすことができた。
「・・・もう、地球にM・Pがない。あの埼玉県春日部市で、最後だったんです!」
「な、なんだと!!」
「でも、この子、あの曲を聴かなかったから、なんともなかった。人類で、最後の少年なんだ・・・!」
まじまじと、音とコンは、しんちゃんの顔を見つめた。この子が最後の一人だなんて、まったくもって信じられなかったんだけど。それでも、それでも!希望が持てるような気がした。しんちゃんが、このM・P問題、そして、地球を救ってくれることを、心から願うしかなかった。
「うぅーん、どこだろ〜、ここは〜」
「目覚めたかね、坊や」
しんちゃんは何故か、音を見ると不機嫌そうな顔になった。でも、なんとなく理由は明らかなのだ。
「また、ぼうやぁ〜?」
「坊やのほかになにが・・・しんちゃん!しんちゃんか!そうだ、しんちゃん、よろしくね!」
「おじさん、なんで、オラの名前を・・・」
音は既に、しんちゃんの名前を知っていたのだ。地球の春日部市を監視していたとき、迷子センターで帰るとき、みさえが「しんちゃん」という言葉を言っていたからである。それで、耳に残ったのかもしれない。
「自己紹介だ。私は音樂壱」
「知ってると思うけど、フゥです」
「コンです」
「「よろしくね!!!」」
しんちゃんはサプライズの誕生日会をされたように驚いた。それだかでも、なんでか、不自然になり、三人会議が始まった途端、しんちゃんはそろそろと、その場を離れた。慣れないところでの生活は、最初が厳しかったのである。
一人寂しく、通路を通っていると、不自然な光景が目に見えた。

それは、ここの星でロボットが主流になっている光景だった。見たこともない生物(いわゆるロボット)。しんちゃんには、稀に見る世界に違いなかっただろう。そしてなにより驚いたのは・・・。
「・・・地球だゾ!」
廊下の窓で見た地球の光景が、しんちゃんにはよく見えた。地球は、今・・・。
しんちゃんは振り返って、ようやく自身の立場を理解し、また本部へ戻ることにした。
「おじさんたち!!!」
しんちゃんの割り込みは、三人の会議の中の最中に入ったこととなった。フゥとコン、そして音・・・。一斉にしんちゃんに視線を回した。
「しんちゃん」
「ぼうず」
「し・・・しんのすけ君?やっと、理解できたかい?」
「・・・地球が・・・・地球が見えたゾ!!」
しんちゃんらしいノリと突っ込みで、三人はズッこけた。初対面となる音は、どんだけ驚いたことか・・・。コンは立ち上がろうとしながら、しんちゃんにこう言った。
「しんちゃん、僕たちには、普通のことなんだよ」
夢のない発言である。五歳児には夢のぶち壊しかと、なにも反応しないしんちゃんに対し、悔いを残した。しかし、しんちゃんは夢のぶち壊しところじゃなく、首を横に振るのだ。「どうして?」とコンが聞くと、しんちゃんは地球が半分紫色に染まっていることを、三人に伝えた。
「おい!本当に!?」
「まさか、地球が支配された・・・!?」
「オトナイ団だ!フゥコン!オーケストラの準備をお願いする!」
「「了解(ラジャー)!」」
そして、一大事を知らせる警報。アナウンスの声も響く。
「みなさん、全等級員の皆さん!一大事です!すぐさまセットしてください!」
そして、大広間らしきところへ向かう、駆け足。しんちゃんはなんのことだか、全く分からなかった。
「おー軽トラック?なにそれ?」
準備していた音が、しんちゃんの質問に答えた。
「オーケストラさ!ムゥーリ・オトナイ団が紫色の”否定曲褐色体”っていう液をぶちまけて、曲の視野を狭くしやがったのさ!だから我々マルヒ組織は、オーケストラを合奏することによって、”否定曲褐色体”を削る作戦なのさ!じゃ!」
