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アームチェア

宮崎克・吉本浩二『ブラックジャック創作秘話』(秋田書店)

 『このマンガがすごい!2012』オトコ編第1位になった、ノンフィクション・マンガ。『少年チャンピオン』に連載されていた手塚治虫の『ブラックジャック』の創作現場のエピソードを取材したものなのだが、これが面白い。

 だいたい映画でも音楽でも、何人もの人間が関わった創作の現場というのは、傍から見ていると面白い。それは何の関わりもなく、責任もなく見ているからで、現場の人間たちにとつては修羅場なのだが。「事件は現場で起こっているんだ!」と言う『踊る大捜査線』の台詞は、まさに現場で修羅場になっている人間から突いて出た言葉だろう。
 
 それこそ「面白い」では済まない。そんな悠長なものじゃないと、怒鳴られかねない。それこそ闘い。戦場そのものなんだから。現場に関わった人たちは、体力も精神もボロボロになっていることなんてザラだ。

 それでもこの作品を「面白い」と感じてしまうのは、手塚治虫、アシスタント、編集者の闘いの様子が克明に再現されているから。もう今から30年も前の出来事だし、原作者も作画家も第三者だから、客観的になれる。このクッションがあるから読みやすいのだろう。当事者としては、「たいへんだった」という思いが強すぎて、こんなに冷静にはなれなかったろう。

 私も『少年チャンピオン』は『ブラックジャック』連載当時は毎週買っていて読んでいた。もちろん手塚治虫は他にいくつも連載を抱えていて、『少年マガジン』も毎週買っていたから私も『三つ目がとおる』だって同時に読んでいた。そんな中で毎週一話完結の『ブラックジャック』のストーリーを考える手塚治虫は、どういう頭をしているのだろうと驚異を感じていたものだ。

 『少年チャンピオン』の秋田書店、さすがに商魂たくましく、『ブラックジャック創作秘話』の帯に、『このマンガがすごい!2012』オトコ編第1位と大きく印刷してコンビニでも売っていたし、これに合わせたかのようにコンビニ用の廉価版『ブラックジャック』まで売り出している。私も『ブラックジャック』をまた読みたくなって、この廉価版を買ってしまった。

 この際だから、講談社も『三つ目がとおる創作秘話』を出さないだろうか? 出たらば是非読みたい。もちろん廉価版『三つ目がとおる』も買うだろうなあ。

 それよりなにより、『ブラックジャック創作秘話』を読んで感じるのは、手塚治虫という人の虚像ではなく、そのいかにも人間味あふれる姿であり、マンガに対する完璧主義な考えであったりする。なんとなく手塚治虫が私の近くまで来てくれたような、そんな気持ちになれる一冊だ。

2012年2月27日記

静かなお喋り 2月26日

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