トップ小説作成者・雫さん


夏がやってきてもうそろそろ4週間がたつ。
蝉はその命が尽き、
蜻蛉はその命を精一杯光らせる。

毎年繰り返される寂しげな夕暮れのような季節がやってくる。

「クウ〜ン」
目に映る、移りゆく季節にシロもどこか虚しさを覚えていた。
しんのすけに拾われて以来、シロはずっと野原一家と一緒だった。

これからもずっと、と思うシロにとってこの夕焼けのような日々は
野原一家と別々に過ごした辛い時を思い出させるものだった。

それはいつだっただろうか。
しんのすけ、ひろし、みさえがかすかべ防衛隊を探すために、
映画館にいったあの時である。

何日も別々に過ごしたわけでもない、
あの夕焼けの映画の世界をシロは知っているわけでもない、
それでも野原一家が体験したことを、シロはきっと感じ取っているのだろう。


1人、犬小屋の中で寂しくてシロは泣く日々が続く。


「シロ〜ごはんだぞ〜」
この日は珍しく夕ご飯をしんのすけが早めにもってきた。
「たくさん食べるんだぞ、シロ」
いつになく優しい言葉を口にし、シロの頭をなでるしんのすけに、
シロも思わず感極まって涙をこぼす。
「そうそう・・・たくさん食べて、太って、・・・シロ、わかったか〜?」
一瞬、変な感じがした。
しんのすけをパッと見る。
しかし、しんのすけはいつもと変わらない様子だった。
「ん?どうした?シロ。泣くなんてシロらしくないぞ?」
「キャンッ」
シロは元気な返事とともに、しんのすけの優しさに答えようと
いつもより多めのごはんをぜんぶ食べた。




それは、毎日続いた。


毎日、多めのごはんをもってしんのすけはいつも同じ時間にやってくる。
そして、優しい言葉をかけながら、頭をなでてシロが食べ終わるまで
シロのそばにいる。

散歩は、それとは逆に、週に2回と減った。
そのため、シロはどんどん太っていった。


他も変なことが増えていった。

しんのすけの迎えのバスはこなくなった。
ひろしもみさえもほとんど外出しなくなった。


おかしいーーーー?



そうは思いながらもシロは犬小屋で過ごしていた。
動こうとしても、体が重くて散歩にも行く気がしなくなっていった。


そんなある日ーーー。

「シロ、これが最後のごはんだから、ちゃんと食べろよっ。」
いつもとはちがい、悲しそうな顔でしんのすけがご飯をもってきた。

「クウン。」

シロにはその意味がわからなかったけど、とにかくしんのすけの想いに応えようと
ご飯を一生懸命に食べた。
シロはその途端に激しい睡魔に襲われて寝入ってしまった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
・・・・・
「シロ?シロ?」
誰かに揺さぶられて目を覚ます。
「覚えてくれてるかな?風間トオルだよ。」
夕焼けに照らされていたのは風間くんだった。
しかし、なぜかその目は赤くなっていた。
「シロ、とにかくここから離れよう。」
突然の言葉にシロは激しく動揺した。
必死で抵抗するシロを抱きかかえて風間くんは歩き出した。

その途中で見えた家の窓からの、家の中の景色を見てシロは愕然とした。

ゴミがたまっている、それも異様な量が。
汚いなんてもんじゃない、みさえやしんのすけ、ひまわりはどこにいるのだろうか。
ひろしも仕事から帰ってきてもなにも思わないのだろうか。

風間くんは静かに話し始めた。

「シロ、・・・僕だって好きでこうしているわけじゃないんだ。シロは
まちがいなくしんのすけの家族だし、僕もあいつの友達で・・・
ずっとそれが続けばいいと思っていたのに・・・とにかく僕の家にきて。」

シロはおとなしくなるしかなかった。

ガチャ

「ただいま、ママ、ネネちゃん、マサオくん、ボーちゃん。
シロを連れてきたよ。」

「おかえりなさい。しんちゃんは・・・やっぱりいなかった?」

「うん。手紙にあったように、シロだけだった。」
「でも、どうして、しんちゃんは、風間くんだけに、シロを連れて
こいって、言ったのかな。」
ボーちゃんは自分が疑問に思っていたことを言った。
ボーちゃんは鋭いところがある、ことはみんな知ってるだろう。

「そういえばそうだね。」
マサオくんも一緒になって考え出す。
「そーねえ。風間くん、しんちゃんのおうちでなにかあった?」
ネネちゃんがなにか面白いことを期待した目で風間くんを見る。
「と、特になにも・・・。と、とにかっく今はしんのすけたちになにがあったのか
調べなきゃ!ねっ!ママ!」
風間くんはすぐに話をそらした。ネネちゃんの期待の眼差しが怖かったのだ。
「そうね・・。でも、この4週間、まったく野原さんたちを見てないから・・・
どこを調べたらいいのかしら。警察も全然動きをつかめないみたいだし・・・」


4週間ーーーー?

