映画のページ

そして誰も騒がなかった・・・

2004年度ベルリン映画祭後日談

関係者

Gegen die Wand / Head-On の出演者、監督

騒ぐはずだった時期:2004年2月

映画祭が終わるとわりと早く忘れられてしまう運命にある受賞者、作品ですが、今年はやや趣きが違っています。受賞直後に主演女優がハードコアポルノ女優だったことが分かり、暫くある新聞が大騒ぎしていました。トルコという宗教に従順な人の多い国で、ポルノ女優だというのは家族にとってもショックで、家族の談話なども載りました。

ドイツではある意味では1番有名と言ってもいいような種類の新聞、スターのスキャンダルやスポーツの話題などを大々的に扇情的に報じる新聞です。日本人が小学校で習う漢字の数程度のドイツ語の単語を知っていれば誰にでも読めるという、消費者に優しい(易しい?)新聞です。写真もふんだんに使ってあり、具体性を強調。この新聞がベルリン映画祭受賞者決定の直後に大センセーションとして主演女優の話を載せました。でももう遅かった!賞は貰っちゃった後。彼女は演技で評価を受け、監督は金の熊を手にしていたのです。

ニュースが出た直後すでにこの新聞が期待したのとはやや違う反応。業界の人は冷静で、「現在の演技で貰った金の熊は過去の仕事とは関係がない」という意見が多かったのです。載せた新聞以外のマスコミの騒ぎ方にはあまり気合が入っておらず、気の抜けたコーラのよう。ジャネット・ジャクソンの話も事件とはならずショーの一部と考えそうな国民性なので、あまりヒステリーにならなかったのかと思っていました。うがった見方をすると、映画関係者はせっかく久しぶりに賞を取ったドイツ映画が劇場でも成功し、銭が入って来ることの方を重視し、同業者を潰さない方針だったのかなどと考えられないこともありません。普段人の不幸をわりと簡単に笑う人たちが今回はそういうスタンスを見せていません。

私は暫く様子を見ようと思い、すぐこのテーマを扱いませんでした。すると全国的に有名な、あまりえげつない事はしない週刊誌がやはり押さえたトーンでこの騒ぎを報道。大きな写真を載せていながら、テキストは僅か。この雑誌自体は全然騒いでいません。ぴあに匹敵するベルリンで1番有名なタウン誌も静か。結局1番大きな理由は一般人にとってこれがセンセーションに映らなかったからだという判定が出ました。映画祭の審査にかけた時はまだ誰も知らず、賞は普通の審査を通って1位になっているという点が、後でハードコア女優だと分かっても「そんなのイイじゃん」という結論に向かわせたようです。これまで冷静に判断すれば騒ぐ必要のない話でも国民がこういう新聞に煽られて大騒ぎしているのを何度も見たことがあるので、今回の出来事は興味深かったです。

監督がスキャンダルが出た後でインタビューに応じていました。主演女優の件は知っていた、しかし350人の応募者の中で1番良かったので採用したとのこと。作品を見ていないので何とも言えませんが、映画祭の審査員から OK が出たぐらいなので、ひどい演技だったとは思えません。

と、そこへ入った次の報道。今度は主演の男性に前科があったという話。どうも人を殴ったらしいです。暴力沙汰、無免許運転、器物破損などで何度も警察から追い掛けられたそうです。もう1度何かやると国外退去の恐れがあります。監督はこれも先刻ご承知だったらしく、「ミッキー・ルーク的な破滅の人生に魅了された」という談話が出ています。で、これも湿った花火。受賞直後監督が金の熊を顔の横に持ち上げてニタリと笑っている写真が大々的に報道されましたが、この時点でもうその先を読んでいたのかも知れません。スキャンダル発覚後に監督の出した談話とこのニタリがイヤに良くマッチします。

これまで豊かだった生活のレベルが急激に落ち、それまで騒いでいた話題もどんどん「そんなのどうでもイイじゃん、こっちは他のことで忙しいんだ」というカテゴリーに入れられて行きます。豊かで退屈な生活をしている間はスキャンダルになる話が、今はどんどん取捨選択され、本来大きな問題でないテーマの色が褪せて来ています。貧乏になると理性が戻るのでしょうか。

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