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寝台特急「はやぶさ」1/60秒の壁

副題: 比較刑事論 ライト

国本雅広

2004 J 2時間弱

出演者

鹿賀丈史
(吉敷竹史 - 主任刑事)

真中 瞳
(有賀葉月 - 部下の刑事)

賀集利樹
(小谷祐一 - ライバル刑事の部下、この件では吉敷と一緒に仕事)

小倉久寛
(船田 - 鑑識課係長)

高橋長英
(川合 - 捜査一課長)

山本龍二
(畑山 - 三係班長、吉敷のライバル)

森 洋子
(九条千鶴子 - 良江の娘、ホステス、殺人の被害者)

風祭ゆき
(九条良江 - 千鶴子の母親)

浜田 晃
(壇上孝市 - 千鶴子と淳子の父親)

酒井麻吏
(壇上喜代 - 壇上の後妻)

今村恵子
(壇上淳子 - 喜代の娘、OL、母親、姉のパトロンだった男がパトロン)

坂本長利
(小出忠男 - アマチュア写真家、列車の証人)

余貴美子
(加納通子)

安奈 淳
(染谷萌子 - 病院の跡取り娘)

(藤井・染谷タツロウ - 釧路の外科医、染谷家の養子)

稲川淳二
(安田常男 - 売れない作家)

きたろう
(牛越佐武郎刑事 - 北海道中央警察本部刑事、中村の知り合い)

夏八木勲
(中村吉造 - 捜査一課迷宮班班長、吉敷のかつての上司、仲人)

俳優名不明
(佐々木トオル、ホステス・スカウト、ホスト、千鶴子をアパートに訪ねた男、覚せい剤で捕まる)

見た時期: 2005年3月

ストーリーの説明あり

話半分ぐらいばらしますが、犯人の見当がついた後でもハウ・ダニットのお楽しみがあり、それはばらしません。

原作は推理小説だそうで、雰囲気たっぷりのストーリです。私はこの種の小説に凝ったことはなかったのですが、一時時刻表殺人事件が流行ったのは知っていました。

自分も1番分厚い時刻表を買い、周遊券を使って旅行するのが趣味だったので、時刻表を研究してアリバイを作る、あるいは崩すというのは書いている人の気持ちについて行けそうです。出発する時刻が23時59分などという列車があったり、乗り換え時間1分でホーム変更のためリュック担いで突進したこともあります。かと思えば夜中に待ち合わせ何時間などという話もあります。おいしい駅弁を売っている駅でわざわざ降りたり。ですから時刻表1つで随分色々なストーリーが考えられるという点には大いに納得します。

★ 偶然の死体発見

事件の発端はこんな具合。創作に行き詰まった作家安田がネタ探しも兼ねて大型望遠鏡で覗きをやっていました。覗くだけで人に危害を加えるような男ではなかったのですが、19日朝6時、向かいの4階のアパートの風呂場の窓で湯船に入っている若い女性の裸体を覗いていました。数時間経ってもまだ同じポジション。変だなと思ってさらに覗いていたら午後3時頃、近くを電車が通り、振動で地面が揺れ、体がずれ、顔が血だらけだということを発見。胸にはナイフが刺さっている、こりゃ、殺人事件だと警察へ匿名通報。殺人を通報するモラルはあっても、覗きがばれるのは都合が悪い。

★ 難しい死体

鑑識は死亡時刻を割り出すのに苦心。水につかっている死体は死亡時刻がつかみに難いのだそうです。顔の皮がハンニバル・レクターに襲われたかのようにはがされている上、目玉が刳り抜かれ持ち去られていました。風呂場に血飛沫は無し。ナイフは刺さったまま。ということで顔の皮をはがした凶器は別なナイフと推定。死亡推定時刻は18日午後4時から翌日午前4時の間。

★ 被害者と関わりのある人たち

マンションはホステス千鶴子の物で、死体も本人らしく、現在 DNA 鑑定で確認中。職場のバーではあまり好かれいないようですが、パトロンを見つけるのは上手らしく、現在は1週間欠勤して九州へ旅行中とのこと。確かにマンションには旅行の準備が整っていました。予約してあるはずの列車の切符だけ見つかりません。

