アームチェア

人間仮免中

卯月妙子
イースト・プレス

 『本の雑誌』の去年のベスト10、第1位。久し振りにマンガ本が選ばれた。

 こりゃ、凄い本だわ。自分の体験をマンガにしたのだが、元々がこんな凄い人、そうそういるものではない。

 小さいころから統合失調症なる耳慣れない病気にかかっている。いわゆる精神分裂症。精神病院にも何回か入っているようで、ずーっと治療薬を飲み続けている。20歳で結婚して息子がひとりいる。夫は会社が倒産。その後に自殺。生活のためにホステス、ストリッパー、過激AV女優などを経験。全身に入れ墨がある。って、これだけでも濃すぎる人生を経験している。

 全体の半分までが、その後、還暦過ぎの男性との同棲生活している話。これも凄いが、もっと凄いのが、後半の『歩道橋バンジー編』。歩道橋から車道に飛び降り自殺して、奇跡的に一命を取り留める。コンクリートの地面には顔面から激突して、顔面複雑骨折。その入院の様子がマンガの形で語られる。

 入院経験を客観視できるのは大変な事で、ただでさえ、とかく深刻な内容になりがち。なにしろ原因が自殺未遂。それをこんなにスパッと割り切って、冷静に面白おかしく描けるというのは、普通、出来ることじゃない。私も一昨年の癌での入院のときは、もうひとりの私が「面白いじゃねぇか」と動き出してブログを書いていたりしたが、こんなには自分を客観視できなかったし、ましてやそれを笑いに変えて人に読ませるようなものにするなんて、とても出来なかった。

 実は私の入院経験は、一昨年のものが二回目。一度目は10代のころ。事故で顔面骨折での入院がある。だからということもあって、この卯月妙子の顔面骨折の入院治療の様子は、ことのほか興味があった。私の場合は右目の周りの頭蓋骨が折れて、歯が噛み合わなくなってしまった。それで、上顎と下顎を針金で縛りつけて固定するという手術をした。若かったこともあり、これで一ヶ月半もしたら噛み合わせは元に戻った。

 あれはもう40年以上も前の事。医学はあれから進歩している。卯月妙子の場合は、もっとひどく複雑骨折している。それをさすがに近代医療だ。ちゃんと治してしまう。しかもそれだけの骨折だから顔には相当な歪みを生じているのだが、それまで元通りにしてしまう。それをまたマンガにしようという作者の客観的な視線が凄い。歪んでしまった自分の顔を鏡で見て、絵に描いて残したいと思うのだ。そのどこか他人事のように客観的で冷静で、しかもマンガにしようという根性には頭が下がる。出来ないって、普通。

 こう言う事を書くと、これを読んでいる方は引いてしまうかもしれないが、私は四十年以上前の顔面骨折の影響で、なかなか気づかれないのだが、右目が左目の位置よりも下に下がってしまっている。左右対称ではなくなって、よーく見ると顔が少し歪んでしまっている。これも今の医療技術だったら治っていたかもしれないとは思うのだが、私の場合も奇跡的に命が助かったのだから、それでも文句は言えない。ただ最近物が見えにくくなっているのは、このときの影響もあるのかなと思う。

 『歩道橋バンジー編』の最後は、「生きているって、最高だ!!!」で終わる。あとがきでは、「(自分は)実体験を反映した物語しかかけない」とある。今度いつ卯月妙子のマンガが読めるかわからないが、出たらば是非とも読みたい。これだけ実体験を客観視してマンガとして見せてくれる人は、そういないだろうから。そして二度の入院経験をして、身体にもガタがきている私も思う。生きているって最高だ!!!って。

2013年2月16日記

静かなお喋り

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