April.29,2001 和菓子の村上

        昼間っから生ビールジョッキ三杯飲んだあげく、近江町市場を歩き回ったものだから、酔いもまわり少々疲れた。雨ノ森夫妻が和菓子屋に案内してくれる。雨ノ森旦那の話によると、金沢は喫茶店が少なく、和菓子屋が多いんだそうだ。金沢の住民は、喫茶店感覚で和菓子屋で抹茶を飲み、生菓子を食べるらしい。ちなみに金沢では他にも、ラーメン屋、蕎麦屋、うなぎ屋が少ないという。後に訪れる事になる兼六園の前には蕎麦屋がズラリと並んでいたが、あれは観光客用。地元の人は入らないということだった。ふうん、金沢の人は蕎麦もラーメンも食べずにどうやって暮らしているのだろう。ほとんど日本とは思えなくなってくる。

        近江町市場近くの[村上]。大正末期の建物だという。抹茶と生菓子のセットを注文する。ハルカさんが適当に菓子を選んでくれる。私が受け取ったのは、ヨモギ餡の生菓子。きれいに作ってあるなあ。かすかにヨモギの香りがして、けっこうなお味でした。

        この店は奥に細長い造りになっている。奥の方にいたお客さんが出てくると、どうやら顔見知りに出会ったらしい。「おや、〇〇さん。おいででしたか。きょうは・・・ははあ、きんつばですね? それは正解。この店はきんつばが最高。あとはロクなもんじゃない!」 おいおい、そんなこと言うなよな! そう言われると、きんつばが気になってくる。そんなに旨いんだろうか? こうなるともうダメ。お土産に買ってしまった。

        帰京してから食べてみましたが、確かに旨い。しかし、あのヨモギ餡の生菓子も決して引けを取らないと思うけれどなあ。村上のきんつばは、回りの白い衣が少なくてちょっと意外。中の小豆がかなり大粒。甘味はグッと押さえられていて小豆本来の風味が強い。さすがに、あの常連客らしい人が言うだけはある。


April.22,2001 利家御膳

        新宿末広亭、中入りの最中に、JR金沢駅で買ってきた駅弁[利家御膳]を食べる。なんでも、来年のNHK大河ドラマは『前田利家』に決まったんだそうで、金沢は観光客を当て込んでの、ときならぬ利家ブームなんだそうだ。この[利家御膳]も、ひょっとしたら最近出来たのかも。

        なになに、なにか印刷物が入っているぞ。

「前田利家公をはじめ、歴代藩主が城内での宴席の折食されていた献立の文献を基本に、食材や調理法を現代的に工夫し、利家御膳に仕上げました。この機会に、加賀百万石のお殿様気分を満喫して頂き、ご賞味頂ければ幸いかと存じます」だって。

        では、お殿様気分に浸らせいただきますか。末広亭の小さくてペッタンコの座布団というのが気になるけど、しょーがないやね。苦しいしゅうない。三太夫、ここに弁当を持て。

        ふむふむ、白飯と炊き込みご飯の二種類か。むっ、その上のピンク色のものは・・・・・・・ほほう、餅の中にアンコが入っておるな。オカズは何かな? ふむふむ、鮭に鰻、おお、この揚げ物は何じゃ? 蓮根の肉詰め揚げと申すか。余の大好物じゃ。笹カマに卵焼き。パセリの緑がきれいであるのう。おお、治部煮があるではないか。さすが加賀料理の弁当であるな。ほほう、治部煮に鴨が使ってあるとはうれしいではないか! ほかに椎茸、高野豆腐、生麩、菜の花が一緒に煮てある。美味であるぞ! 右上は魚卵の昆布巻きにナマス。三太夫、この魚卵は何であるか? 存ぜぬか? のちに調べておけ。

        三太夫! 余は極めて満足であるぞ! 苦しゅうない、替わりを持て!・・・・・・・・・・・いかがいたした三太夫、替わりを持てと申すに!・・・・・・・・・よし、それでは月でも見ようか?


April.20,2001 ウワサの熱血中華屋[碧羅]

        「雨ノ森さん、怒ってなかった?」 私は、電話を切った源ちゃんにそっと訊いた。「う〜ん、どうかなあ。ぶっきらぼうな話し方だったけど、いつものことだから・・・」 この日に金沢に行くとだけ先方に伝えただけで、なあんにも連絡をしなかった私ら3人は青ざめた顔になっていた。「とにかく、昼食は[碧羅]だから、そこへ来いってさ」

        [碧羅]は雨ノ森さんのホームページに書かれている、熱血料理人が経営しているお店。しかし、繁華街とは離れた立地条件にある店で、ちょっと場所は分り難いらしい。源ちゃんが今電話で訊いて殴り書きしたメモを見て呟く。「ええっと、駅から18番乗り場のバスに乗って、赤坂プラザで下りて、道を引き返したところらしい」