おかしい。

シロは今日も、その前の日も毎日しんのすけには会っていた。

「キャン!キャン!」

シロは言葉をしゃべれない、ただほえるしかできない。
しかし、それでも必死にシロは伝えようと叫んだ。

それに反応したのはかすかべ防衛隊の中で1番シロをかわいがっていた風間くんだった。

「どうかしたの?」
「クウ〜ン・・・」
悲しそうな顔でシロはカレンダーを見る。
「カレンダー?これが見たいのかい?」
風間くんがシロに卓上カレンダーを渡す。
シロはしめた!と言わんばかりに今日の日付を指差す。
「今日?うん、今日は28日だね。」
シロは思いっきり顔を横に振る。
それに反応したのはボーちゃんだった。
「まさか、シロ。今日、なにか、あったの?」
「キャン!」
シロは嬉しそうに顔を縦に振った。
「・・・おうちで、なにがあったんだろう。」
シロはみんなの中心に、野原一家の写真としんのすけからの手紙が
置いてあったのに気づいた。
「キャン!」
シロはしんのすけの写真をくわえ、ボーちゃんの元にもってきた。
「しんちゃん?シロは、しんちゃんに、会ったの?」
「キャン!」

みんなはびっくりした。4週間前からいないはずのしんのすけに
シロは今日会ったというのだから(実際には言ってないが)。

「どこで?」
マサオくんが聞く。
「そりゃ、しんのすけの家じゃないのかな。僕が行ったとき、シロは
鎖につながれていたんたもん。」
風間くんがすぐに答える。
「え・・・トオルちゃん。シロちゃんは、鎖につながれていたの?」
「うん、そうだよ、ママ。」
「変ねえ、それじゃ、シロちゃんは誰にご飯をもらっていたのかしら。」
「!!!」
みんなまた驚いた。
「そうよ、だって、誰かがエサをシロにあげなきゃこんなに太ってるの
おかしいわ。」
ネネちゃんが目を輝かせながらつっこむ。ワクワクしてきたのだろう。
「でも、誰が?」
「・・・・・・・」


しんのすけーーー?


誰もがそう心では思っていたが言わなかった。
いや、言えなかった。

だって、4週間前に姿を消したしんのすけが、どうやってシロにエサを?


「僕は、シロを信じる。」
そう最初に言ったのはボーちゃんだった。
「シロを信じる。シロにエサあげたの、しんちゃん。しんちゃん、
きっとどこかにいる。」
「ボーちゃん・・・。そうだね。」
みんながそれに賛同する。

シロは、嬉しい気持ちと、なにがおきてるのか分からない不安でいっぱいだった。


すぐ行動に移る、それが春日部防衛隊だ。
「しんちゃん家に行こう!なにかあるかも。」
「ええ、そうね。トオルちゃん、私がみんなを連れて行くから、お留守番してて
ちょうだい?大丈夫?」
「うん、シロと待ってるよ。」

こうして、捜索隊と留守番隊に別れることとなった。

「しんちゃんのおうちいくの久しぶり・・・。」
ネネちゃんが歩きながら呟いた。
「そうだね、全然行ってなかったね。」
マサオくんも、ボーちゃんもその言葉に頷く。
「それにしても・・・、風間くんの、お母さん。しんちゃんからの、手紙、
いつ、どうやって、見つけたの?」
ボーちゃんはずっとしんのすけからの手紙のことを疑問に思っていた。
4週間前にいなくなったはずのしんのすけの手紙が、
なぜ昨日になって発見されたのか。
「昨日の夕方ね。お買い物が終わってポストをチェックしたの。
そしたら、この手紙がポストに入っていたのよ。変よねー、
どうして今?って思ったわ。でも、とにかく読んでみようって。・・・。」
「どうしたの?」
「え?ううん、なんでもないのよ、ホホホ。」
ボーちゃんは風間くんのママの態度に違和感を感じた追求しようとしたが
ネネちゃんが答えてしまった。
「そうだったの・・・。じゃあ、どうしてあの手紙が風間くんのおうちの
ポストに入ってたかはわからないの?」
「そうね。誰かが入れていったとしか思えないけれど。」
そんな話をしていたら、4人はしんのすけの家に着いた。
「二手に、分かれて、捜索しよう!」
というわけで、マサオ・風間くんのママ組と、ネネ・ボーちゃん組にわかれて
捜索し始めた。あるかもわからない、手がかりを探して。