「ほう、ほう、んじゃ、そーゆーことでぇ」
音は準備が出来たのか、さっさと駆け出してしまった。

『第参幕 緊急事態ともう一度再会』
「・・・オラ、どうしようかなぁ〜。やることないなぁ〜」
しんちゃんがフラフラして、階下へ行く。下は全級等員の寝室だった。しんちゃんにとって、読めない漢字が沢山出てくる。”蝋燭もえ造”など、及び、ドアにかけてある名簿で女か男か確かめたところ、どうにも、男が多かったらしい。
「うぅぅぅ、男臭いゾぉ。”ひていかっしょくたい”ってなんだろぉ?それにしても、冷えるぅぅぅ」
体をさすって暖めながら、突発的に、感覚を頼りに、冷気の原点まで行ってみることに。左角を曲がると、”冷却室”が見えた。しかし、しんちゃんには漢字が読めない。ひとつひとつ、部屋をあたるしかないのだ。しんちゃんはそれでも、冷気の原点はどこかどこかと探しあてた。そしてその”冷却室”で、この冷気を感じ取ったのだ。ドアにかけてある内容板に、幸い”れいきゃくしつ”と平仮名で記されていたため、しんちゃんには読むことができた。
「れいきゃくしつ?なんでうちゅーにこんなのがあるんだろ?」
しんちゃんはおそるおそる、この手で開けてみると、すっご〜く寒い冷気が・・。
「ひぃぃぃぃ・・・」
あまりにも寒さで目が開けられなかったが、薄目でちょっぴり開いてみると、
「うわあああああ!むらさきいろのおばけだぁあ!!」
あの”否定曲褐色体”の液が、冷却室を破壊して、中に漏れてきているではないか!このままでは・・・、どうしようもない!!
「かぁちゃん、とおちゃん、ひまわり、シロ・・。どうすればいい?このまるひそしきとかいう変なところを救うには・・・。だって、おじさんたちいい人だし。このまま放っておけないゾ!?でも、目の前には誰もいないし・・・」
そのとき、小さながら、音楽が聞こえてきた。クラシックだ、オーケストラだ、コンサートだ・・・!組織たちが、一生懸命頑張っている・・・。しかし、この幻想的な曲調に負けず、敵側がどんどん攻め込んでくる。しんのすけには分かっていた。なんとなく、ピンチに立つことは・・・。
「ふん!けしからん奴らめ・・・。この液を与えてやったのに、誰も面倒を見てはくれぬ・・・」
日本風まじりの、外人の声だった。金髪で、鼻が高く、目は鋭く・・・。この人があの、ムゥーリ・オトナイなのだ・・・!ムゥーリはまるで昔の西洋を思わせるような格好をしており、そして、何か物体に跨いで乗っている。飛行船なのだろうか。しんちゃんは息を潜めて、ムゥーリを見ていることにした。
「折角のいい機会だ。都合の良すぎる指揮者に、この液に触れてもらう」
「やめろぉぉ!俺は諦めないぞ!」
「馬鹿め、お前さえ音楽嫌いになれば・・・。”マルヒ組織(秘)”は全面的に崩れる!!あとはあの、ジャガイモみてぇな小僧ぐらいだ」
しんちゃんはぎくりとした。しんちゃんのことを探している、男があの人だと和歌kると、今にも・・、逃げ出しそうになりたくなるくらい、恐ろしかった。
「さあ、音楽を嫌いになろうぜぇ?」
「やめ・・・て・・・くれ・・・ああああああ!」
ちょびっと触れただけで、叫び声を上げる。なんとも恐ろしい・・・。
「・・――なんだこれぇ!?クラシック?嫌だねぇ、嫌だねぇ!!」
善人から悪人になったような気分のようだ。さっきまで音楽に誇りを持っていたと見える指揮者が、既に音楽嫌いになっていた。しんちゃんは息を呑んだ。
「あんた誰ェ!?」
見るからに、正確も激変。ひょうきんな男に変わってしまった。
「どうも。ムゥーリ・オトナイだ」
「あぁ、どうもぉ。俺を目覚めさせてくれたようだなぁ!!」