死体発見のマンションでは18日午後4時頃千鶴子の部屋から若い男が出て来て、隣の人と鉢合わせしていました。似顔絵で手配中。

警察は聞き込みへ。千鶴子の周辺。母親とは仲が悪く「仮にあれが娘だとしても死体は引き取らない」と怒った顔。

愛人と思われる男性のうち1人はコンピューター会社の男北岡。独身で、通報の男ではなさそう。18日はアリバイは無いのですが、19日は千鶴子と九州で待ち合わせをしていて、自分は飛行機で、千鶴子は列車で向かったはずだったとか。ところが千鶴子が現われないので北岡は1人で最終便に乗って東京に引き返していました。金目当てだったので2人の関係は冷えていたとか。

もう1人は妻子ある外科医染谷。1年半前に別れています。ゆすられたかと思いきや夫人は状況を承知していて、夫に千鶴子との手を切らせたとか。この男は千鶴子死亡の頃仕事で講演があり、証人が山ほど。事件を知ったのは学会で行っていた仙台のホテル。18日は外来診療、夜は定例会議など完璧なアリバイがあります。行き詰まった警察は公開捜査に踏み切ります。

★ 矛盾する時間

冒頭の状況はこうなのですが、良く考えてみると被害者は東京であの時間に死んでいるのだから予約の列車に乗れるはずがありません。ところが列車に乗っていた老夫婦が公開捜査の報道を見て、 千鶴子を見ただけでなく写真も撮ったと証言。その時間には列車は浜松近くに来ていたはずなのです。

写真を撮ったという男の証言と、結局ばれて吉敷の訪問を受けた覗きの小説家の証言をつき合わせてみると、はやぶさが山口県岩国あたりを走っている時に、死体が東京にあったということになります。千鶴子の体は小説家が最初に見た時から、ナイフが刺さっているのに気づくまでかなり長い時間動いていないと明言。アリバイ崩しをしなければ辻褄が合いません。

★ そっくりさん登場

そんな時に似顔絵の男佐々木が見つかり新たな証言を得ます。佐々木が千鶴子のアパートを去る時点では生きており、時間が確認できます。そして千鶴子にはそっくりさんの妹がいるとのこと。佐々木が千鶴子を訪ねた段階では千鶴子はまだ生きていて、これから九州へ旅行に出るとの話だったというのです。そして帰りしなにこの男が隣の女性とぶつかったというわけです。

そっくりな妹登場となると家族関係を洗い直す必要が出て来て、吉敷は千鶴子の実家のある釧路へ。家には体の不自由な千鶴子の父親、再婚した妻、2人の間に生まれた娘淳子がいました。淳子は OL をしているとか。佐々木の証言では自分はホステス・スカウトでホスト・クラブでも働いており、そこに淳子が客として来たとのこと。OL とは言ってもかなりやり手らしいという話。

★ 被害者の家族関係

さらに釧路で吉敷が知ったのは、千鶴子の家は元々孝市、良江、千鶴子の3人家族で、孝市が事故で入院。病院の藤井タクヤとかタクロウという担当医と良江が不倫、駆け落ちで東京へ。千鶴子は中学を終えるまで父親の所。その後母親を追って東京へ。父親は再婚し娘淳子が生まれる。ところがその娘の年齢を計算すると、女性が妊娠した時期の辻褄が合わないのです。父親も事故より前に不倫していたのかも・・・といった疑問が挟まります。母親の元に転がり込んだ千鶴子は高校を出るとそこからも出て独立。すぐバーに勤め始めます。そしてどんどんパトロンを作りのし上がっていました。母親は千鶴子が高校卒業後家を出て以来何年も顔を見ていないとか。刑事の印象では母親は口で言うほど娘を嫌っていないのではとのこと。憎しみより絶望しているように見えると言うのですが。

★ 事件発生の頃の混乱

千鶴子の2人の愛人のうち北岡は捜査の線上から消え、染谷に疑いが集中。問題はアリバイ崩しということになります。このあたり小説ではもっと詳しいのかも知れませんが、時間の限られたドラマでは飛ばしたらしく、1人に絞る根拠は情報不足気味。

列車が九州に到着する朝終着駅を降りた時、千鶴子は前日とはうって変わって無愛想。老夫婦とは言葉も交わしていません。ここで別人に入れ替わっていた可能性が出て来ます。そっくりさんの妹がいるのなら彼女が九州で代役をつとめ、千鶴子は東京に戻っていたのかも知れません。しかしなぜ死体の顔の皮がはがされていたのか、もし外科医が犯人ならナイフの使い方は慣れているはずですが、本人のマンションで殺し、死体をそこへ置いて行くのになぜわざわざ顔を分からなくする必要があったのか・・・など、犯人の見当がついた後もかなりの謎が残り、この記事をここまで読んだ方にもまだ半分ぐらいお楽しみが残っています。