        駅前に出てバス乗り場へ向かう。

「ええっと、1番、2番・・・・・・9番、10番・・・、あれっ? ねえねえ源ちゃん、乗り場は12番までしか無いよ!?」
「ほんとだあ、どうなっているんだろう」
「しょうがねえなあ、バス乗り場の人に訊いてみようっと・・・・・・・もしもし、あのう18番乗り場ってどこですか?」
「そんなの無いよ!」
「おかしいなあ、18番乗り場のバスに乗れって言われたんだけどなあ」
「あんたそれ、18系統のバスに乗れってことじゃないの? ほら、バスの前に系統の番号が書いてあるでしょ。18系統なら5番乗り場!」
「ははあ、ホントだあ。それでですねえ、[赤坂プラザ]ってバス停に18系統のバスで行けますか?」
「あかさかぷらざ? そんなバス停は無いよ! [赤坂]っていうバス停ならあるけれど」
「ああ、それだ、それだ。すいませんでしたあ」
「ちょっとちょっと、源ちゃん何訊いてたんだよ、雨ノ森さんから。全然違うじゃないの!」

        18系統のバスは5分ほど待っているうちに、やって来た。整理券を受け取って最後尾の椅子にドッカとへたり込む。

「『赤坂プラザに着いたら[パレット]があるから』 『[パレット]ですか?』 『あんた[パレット]知ってるわよね!』 『は、はあ』って言ったんだけど[パレット]って何だあ?」
「おいおい、源ちゃんは一度、その店行ったことがあるんじゃなかったのかい?」
「ああ、一度行ったことはあるけれど、[パレット]って何だあ」

        バスは繁華街を抜け、どんどんと郊外へ向かって走っている。どうみても赤坂プラザホテルがあるようには見えない。「このまま行ったらさあ、本当に東京の赤坂に出ちゃったりしてさあ」などという冗談をかましているうちに、バスは[赤坂]なるバス停に到着。降りたのは私たち3人のみ。周りは地方都市の典型的な住宅地。な〜んにも無い。いや、あった。[パレット]なる大きなスーパー・マーケット。

「ああ、[パレット]ってこれかあ。スーパー・マーケットって、ひとこと言ってくれれば分るのになあ」と源ちゃん。

        11時半の[碧羅]開店時間まで、店の前で待つ。暇なので店の正面の写真を撮る。店から女性店員さんが顔を出し、不審な顔をしてこちらを見ている。

        ほどなく、雨ノ森夫妻が到着。この人たちに逢うのは、夫妻が大分転勤時代だから、5年ぶり。一緒に店内に入り、まずは生ビール。とりあえず前菜ということで[千切りじゃがいものあえもの]と[大根人参セロリなどの浅漬け]が出される。どちらも香菜の香りが効いていて旨い。これは、只者ではない。こんな(失礼!)場所で勝負して受ける味とは到底思えない。

        今仕入れてきたばかりというアワビで、あえものをこしらえてくれる。これがまた味付けが上手い。感心してしまう。

        ビールが進む。あっという間にジョッキ一杯がカラ。おかわりをもらう。
[海鮮五目炒め大連風味] この味付けの妙はどういうことか!
「イカのてんぷら」 北京ダックのときのように、ネギと甘味噌で食べる。旨い!
[白身魚の甘酢あんかけ] さっぱりと上品な味わい。酢のくどさが無い、上手い味付けだ。

        生ビール三杯目。昼のビールはアトが辛いから自粛しているのだが、だめだ、もうたまらない! ここの店のイチオシだという、例のウワサの[大連春雨の牛肉炒めのせ] 正式名称[炒肉拉皮] 通称[らーぴー]が出てきたときには、かなり酔っ払っていた。ひえー、写真がピンボケ!

        大連風の春雨という平たい春雨に牛肉の炒めものがかかっていて、何とワサビを溶かして食べる。このワサビを溶かすというのがポイントで、これを考え出したのは、ワサビ文化の金沢を意識してのことだろうか?

        シメは水餃子。これがまたシナモンの香りがするというワザありの一品。

        さあて、お勘定となってまたビックリ! 5人で食べてビール、ガバガバ飲んで、ひとり2000円。おおーい、碧羅、人形町に引っ越して来ないかあ!?


April.11,2001 上野[守よし]の花見弁当

        『週刊文春』の今週号のうしろのグラビアには、老舗料亭の花見弁当がズラリと紹介されていて、これが旨そうなのだ。でも、ひとつ3000円〜4000円もする。さすがに高いけれど、これを持ってお花見に行ったら、どんなに楽しいことか。

        花見は先週済ませたし、今夜は上野は上野でも、上野の山ではなくて、上野鈴本演芸場だ。中入りのときに食べる弁当をば、調達して行かなくちゃ。上野松坂屋の地下を歩いていたら、上野中通りの鳥料理屋[守よし]の出店があった。おやおや、この期間限定で花見弁当が並んでいるではないか。1100円。うん、これなら買えるぞ! 花見ならぬ、芸人見のお供に、これを購入―――までは良かったのだが。