指揮者の男は無造作に捨てられていたバケツを手にとって、中に漏れ出している液をすくった。
「さぁ、ぶちまけようぜ!そして、音楽嫌いにさせるんだぁ!」
「・・・ふっ」
「・・・おじさん?」
「ん?すまない。行こうか」
二人は和解したように仲良くなり、こちらに近づいてくる。やばいと確信したのか、しんちゃんは急いで二階へと向かった。
「あっ!誰か居やがった!」
しんちゃんの足音に、二人はすぐに気づき、追いかける。その速さは尋常ではない。普通の速さでもない・・・。しんちゃんには、とても、キツかった。二階へ行き、急いで大広間へと向かうしんちゃん。そこで・・・。
「おぉっと残念だねぇ」
「・・・!?」
黒い影にぶつかって、身動きが取れなくなった。
「離せぇ〜!オラは大っきい広場へ向かって、おじさんたちを・・・!」
「大丈夫だ。安心しろ、野原しんのすけ」
「!?・・・まさか、その声・・・そして・・・」下へもぐりこみ、足を嗅ぐ。「ううん、まさしくくっさぁ〜い」
「そのとおり、だぜ。しんのすけ!」
黒い影の正体は、しんちゃんの父、野原ひろしだった。
「と、父ちゃあ〜ん!」
「会いたかったぜ!しんのすけ!」
まさしくそれは、再会の場面であった。ひろしはしんちゃんを精一杯抱いて、また、ちょっぴりぐず泣きした。
「父ちゃん・・・。でも、どうして?」
「それはだな・・・」
ひろしの後ろから迫り来る影。その正体が、ひろしがこっちへ来た理由となる人なのだろうか。それとも、物、なのだろうか・・・。
「は〜か〜せっ!」
「は〜あ〜い!って、なんじゃ、ひろし君。わしだよ、わし」
影の正体は、北春日部博士。博士もなんとか地下に移動してバリアーを張り、無事だったらしい。そこで、”音楽嫌いを治すワクチン”というのを研究していたそうだ。
「だからあ、ひろし君に注射してもらった!そしたら、治ったのじゃ!”ナム症”が!」
「”ナム症”って?」
しんちゃんが尋ねる。
「”否定曲褐色体”から出るウイルスから感染する、音楽嫌いになる症状じゃ。ひろし君も、やはりそれが感染していた・・・」
「だから、俺、治してもらったんだぜ。博士に。みさえも、ひまわりも、シロも、春日部市の住民たちも皆元通りさ。今、政府に力を貸してもらおうとしてるところだ」
「あとは、地下室にある予備のワクチンを世界中の皆に渡して、注射すれば!」
「残念だが、無駄のあがきだぞ?」
発せられる謎の声。ムゥーリ・オトナイだった。ぐしゃぐしゃになった注射器を、皆に見せびらかしている。
「博士、残念です。貴方とあろうものが、”家の鍵を閉め忘れた”なんてね」
北春日部博士は、まさに図星だった。ちょっと顔が青ざめている。
「ははははっ!いやね、バリアーを消させていただきました。注射器全て、潰させていただきました。そして、地下に入る方法は簡単・・・。ハッキングです」
「はっきんぐ・・?」
「ちょっとした、悪戯さ。ちなみに、指揮者はここから脱出してもらった。地球を支配したから、指揮してもらおうと思って」
やけに悪そうなムゥーリの笑みが、残酷そうに見えていた。まるで、人を物扱いしているように。北春日部博士は、困悪した顔でムゥーリを見る。
「それでですね、博士。貴方に協力していただきたい」
「協力じゃと・・・?」
「貴方の力で、もっと”否定曲褐色体”強くしていただきたい。人はみな、地球外へ宇宙船で移動してある。だから、地球が砕ける程にね!!貴方の失敗から始まったのですよ?自分を責めることですよ」
「ち、畜生・・・」
北春日部博士は下を俯き加減で、歯軋りした。ムゥーリは余裕の笑みをこぼしている。