★ 推理は一応合格点、探偵役のエピソードは弱い

そっくりさんなどルール破りの要素もありながら、ストーリーとしてはかなりおもしろいです。無論現実の警察の捜査に比べるとエンターテイメントを強調するあまり、遊びが過ぎると言えるかも知れませんが、密室殺人事件や何かの法則に基づいた連続殺人事件もゲーム性が多くて非現実的だと考えると、これも読むに(しっかり)耐えるような原作だろうと容易に想像できます。刑事自身の家庭の問題、署内のライバル、信頼関係なども盛り込んであり、退屈しないようにできています。ところがせっかくのそういうドラマ的な要素が生きていませんでした。

刑事の個人的なエピソードとなると空き地署にかなり水をあけられています。あちらはそういうエピソードが何人ものスタッフについて回るのですが、しつこくならず、しがらみが仕事に与える影響などを観客は納得しながら見られ、やがて共感を呼ぶような方向に動いて行きます。それでひいきの出演者というのができて来ます。それが吉敷刑事の場合全然そういう風に運ばないのです。

中年の、妻に捨てられたしょぼくれ刑事としては個性が足りず、中年男としてマンネリ化した田村正和にすら大きく水をあけられています。聞くところによるとこのドラマは何かのシリーズの第1作なのだそうですが、第1作ですでにマンネリ化の雰囲気が漂っていました。田村正和の方はシリーズが長過ぎて本人は徐々に降りたがっているというような話を目にしたことがあるのですが、田村は取り敢えず主演の体面を保っています。

中年のしょぼくれ刑事としてはやはりコロンボ刑事が強烈な個性をまきちらし、圧勝。中年で妻に捨てられたぱっとしない探偵としてはロックフォードのいい加減さが強烈で圧勝。《私生活はうまく行かないが有能刑事》として売り出そうとしてもシャープさが無く、だめ。

★ ミス・キャスト

1番の弱点は俳優としての資質。鹿賀丈史が各シーンで自分はどういう風に動いたらいいのか分かっていないような表情を見せるのです。主人公の刑事がその辺にボーっと立っているシーンでも田村正和の場合、田村ではなく古畑刑事になり切ってボーっと立っています。ところが鹿賀がボーっと立っていると吉敷が立っているのではなく、鹿賀が立っていて、台本の次の動作を頭に入れていない、という印象ができてしまうのです。田村はその作品の脚本の出来がどうあれ、自分は古畑刑事なのだというスタンスで動いています。顔の表情のバリエーションが田村の方が多く、鹿賀には2、3種類しか予備がありません。田村の場合は周囲の状況によりそのバリエーションが間を置かず次々に入れ替わりますが、鹿賀の場合は1つのシーンで表情が1つ出ると、次の表情までにブランクができてしまいます。

以前あまり器用に顔の表情を変えず、ドラマの最中眉間に皺を寄せたままという俳優がいました。天知茂(漢字これでいいのかな?)といいます。しかし彼はおもしろいことを思いつきました。一生あれで通そうと決心。それがうまく行き、個性に転換。鹿賀丈史はそこまで徹底しておらず、奥さんと再会のシーン、理解してもらえる上司とのシーンでは柔らかい表情を出そうと努力をしています。しかしそれもあまり上手に実を結んでいません。

その他の俳優も集めて来ただけで、まだティームになっておらず、ばらばら。1人ライバルで意地悪な刑事ががんばっていましたが、彼の突っ込みに鹿賀丈史はしっかり応えておらず空振り。はやぶさと空き地署どちらが先に作られたのか分からないのですが、空き地署ははやぶさでうまく行かなかった要素を全部保持して、改善しただけのドラマと言っても通りそうです。ライバルの苛めをしっかり受けて立つ東北出身のキャリア組、署内の状況に詳しい若手下っ端の刑事、周囲に気を使って目立つことをやりたがらない上司が個性を出すなど、はやぶさを裏返したような作り。事件捜査の比重が軽くなっていてもドラマ全体がおもしろくて観客がそれに気づかないといったユニークな作りでした。

はやぶさは事件自体はテレビや映画にするに値するおもしろい話です。そこへ空き地署のような俳優を連れて来て、役になり切って演技させたらさぞかし凄い作品になっただろうと思います。残念!

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