言いたい放題食べ放題

カレー南蛮そば

 いわゆる、そば通の人たちにとっては、カレー南蛮そば(カレーそば)は邪道のような捉え方をされているようだ。しかし、街の普通のお蕎麦屋さんにすると、これはまさに主力商品と言っていい。
 日本人の大好きな、いまや国民食ともいえるカレーと、かつおだしの汁との、「あっ」という感じの出会い。カレーはどんな味のものでも飲み込んで打ち負かしてしまうかと思いきや、どっこい、そば汁はそば汁で強い味を持っており、それがお互いを主張するわけでもなく、うまく共存している。カレーとそばをひとつの丼の中で競合させた人は天才なんじゃないかと思う。そしてそれをメニューとして定着させた、そば屋のご先祖様も。

 さて、このカレー南蛮そば、強烈な匂いがするので、店に入ってくるまでは、「今日は、さっぱりと、もりそばにするかな」、あるいは「うん、今日はなんとしても天ぷらそばを食べるぞ」と決意して入ってきた人でも、誰かほかのお客さんがカレー南蛮を食べていると、突然に心変わりする人があるようだ。「あっ、カレー南蛮かぁ。そういう選択肢もあるよな」と思い、注文する直前で、「カレー南蛮そば」と言いだす人が案外多いのではないか。別にお客さんに聞いてみたわけではないけれどね。そのくらいカレー南蛮の誘惑というのは大きいわけです。

 それでは、店側にとってカレー南蛮そばの注文を受けた場合。これはあまり知られていないだろうから、そっとお教えしよう。

 店側として、このカレー南蛮そばというのは、実はちょっと、すぐに出すのは難しい、手間のかかる事になる。おそらく、食べに来る側の印象としては簡単に作れるものと思われがちな商品だろう。というのも、普通、カレーくらい簡単に出てくるものもないからだ。カレーライスだとしたら、皿にご飯をよそい、そのご飯の上から、あるいはご飯の横に、お玉ですくったカレーをかけて、「はい、出来上がり」だから。それと同じだと思われがちなのがカレー南蛮そば。ところがそば屋のカレー南蛮そばはちょっと違う。そば屋のメニューの中では、あんかけ、あるいはかき玉と同じような位置にあるのがカレー南蛮なのだ。注文が通ると、やや面倒くさい。そんなメニュー。

 あんかけもかき玉も、片栗粉でトロミを付けるが、カレーも同じトロミ属の仲間になる。このトロミというのがまず問題。あんかけもかき玉も、もともとはうどんのメニュー。カレーもおそらく、うどんだったのではないかと思う。これらのメニューはうどんの形で出すのは問題ないのだが、そばは少々やっかいだ。普通、そばでもうどんでも、茹であがったものを湯切りして、その上から汁をかける。これがトロミの付いた汁の場合、丼の下の方まで入って行かない。麺の上の方で、麺に蓋をするように乗っかってしまうのだ。
 うどんの場合はこれでもなんでもないが、これがそばの場合、お客さんにすぐに出さないと、蓋をされた麺がそのまま固まってしまう。つまり店側としては、お客さんに早く箸を入れて欲しい。箸を入れて上下に動かし、トロミのある汁が下の方に入っていくようにしてほしいわけです。
 うどんの場合はさほど問題ではない。少々時間が経っても、箸が入ってかき回されれば、汁は麺とよく絡む。これがそばだと、そうはいかない。時間が経ってしまったそばはそこで固まってしまったあと、箸を入れてほぐそうとすると、ツナギの少ないそばほど、ブツブツと切れてしまう。またよく上下を混ぜないと一番底にあったそばは、カレーの汁とあまり絡まないままになる。つまり店側としては、ようく混ぜて食べて欲しいという願いがある。
 よく、「汁が少ない」とか「薄い」とおっしゃるお客さんがいらしたが、これはかき混ぜ方が足りないことが多い。食べていくうちに、汁が先に無くなってしまい、汁に絡んでいなかったそばが最後に残ってしまうわけなのだ。一番問題なのは、カレー南蛮の大盛り。これは汁がそばに絡みにくい原因になる。
 そこでウチはかき氷式を実践していた。かき氷は、削った氷をかき氷容器に盛り上げるように入れ、上からシロップをかける。本来は、お客さんがこの氷を崩して、氷とシロップがうまく混ざるようにするのだが、これをしないで上から食べてしまうお客さんがいる。それで、氷を容器に入れる前にシロップを底にも入れておく店がある。ウチもそれを実践しようと思ったのである。
 最初から説明すると、まずそば汁を手鍋で沸騰するまで温める。そこに豚肉と長ネギを入れる。よく火が通ったところでカレー南蛮用の粉を水で溶いたものを、かき混ぜるようにして、これに入れる。カレー南蛮用の粉というのは、食品問屋で扱っているもので、カレー粉と片栗粉を混ぜたものだ。熱湯で温めよく湯切りしたそばを大きな丼に入れ、上からこれをかけるのだが、先に底の方にも少し入れておく。そこにそばを入れ、上からもかける。いわばサンドイッチ状態。これならばかき混ぜないで上から食べてしまったお客さんでも、下にもカレーの汁があるから、薄くなってしまったという感じがしない。これをウチでは、かき氷方式と呼んでいた。
 店で出す分にはいいが、出前ともなると困った。届く前にそばが固まってしまうから。それで出前の場合は、普通盛りでもこのかき氷方式をやっていた。
 最近は、立ち食いなどで出すときは、普通にかけ汁をかけ、その上から濃く作ったカレーだれを乗せる店があるようで、これはこれでうまい方法だと思う。
 それと注意しなければならないのが、カレー南蛮をお客さんの前に持っていくときに、揺れないように慎重に持っていく必要がある。揺れて丼から汁が丼の淵にかかってしまうと、受け取ったお客さんが食べるときに手を添えたりとーした場合、手がカレーのドロドロに触れてしまう。これは失礼のないようにしなければならない。

 ところで、カレー南蛮なんて、そばじゃないとバカにする人は、「わかってないなあ」と私は思う。
 もりそばではなく、温かいそば、私らのいう種物あるいはかけそばというものは、いいそば粉を使い、ツナギを少な目にすれば、もりそばよりも遥かにそばの香りを楽しむことができる。それもノビてしまったそば。
 こういった温かいそばを、届いたらしばらく放置してしまう。「ありえない!」などという、中途半端なそば通の意見は聞かなくていい。お酒を飲んだり、同行者がいれば話でもして時間を置く。そうですねぇ、食べるタイミングが難しいのだけど、冷めきらないで、まだそこそこ温かいといったあたりが食べごろ。当然そばはヘタってきていますが、なんと、出来立てよりも、そばの香りがふわーっとひろがってくるからおもしろい。
 それでこのノビたそばでおいしいのが、かけそば、たぬきそば、そしてこのカレー南蛮そばなんですよ。もちろん、席に届いたら、ようくかき回せておく必要がありますが。
 賄で、前日の夜に食べたカレーライスのルーをカレー南蛮に混ぜ込んで食べるということもよくやったが、これがまたおいしいんだなぁ。

2013年1月25日記

静かなお喋り

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