一方、留守番組は、もちろんだが暇をもてあましていた。
風間くんは暇つぶしのため、もう一度しんのすけからの手紙を読み返していた。

「親愛なる風間くん
           風間くんお元気?!
         オラはとってもさむけ! 
風間くんにオラからのお・ね・が・い〜〜ん
オラのおうちにシロが1人ぼっちでおひるね
       1人ぼっちで寂しくおひるね
           1人にしないで〜ん。

かすかべ防衛隊をきみのマンションに集めて、
シロを1人で連れてきておくれ!
じゃ、また。そういうことで〜。
                  しんのすけより」

なにかヒントがあるかもしれないと思って手紙を読んだが、内容が内容である。
「なんでこんなどうでもいいことばっかり書いてるんだ。しかもどうして右に
そろえて文を書くなんて!相変わらずなんだから!」
怒りながらテレビをつけると、ちょうど刑事もののドラマがやっていた。
バカバカしいーっと思いながら風間くんはそのテレビを見ていた。

(テレビ)
「どうしても手がかりはこのダイイングメッセージしかない。
しかもこのメッセージ、意味がまったくわからないじゃないか。
なぜ自分の危機にこんな内容を書くんだ!」
「刑事さん。それ、俺にも見せてくれよ。
{高い山に登って
 絵画を描いた
 今はもう
 これからも
 生むことはないだろう
 傷ついた僕には}
ふむ・・・これは!!」
「どうしたんだ。なにか分かったのか!」
「刑事さん。こいつぁー決定的な手がかりだぜ。
この被害者は、自分に危機が迫ってくることを悟って事前に書いたんだ。
メッセージを消されることを恐れて、一見意味の分からない
ようなことを書いたんだ。この横書きの手紙、実は縦に読むんだよ。
それで、読むべきは、左によせて書いてあることから1番最初の文字だ。
ぜんぶつなげて読んでみろよ。
犯人は高井光輝!あいつだ!」


ドクン

こんなタイミングで。正直そう思った。
風間くんはすぐに手紙をもう一度読み返した。
「右揃えなのは・・・1番最後の文字を読めってことなのか?!
そういえば・・・しんのすけらしくない口調のところもある。
き・・け・・ん・・・・ね・・ね・・。
危険ネネ!ネネちゃんが?!
次の1人にしないでって、シロじゃなくて・・・
ネネちゃんが危ないから1人にするなってこと?!」

どんどん怖くなってきた。ネネちゃんに危険がせまっている。
でも。
ママもみんなもいる、大丈夫だろう、そう思った風間くんは
まだ手紙になにか隠されていないか読んでみることにした。
「1人にしないで・・・の次、一行改行されてる。そしてそこからは
右揃いじゃない。ってことは、普通に読めってことなのかな。
でもどうして、僕1人?僕とシロの関係で何かしてほしかったのか?
僕とシロの中で、しんのすけしか知らないこと・・・。」

思い返してみる。風間くんはシロを見た。シロはどてーっと横たわっている。
風間くんはウズウズしてきた。シロの柔らかいわたあめのような毛を見ると、
どうも風間くんはグリグリしたくなってしまう。
過去、何回もそれでシロを困らせてきた。

「ハッ!まさか、これ?!」
試すしかない。
「シロー!」
ガシッとシロを掴んで顔をグリグリシロのフワフワの毛に押し付ける。
「クウウウン!!」
シロは明らかに嫌がっているが太ったため逃げることもできない。