「・・・それとも・・・、そこの坊やを音楽嫌いにさせるのなら・・・、この条件は、無効!としてやりましょう。どうです?協力するか、協力しない代わりに人を音楽嫌いにさせるか・・・。貴方次第なのです」
しばらく沈黙が続いたが、すぐさま博士は顔を上げて、首を縦に振る。
「博士!」
「きたかすかべはかせ!」
「すまぬ・・。でも、協力ごときのほうが、人を犠牲にしなくて済む。本当に・・・すまぬ・・・」
ムゥーリは笑みを浮かべて、ありがとうございます、と一言言い、そして博士を連れて行った。つまり、ワクチンは奴らに持っていかれてしまったのだ。これでは、人を治療してやることすらできない。
「父ちゃん・・・」
「しんのすけ・・・」
二人はお互い顔を見合わせ、また、前を向く。
「・・・博士を救って、そして、世界のみんなを救ってやる!家族の力も貸してもらって・・・!」
この決意は、尋常じゃないくらい熱いものだった・・・。

『第四幕 失われた救世主』

ムゥーリ・オトナイによって、連れ去られた北春日部博士。注射器も壊され、ワクチンは持ちきれなかった分、ちょっとは残っているが、注射以外での摂取方法が博士以外、誰にも分からなかった。なので、ひろしとしんちゃんは困っていた。
「・・・しんのすけ、皆を治す方法がないぞ」
「だったらむりおじさんのアジトに向かえばいいんだゾ」
と、そんな調子の会話で、ムゥーリのアジトへ向かうことにした。まずは、マルヒ組織から聞き込みをすること。みさえたちが地球にいる今、ひろしとしんちゃんの二人で協力し、組織船の中で、調査を開始するのだった・・・。

「まずは、等級員の部屋からだよな。一人一人、聞き込みするぜ」
「ブ ラジャー!」
「あんたたち・・・」
前触もなく、しんちゃんの次に女の人の声がした。しかも、けっこう年がいってる女の人だ。二人はゾッと冷や汗をかいて、すぐに後ろを向いた。
「・・・あたし、怪しい者じゃないわよ」
以外にも二十代の女性だった。髪はストレートの栗色。女性用レディースーツを羽織り、目を細めてこちらを見ている。ひろしは以外にも若い女性と出くわしたため、腹をかかえて大笑いを起こした。
「わっはっはっはっはっはっはっはっはっ!びっくりしたぁ!」
女性はかなり目を細めて、ひろしに視線を向ける。・・・睨んで。
「すすす、すいません・・・」
灰色の壁に横たわるひろし。女性に嫌われる男・ひろしはそんなにもキツかったものなのだろうか。女性は改めて、二人に言った。
「私は、眞風フーキン(まふうふーきん)です。オルガン担当、以後お見知りおきを」
「よっ、以後お見知りおき〜」
フーキンの目がまた睨みの顔をした。ひろしは急いでしんちゃんの口を押さえる。
「すいません、うちのバカ息子が・・・」
フーキンは”謝らなくていい合図”を手で示して、ひろしを静かにさせた後、咳払いを一回してから、また喋り始めた。
「”否定曲褐色体”によって地球を支配された市民のみなさんたちは、許しを得られなかった政府と共に、オトナイ団に従うしかほかありません。褐色体を削る”オーケストラ対策”がありますが、指揮者自身、やつらの手に則られてます。指揮者さえいればいいのですが・・・」
「「指揮者!?」」
しんちゃんとひろしは、息があったのか、すぐに顔を見合わせ、すぐに同じ言葉を発した。フーキンは親子は似るという言葉を、少し信じたところだった。確かに、オーケストラは指揮者に従って演奏をするというものだ。指揮者がいないとなると、気まずいところが感じられる。そういえば、しんちゃんはお姉さんに惚れるタイプなのだが、今回は・・・?

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