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OSS 117 カイロ、スパイの巣窟 /
OSS 117 私を愛したカフェオーレ /
OSS 117: Le Caire nid d'espions /
OSS 117: Cairo, Nest of Spies

Michel Hazanavicius

2006 F 99 Min. 劇映画

出演者

Jean Dujardin
(Hubert Bonisseur de La Bath - OSS 117)

Philippe Lefebvre
(Jack Jefferson - OSSの同僚、117の親友)

Bé'ré'nice Bejo
(Larmina El Akmar Betouche)

Aure Atika
(Al Tarouk - 王女)

Constantin Alexandrov
(Setine)

Saïd Amadis
(エジプトの大臣)

Laurent Bateau
(Gardenborough)

Claude Brosset

François Damiens
(Raymond Pelletier)

Youssef Hamid
(L'imam)

Khalid Maadour

Arsène Mosca Loktar

Abdellah Moundy
(Slimane)

Eric Prat
(Plantieux)

Richard Sammel
(Moeller)

Michael Hofland
(von Umprling)

Jean-François Halin
(Rubecht、脚本家)

Marc Bodnar

Bernard Nissile

Alain Kouhani

Diego Dieng

Johannes Oliver Hamm
(ナチの将校)

Roger To Thanh Hien

見た時期:2007年8月

2007年ファンタ参加作品

ジャン・ブリュースの117号スパイ学校へ行くを早川書房のミステリで読んでから40年近くが経っています。もうはっきり覚えていませんが、確かコメディーやパロディーではなく、まじめなスパイ小説だったと記憶しています。

英国ご自慢のスパイと言えばジェームズ・ボンドですが、当時その対抗馬として出て来ただろう米国の OSS のトップ・スパイをフランスが大胆にもマックス・スマートとクルーゾー警視のような人物に仕立てて登場させています。

★ OSS

基礎知識としてまずは OSS の説明をしておきましょう。現在の主要国には CIA とか MI6 など対外的な戦略を主要目的とした秘密諜報機関がありますが、本名 Office of Strategic Services という機関がアメリカで第二次世界大戦中に設立されています。元は軍人、後にはそれ以外の分野からも人を募っています。ここに所属する外勤の人は元から対外工作員としての訓練を受けており、有体に言えば卒業生はスパイです。戦争が始まってから作るというのはちょっと遅いような気もしますが、まあ当時そういう機関が必要になったというのは納得が行きます。大戦後平和協定ができ、敗戦国をアメリカを中心とする戦勝国が援助するような事態になり、必要性がなくなったので規模が小さくなっています。最後は過渡期を経て CIA に吸収され、冷戦に突入です。

主演のジャン・デュジャルダンが演じるのはそういう組織である OSS がまだ縮小になる前の超有能エージェントのユベール・ボニサール・ドゥラバス・・・ということなのですが、ちょっと現実とのズレがあります。1955年のカイロがスパイの巣窟になっていて、そこで殺された同僚の後釜に派遣されて来たことになっているのですが、現実の OSS は1947年に解散吸収状態になっているのです。ま、絵空事だから細かい事はどうでもいいのでしょう。

このユベールがジェームズ・ボンドを演じるショーン・コネリートどことなく似ているのは全くの偶然ではありません。ボンドの役は元々別な人が演じることになっていて、ダニエル・クレイグと似たイメージをフレミングなどは想定していたそうですが、なぜか最終選考に残ったのはショーン・コネリー。その彼に似たタイプのアメリカ人のエージェントを演じているのがフランス人だというややこしいストーリーです。

★ エジプト

舞台になるエジプトというのは紀元前3000年にはしっかり独立した国でした。まがりなりにもエジプト人によるエジプト人のためのエジプトは3000年間存続し、最後紀元前500年頃にペルシャ人に占領されました。それから占領の歴史が始まり、ペルシャの他にギリシャ、ローマ、アラビア系のいくつかの朝廷の支配下になり、イスラム教が発生した後イスラム圏に組み込まれます。1500年頃にはオスマン帝国が台頭してきています。

★ 昔から戦略に強い英国

欧州の支配がナポレオンを機に始まり、その後はアルバニア。オスマン帝国の影響が長かったのですが、アルバニアに変わります。ナポレオンで味を占めた欧州はエジプトに注目していて、1869年にスエズ運河を作ります。作ったのはフランス人。日本はちょうど明治維新。この後は欧州の英仏がエジプト(国)を取り合います。運河の方は所有権を維持できなくなったエジプトが権利をイギリスに売ったため、イギリスの勝ち。イギリスはロスチャイルドから資金を調達でき、運河を取ってしまいます。そして運河管理と称して軍を出して来ます。イギリスは株を100%持っていたわけではないのですが、事実上運河を占領してしまいます。OSS 117 カイロ、スパイの巣窟でも運河が重要です。

第一次世界大戦勃発でオスマン帝国が引き下がり、イギリスの傀儡的な名目上の独立を1922年に果たします。イギリスは一見独立したような形にして裏で実権を握るのがお得意で、それは911事件までのアメリカでも同じこと。舞台がどこに移っても外交と諜報のやり手揃いです。