ポロッ

シロの体からなにかが落ちた。

「こ、これは?」

ピカッ
「あら?なにかしら。ボーちゃん!なにか光ってる!」
庭のベランダ近でネネちゃんは光るものをのびきった草むらの中で見つけた。
しかし、ボーちゃんはシロの犬小屋をさがすので夢中でその声が聞こえなかった。
「しょうがないわね。ネネこんな草の中入りたくないのに。」
ネネちゃんがかがむと、草ですっぽり覆われてしまったかのように
まったくその姿は見えなくなった。
「光ってたのはこれ?」
ネネちゃんがそれを掴むと光は白いビービー弾だとわかった。
「なによ、なんでもないじゃない。あら?」
ネネちゃんはその視線を前に向けると、庭を区切っているコンクリートに
穴があいていて、道路が見える。
「こんな穴があいてたのね。」
特になんでもないようなので、戻ろうと方向転換した瞬間だった。

ガシッ
何者かがネネちゃんの背中を掴み、そのまま穴の方へ引っ張る。
「キャッ!!なに?!んん・・・。」
口を塞がれたネネちゃんは恐怖で記憶を失った。


ネネちゃんの一瞬の悲鳴に気がついたのは野原家の2階を捜索していた
マサオくんだった。
マサオくんはこれから探そうとしていた棚を開ける手を止めた。
「今の声、何だろう・・・。怖くなっちゃった、風間くんのお母さんに
聞いてみよう。」
そして、1階を捜索している風間くんのママのところへ急いだのである。

もし、マサオくんがこの棚を捜索していたならば、大きな手がかりが発見できた
のだが、そんなことをマサオくんは知るはずもない。

「風間くんのお母さん・・・今、なにか聞こえなかった?」
「いいえ。なにも。」
しかし、あまりにも不安そうなマサオくんの表情を見て
「ネネちゃんとボーちゃんにも確認してみましょうか。」
と言わざるをえなかった。
2人はベランダに出た。
「ネネちゃん!ボーちゃん!」
「・・・・。」
返事がないことに2人は怖くなり、すぐに犬小屋のほうに回った。
すると、頭を犬小屋につっこんでいるボーちゃんを見つけた。
「ボーちゃん、1回出てきてよ。」
「ボ。」
ボーちゃんは顔を真っ黒に汚しながら出てきた。
「これ、犬小屋で、見つけた。」
と言いながらボーちゃんは2人に小さな瓶を見せた。
「す、睡眠薬?!」
風間くんのママは驚きながらその瓶を受け取った。
「蓋、最初から開いてた。誰かが、誰かに、使った。
瓶の中に、紙入ってて、しんちゃんから、だと思う。たぶん。」
「なんて書いてあったの?!」
「みんなへ
こっちはどれくらいたったの?
オラはもう100日もここにいるんだぞ!
シロはお元気ー?太らせちゃってごめんなあ。
でも、ここにきちゃダメだぞ。
かすかべ防衛隊!シロを頼むぞー!だって、書いて、あった。」
「100日?あれ?4週間じゃなかった?ここってどこ?」
「僕も、わからない。考えてたけど、なにも、出てこない。」
ここでようやく風間くんのママが気づいた。
「ところでボーちゃん。ネネちゃんはどこを探しているの?」
「ベランダの、方の庭。」
「え?!ベランダ?!でも、僕ら見てきたけど・・・誰もいなかったよ?」
「もう一度見てみましょう!」

嫌な予感がした3人はすぐにネネちゃんを探した。
しかし、ネネちゃんはどこにもいなかった。

ビビりなマサオくんはすぐ思ったことを口にした。
「さっきの悲鳴はネネちゃんだったんだ!きっと誰かに連れ去られちゃったんだよ!」
その言葉に風間くんのママ、ボーちゃんも胸中穏やかではなかった。
「まだ近くにいるかもしれないわ!みんなで探しましょう。絶対に離れないようにしましょうね。」
「ボ。」
こうして3人はネネちゃんを捜すことにした。

ピカッ
「ひいいい!」
「どうしたの?!マサオくん!」
「ひいい…今、あそこが光ったの!」
マサオくんが指差す方を見ると確かに何かが草むらの中で光っている。
「…私が確かめるわ。2人はそこにいてちょうだい。」
風間くんのママは恐る恐るその光に近づくと、そこにはビービー弾があった。
「ビービー弾…ね。…ん?こ、これは!」
ビービー弾のある場所からコンクリートの穴にかけて何かを引きずったあとが残っていたのだ。そして、引きずられたときに脱げたのであろう。そこにはネネの靴が片方落ちていた。