        中央通りを鈴本に急ぐと、ビールを水槽で冷して売っている。ははあ、花見客目当てだなあ。でもね、こちとら今日は花見じゃないんだよー。これから、落語聴きに行くんだもんねえ。談志の会じゃないから眠っちゃってもいいんだけどね、やっぱり落語、はっきりした頭で聴きたいもん。てんで、自動販売機の前へ。小銭をポケットから一掴み。120円也を投入。ええっと、緑茶、緑茶、緑茶のあったかいやつ。これだ、これだ、これですよっと。ありゃ、隣の紅茶のつめてーやつの方を押しちまったよ。ガラガラガッシャン。ああーあ、紅茶が出てきちまった。こういうことって、あるでしょ。ない? アタシだけかなあ。アタシ、年中こんなことやってる。

        雲助の『狸賽』の見立てオチが決まって、「おなーかーいーりー!」の声と同時に弁当の包みを開ける。隣が紅茶なのが、ちょいとトホホホホですがね。

        いただきまーす。

        まず目を引くのは大きなエビの茹でたやつ。こいつはアトに取っておこう。さすが鳥屋料理屋さんだねえ、ツクネ団子が旨い。それと、おおっと、鳥の骨つき唐揚げね。これは、なんだかもうクタビレちゃってるよ。まあ、しょーがないか。魚のフライがあるね、何だろう? アジじゃなさそうだけど、キスかな? パセリをつまんで口直し。

        煮物は何かな? ふむふむ、ガンかあ。いっとくけどガンてえのは、ガンモドキのことだよ。落語ファンなら『替わり目』知ってるよね。それと、ニンジンにベビーコーン。ベビーコーンだってえ! 珍しいもの煮物に加えちゃったのね。おっ、ナスの煮物があるね。どれどれ・・・もぐもぐもぐ・・・ほほう、こりゃ旨い。バカうま!

        ご飯の上には煎り卵がちょいと乗ってるね。グリーンピースがきれいじゃないの。しかも柔らかく茹でであって、旨いねえ。お決まりの梅干とのコントラストもきれいだ。それに桜の花に見たてた麩もいいじゃないの。

        へへへへへ、花見の定番、卵焼きに蒲鉾があるじゃないの。『長屋の花見』じゃないんだから、まさかタクアンと大根の漬物じゃあないだろうね。それじゃあシャレになりませんよっと。ハハハハハ、本物、本物。ここで、お酒ならぬ、お茶けをグビリ。くっそー、紅茶なのが情けねえ。ああっと、お囃子が鳴って三太楼が出てきちまった。ちょっとお、早いよお、中入りの時間。まだエビ食べてないよお!


April.4,2001 

        雨ノ森さんちの麩の話が面白かったので、私も麩の話でもしてみようかな。

        麩をいつも置いてあるなんて家庭、あるんだろうか? ウチには商売がら、麩が常にある。鍋焼きうどんや、おかめ、あんかけなどに入れる[観世麩]というやつ。それとお吸い物に入れる[うずまき麩]。

        しかしつくづく、麩って不思議な食べ物だと思いますよ。原材料はグルテンでしょ、あれ。あれ自体には特に味なんてないものね。乾燥させてパリバリしてて、あれをあのまま食べる人なんていないやね。それを汁物の中に入れると中の汁を吸ってブヨブヨな物体になる。食べても、麩自体の味ってあまり無くて、汁をその身体に含んでいて、口の中に入れると汁をジュワーッとぶちまけてくる。それだけのこと。どちらかというと、あのブヨブヨは気持ち悪いなあ。

        フランス人なんかが、クロワッサンなどのパンをコーヒーに浸して食べたりするでしょ。あれ、旨いと思って食べているのかなあ。私は嫌だけどなあ。ブヨブヨのパンなんて。

        麩なんて、くだらない食材だと思うんだけど、なぜか麩が入っただけで高級感が出てくる。実際、麩って買うといい値段なんですよね。

        うーん、なんだか書き出しちゃったはいいけれど、まとまらないなあ。

        『時そば』って落語で、「よく竹輪麩って、まがいもんの竹輪を入れている店があるけれど、あれはいけねえ。ありゃあ、病人の食べるもんだ。江戸っ子の食いもんじゃねえ。そこんとこいくと、お前んとこは・・・ありゃ、麩だね。いいんだ、俺はここんとこ腹の具合が悪くてさ」なんてのがあるでしょ。おでんの材料として使われる竹輪麩は、うどん粉の練ったやつだよね。あれ、なんで麩って言うんだろう。うどん好きの関西になくて、関東のおでんには入っているっていうのも不思議。

        私は竹輪麩、好きですけどね。江戸っ子の食い物じゃないのかも知れないのだけど・・・、ハハハ。

        我家では、すき焼きをするときに、必ず麩を入れる。なんだかんだ言いながら、結局、麩って好きなんですね。

        料理の裏ワザ。卵焼きを作るときに、観世麩をひとつ、おろし金で摩り下ろす。これを溶いた卵に混ぜると、卵焼きが崩れ難くなって、作業がしやすくなる。出来あがりもしっかりしている。お験しあれ。

        今日はまとまりのない話だって? いや、麩は卵焼きをまとまりやすくするんです。

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