★ あの頃のエジプトをターゲットに

OSS 117 カイロ、スパイの巣窟に出て来る1955年と言うとエジプトはちょうど第一次中東戦争でイスラエルに負け、社会主義に傾きつつある時期です。この時期ロスチャイルドがどのぐらいイスラエルと協力し合っていたのかは良く知りませんが、スエズ運河を手にし、イギリスを通じてエジプトを手にし、イスラエルが1948年に独立し、同じ年に第一次中東戦争勝利となると、そこまでイスラエルは着実に駒を進めたような印象を受けます。

なぜエジプトにイギリス人、アメリカ人だけでなく、ロシア人(当時はソ連人)がいたり、ナチがいたりするのかという説明はエジプトの歴史を見ると一目瞭然。エジプトは1952年にはクーデター、そして1953年には共和制になります。ナセル大統領が出るのが1956年。冷戦とかぶります。南北冷戦は北側の最南が朝鮮半島やベトナムで、そういった地域で行われましたが、東西冷戦はドイツやチェコ付近だけでなく、エジプトのような離れた場所でも行われていました。

第二次中東戦争、運河の国有化など大胆な政策もあり、まさに激動の時代です。エジプトの大統領というのは静かな職場では決して無く、ナセル、サダト、ムバラクと、どの大統領も激動の時代を生きています(激動のおかげで死んだり怪我をした人もいます)。

★ ジャン・ブリュース

ジャン・ブリュースはフランスの作家ですが、42歳の誕生日を迎えた直後の1963年に自動車事故で死んでいます。代表作は1949年に始まった OSS 117 シリーズです。かなりの数書いています。ブリュースが死ぬ前にすでに映画化が始まっていますが、死後いくつも映画やテレビ・ドラマが作られ、いくらか名の知れた俳優も主役を演じています。ただコメディーを作ったという話は私は今回初めて聞きました。

このシリーズの変わっているところは、ジャンの死後妻や子供たちが同じシリーズを書き続けているらしい点。作家の仕事を遺産相続した形です。この話が本当だとすると、有名作家の身内だというだけでなく、小説が書けてしまうところが驚きです。全部を合計すると3桁の作品が生まれているそうです(未確認情報)。

フランスでは作家の死後仕事を引き継ぐという例はゼロではなく、有名な漫画アステリックスも引き継がれています。不思議な偶然ですが、亡くなったストーリーを考える方のアステリックス作家も自動車事故。絵を書く方の作家が生存しています。聞くところによるとドイツの出版社がバックアップしていて、ストーリーの提案もしているとか。アステリックスも OSS 117 も売れた作品なので、作家が死んだぐらいではめげないのかも知れません。商魂たくましい。

★ この作品を見る理由

さて、今回映画化されたコメディー版ですが、勘のいい人、映画を見慣れた人、推理小説を読み慣れた人にはかなり最初の部分でネタが見通せます。多分最後こういう風な展開になるんだろうなあと思っていると、その通りに終わります。その程度の失態で見るのを止めるのは惜しいです。これは推理を楽しむ作品ではなく、ユベールのドジを見て呆れるために作られた作品なのです。

彼のキャラクターの作り方がとにかく思い切っています。マッチョぶり、男尊女卑、植民地的な差別意識全開。描かれているのが1950年代ですから多少そういう部分が映画に出て来るのは分かりますが、それをユベールという男を使ってできる限りはっきり表現してあり、こんな男はこりごりだとすぐに結論が出せます。

さらに彼に差別される側でない人たちの戸惑いも限度いっぱい出し切っています。これは同僚や上司、大使館の人間など白人男性なのですが、彼らでさえも呆れて物が言えなくなるか、迷惑を被るのです。とにかくとんでもない男で、その上本人には全くそれと違う自覚があるのです。植木等ですとまだ自分で「お呼びでない」と言うぐらいですから、自分が浮いてしまったとか、場違いだとの自覚があるわけですが、ユベールにはそれが全然ないのです。で、マックス・スマートやクルーゾー警部などと比較されるわけです。今式に言うと全く空気が読めない男です。

そしてその男がマックス・スマートともクルーゾーとも違い、ショーン・コネリーに似た色男だったらどうしますか。そのあたりをご自分で見て下さい。

撮影方法は60年代に合わせ、車に乗っているふりをして後ろに景色が映ったり、レトロにしてあります。ファッションも凝っていて、ケネディー夫人、グレース・ケリーなど当時有名だった女性たちを思い起こさせるようなファッションが出て来ます。レトロとしての調和はいいです。

★ 見せ場はどこか

彼が目立っては行けない時に目立ってしまうシーンです。具体的に言うと、歌を歌い出すシーンです。もし吹き替えでなく、ジャン・デュジャルダンが自分で歌ったのだとしたら脱帽。

というわけで見る価値のある作品。邦題もついていますし、東京ではグランプリも取っているようなので、日本公開はあるでしょう。更に言えば、ジャン・デュジャルダン主演のもう1本のスリラーと比べるといいです(あとで記事出します)。OSS 117 でコメディアンとして私をすっかりあきれさせたその同じ人がシリアス・ドラマのスリラーで見事なうっちゃりをかましてくれます。その2本を同じフェスティバルで見られたのは幸いでした。

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