恐れていたことが起きていたのだ。
「2人とも。ここを離れましょう。私が警察に電話するわ。」
「ど、どうしたの?なにがあったの?」
「ネネちゃんの靴。ネネちゃんはきっと…。」
「うわあああん!怖いよーお家に帰りたいよー!」
「わかってるわ。2人は一度お家に戻りましょ。私が送っていくわ。」
警察が到着し、話を終えた3人は帰路につくことにした。


「どこかで見たような気はするんだけど…どこでだろう。」
風間くんはシロから落ちた物を眺め考えていた。
「このボタン。ちょっと昔のみたいだな。」
ボタン、たったひとつだけの。風間くんにしんのすけが望みを託したメッセージだった。
「それにしても、ママたち遅いな…まさか、あの手紙のとおり、ネネちゃんになにかあったのかな。」
そう思うとシロと2人でいるのが急に怖くなった。
「…まさか、ね。でも、念のため、様子を見に行ってみようか。」
「キャン!」
シロも頷き、2人は家を出た。

「あれ・・・。なんだ、あの人。」
マンションを少し出たとき、道路に怪しげな男が歩いている。
「クウン・・・・。」
シロもなにかを感じ取ったのか怯えている。
「怖いのかい?シロ。少し、見てみるだけだから。」
風間くんは恐怖よりも好奇心の方が勝ったようだ。
散歩してるふりをしながらその男についていく。
よおく見てみると男はかなり太っている。
それに、男は夏だというのに分厚いジャケットを着ているし、
ハットをかぶっている。どおりで変なわけだ。

男は周りを気にする様子もなくスタスタと歩き続ける。
風間くんはいつしか恐怖を忘れ、その男の行き先のみが興味の対象となっていた。
「どこに行くんだろう。こっちは商店街か・・・。」
その時であった。
男のジャケットがモゾモゾと動いたのである。
そして、聞き覚えのある声が聞こえたのである。
「ちょ・・・!離しなさいよ!」
「え?!」
風間くんは思わず声を出してしまった。
男が勢いよくこっちを振り向く。
そして、半分開いたジャケットからその声の正体が見えた。

赤い髪。
大きい眼。
「おままごとしましょ。」としか最近は言わない口。

「ネネちゃん!!!!」
風間くんはしんのすけの手紙の文字が頭から離れない。
「ネネちゃん危険。」
まさにその通りの展開になっていたのである。
「見たな!」
男が殺気だった眼で風間くんを見る。
しかし、男はそこが商店街であり、人通りが多いことに気づくと我に帰った。
「誰にも言うんじゃねえぞ。いいな。
この子とあの子の命はお前にかかってるんだ。」
その顔はどこかで見たような気もするし、どこか優しい雰囲気だった。

しかしそんなことを思ってる余裕はなかった。
「ネネちゃんを帰せ!」
「キャンキャン!!」
シロが思い切り男に噛み付く、が、太ったシロのジャンプは男まで届かなかった。
「じゃあな!」
そういうと男はネネちゃんを抱え、ものすごいスピードで走っていく。
風間くんも必死で走るが、大人の足に追いつけるはずもない。
「ネネちゃん!必ず助けるから!」
追いつけないと悟った風間くんはそう叫ぶしかなかった。


「しんのすけの家に行こう。」
しんのすけ一家がいなくなったことも、あの男も、ネネちゃんも、ぜんぶ
つながってる、そう思わずにはいられなかった。
風間くんはシロと2人でこの日2回目になるしんのすけの家に向かった。

こんな日にも関わらず空はうっすらと赤みを帯び始め、夕焼けが美しかった。



しんのすけの家の前にはパトカーが何台も止まっていた。
「あの、すいません。ここでなにかあったんですか?」
家の前に立っていた警官に聞く。
「ここで、キミくらいの年の女の子が誘拐されたんだ。」
「女の子・・・あ。」
ネネちゃんのことだ、そう思った。
「誘拐された女の子は、名前はなんていうんですか?」
「桜田ネネちゃんだ。もし、なにか見かけたりしたらおじさんたちに教えてくれ。
危ないかもしれないから、気をつけて帰るんだよ。」
「・・・はい。わかりました。」

やっぱりネネちゃんだーーー。
しかし風間くんはさっき遭ったことを話すわけにいかなかった。
「誰にも話すんじゃないぞ。」
その言葉が風間くんの心に深く突き刺さっていた。

「これじゃあ調べられない・・・一度僕のうちに帰ろうか。」
「クウン」
元気なくシロも答え、2人は去っていった。


その姿を2階から見ていた人物がいた。
「風間くん・・・シロ・・・。オラ・・・オラ・・・。」
「おい!もう行くぞ。また見つかったら父ちゃん、どうなるかわからないんだ。
わかってくれよ。」
「・・・ほーい。この手紙だけここにしまっとくゾ。」
「その手紙で、最後の紙だったよな。これを見つけてくれたら・・・。」
「父ちゃん、かすかべ防衛隊ならきっと見つけてくれるゾ。」
「そうだな。じゃあ、母ちゃんとひまが待ってる。行こう。」
「しゅっぱつおしんこー!」



「ただいまー。」
「トオルちゃん!どこに行っていたの?!ママ心配したのよ!」
「ごめんね、ママ。シロが体が重そうだったから散歩に行ってきたんだ。」
「そう・・・。無事でよかったわ。実は・・・ネネちゃんが誘拐されたのよ。」
「え?!」
風間くんは決めていた。絶対に今日のことを誰かに言ったり、悟られたりしないよう、完璧に演じきると。
「・・・トオルちゃん。もうしんのすけくんの件に首をつっこむのはやめましょう。危険だわ。」
「・・・うん。わかったよ、ママ。」

この日の夜は、とても、とても長く感じた。
皆、なんとも言えない不安に駆られた。
しかし、変わらず朝を迎えた。


昼、風間くんはシロと共にボーちゃんとマサオくんを公園に呼び出した。

「2人に話そうかどうか、ずっと迷ってたことがあるんだ。」
「なに?」
「まさか、ネネちゃんのこと?」
「・・・・・うん。昨日、ネネちゃんがどういう状況でいなくなったのか、
まず教えてくれない?」
マサオくん、ボーちゃんはそれぞれが知っていることをぜんぶ話した。
「やっぱり昨日、僕が見たのは、ネネちゃんだったんだ・・・。」
ポツリと風間くんは呟いた。
「え?!」
「風間くん、ネネちゃんを見たの?」
恐る恐るマサオくんが尋ねる。
風間くんも昨日あったことをぜんぶ話した。
「それじゃ、その男がネネちゃんをさらって、どこかに連れて行く途中で
風間くんの家の前を通ったってこと?」
「うん。でもどこにいったかはわからないんだ。」
「しんちゃんも、ネネちゃんも、つながってると、思う。」
「僕もそう思う。しんのすけからのこの手紙見て。この右側の文字をぜんぶ
見ると{ネネ危険}って読めるんだ。しんのすけはネネちゃんがさらわれることを
知ってて、僕たちに知らせたかったんじゃないのかな。」
「ほんとだ!風間くんすごい!」
「男は、これで、ネネちゃんの気を引いた、と思う。
光ってた。っして、コンクリートに穴があるところにネネちゃんがきたところで、
穴から手を伸ばして、掴んだ。」
そう言ってボーちゃんは手のひらのビービー弾を見せた。
「どうしてビービー弾?もっと光るものでもいいのに・・・。」
「わかったよ!犯人はビービー弾がすきなんだ!」
「ええ?でも僕が見た男は大人だったよ?大人がそんなビービー弾で
遊ぶとは思わないなあ。」
「そ、そうだよね。」
マサオくんがしょげる。


「ボ、これ、シロの犬小屋にあった。睡眠薬と、手紙。ここには{オラ、
こっちにきてもう100日}って、書いてある。」
「100日?」
「なんのことか、わからない。」
「そうかあ・・・。あ、もうひとつ。シロの体からこのボタンが落ちたんだ。
どこかで見たことあるような気がしない?」
「あ、僕も見たことあるよ!どこでだろう。」

{ネネちゃんがさらわれた}
{ボタン}
{ビービー弾}
{100日}

手がかりは少しずつだがでてきた。しかし、まったくつながらない。

「しんのすけのうちになにかある気がするんだけどなあ。」
「まだ警察がウロウロいるらしいよ。」
「・・・夜に、忍び込もう。」
「ボーちゃん?!き、危険だよ。」
「そ、そうだよ、僕、怖いよ。」
「でも、口止めされてる以上、僕らがやるしか、ない!」
「・・・わかった。」

こうして夜、忍び込むことになったのである。


21:00

しんのすけの家の前に3人はもう一度集まった。
庭はもうなにもない、とのボーちゃんの自信により、家の中を調べることにした。

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