April.25,2002 禁断の味?
香菜(シャンサイ)、パクチ、あるいはコリアンダーといわれる、強烈な匂いのする野菜。これなどは日本人でも好き嫌いがはっきりしてしまう。私が初めて口にしたのは、タイへ行ったときだったろうか? 「慣れないと食べられないよ」と聞かされていたが、あっさりとクリアー。旨い旨い、最初に口にしたときはさすがに驚いたが、すぐに慣れた。ちょっと上品な店で、ひかえめにしか入っていないとがっかりするくらいになってしまった。アジアの南の方でしか採れないから中国でも北の方の料理には登場しない。
ドリアンもやはりアジアの南でしか採れない。これも好き嫌いがはっきりしてしまうというフルーツだというので、ドキドキしながらタイで食べた。臭いといわれる強烈な臭いも、あっさりクリアー。旨い旨い。どうしてこんなに旨いものを嫌がるのかわからないと思った。
『ドリアン ドリアン』という香港と中国を舞台にした映画の中でもドリアンは、何かの象徴のようにして登場する。中国本土の女性と結婚した香港の男性。苦しい生活の中でも、なんとか家族を喜ばせようと、ドリアンを土産に買ってくる。いくらこれはフルーツの王様なんだと説明しても、「臭い」と言って奥さんも子供も食べようとしない。結局食べたのは買って来た当人だけ。香港で売春婦をして中国東北部の田舎に帰った若い女性のもとにもドリアンが届けられる。家族や仲間に食べさせようとするが、これまた「臭い」と言って誰も食べない。この臭いさえ克服して口に入れれば、このフルーツがいかに美味しいものであるかわかるというのに。
ドリアンを食べない人は、ある意味で保守的な生活をしている人の象徴なのだろうか? 映画は前半と後半が驚くくらいにタッチが違う。前半の香港のシーンが躍動感に溢れているのに対し、後半は中国の雪深い田舎の静かで落ちついたシーンが続く。主人公の女性もまるで人が変わったようになってしまう。香港、あるいは都会というものにドリアンをダブらせているような演出が面白かった。後半に出てくる田舎ものんびりしていていいなあと思うのだが、やっぱり私は香港の雑踏の方に、ドリアンの味の方に魅力を感じる。なんだかんだいっても、私はやっぱり香港が、香港映画が好きなんだ。
April.17,2002 ヘンな吸血鬼映画
お台場の[シネマ メディアージュ]で上映されている[SHOCKING MOVIE PROJECT]3作連続上映、2本目の『アナトミー』を見逃してしまった。うかうかしているうちに3本目の『ヴァンパイア・ハンター』が始まっている。なにしろ2週間で次の映画になってしまうから忙しいのだ。3本の中では一番面白そうに思っていたのがこの『ヴァンパイア・ハンター』だから、上映が終わってしまう前にと、初日に行くことにした。
また新橋から[ゆりかもめ]に乗ってお台場へ。今回は余裕を持って出たので慌てることもない。最終回の上映時間にはたっぷり時間がある。アクアシティに着いて戸惑ったのは、3階にあったチケット売り場が1階のシネコンの隣に移動していたこと。3階でチケットを買って1階で見るというややこしいシステムが改善されていたのだ。こっちの方がいい。前回、前の方の座席を指定して、思いのほかスクリーンが大きく見にくかったので、今回は後ろの方にしてもらう。アクアシティ内の[ロイヤルホスト]でゆっくり食事してから上映館へ。
最終回、場内には2人連れ客が5組。うち4組はカップル。あとの1組は最前列中央に陣取った、ホラー映画好きと思われる若い男2人組。それにひとり客の私、計11人。こんなんで採算合うのだろうかと勝手な心配をしてしまう。
さて『ヴァンパイア・ハンター』だが、おどろおどろしい特殊メイクの吸血鬼を期待すると肩透かし。ぜんぜん普通の人間なのだ。牙だって見えない。ちっょと凶悪そうな雰囲気を持っているだけ。単なるならず者だと思ってもおかしくない。例によって田舎のハイウェイをドライブしていた男が、ガソリン代を持つというヒッチハイカーを乗せるところから話が始まる。このヒッチハイカーこそヴァンパイア・ハンターとしてアメリカ中を旅している男。自分も吸血鬼に噛まれ、いつかは吸血鬼になってしまうという運命も背負っている。
この映画の吸血鬼という概念は、いささか他の吸血鬼ものとは違っている。十字架、ニンニクなどは効かない。なんでもウイルス性のもので、この吸血鬼に噛まれるとウイルスに感染して吸血鬼になってしまう。ただ、そのウイルスの進行具合は個人差があってすぐに吸血鬼になってしまう者と、長い時間がかかる者があるらしい。このヴァンパイア・ハンターなんかの場合はもうかなり長い期間、吸血鬼にならないで済んでいるらしいのが不思議。
クルマを運転していた男は、吸血鬼に噛まれてフラフラしていた女性を助けようとして手を噛まれ、これまた感染してしまう。なんともヘンなのは、おおもとの吸血鬼を殺せば、ウイルス同士がどうたらこうたらするそうで吸血鬼にならないですむという設定。なんだかよく理解できないのだけれど、まあいいか。というわけで、吸血鬼を追いかけるという話になる。へンなのー。
ヘビー・メタルに乗っての吸血鬼とハンターのカー・チェイスを中心とした闘いだ。最初の方で殺されるキャンプの人たちは、その後吸血鬼になってしまったのだろうかとか、これだけ破壊を繰り返していてよくぞマスコミや警察が気づかないものだとか、いろいろと穴だらけなのだが、まあ一時間半、楽しめたことは楽しめました。
April.4,2002 美しく、力強いジョニー・トーの新作
ジョニー・トーがアンディ・ラウとラウ・チン・ワンを主演にして撮った『暗戦・デッド・エンド Running Out Of Time』の続編、『暗戦2 Running Out Of Time 2』の直輸入DVDを見かけ、迷わずに買ってしまった。英語字幕に苦労しながらも、何とか見てみた感想を書いてみようと思う。
一作目はジョニー・トーひとりの監督作だったのに対し、今回はロー・ウィンチョンとの共同監督という形をとっている。前作で刑事役だったラウ・チン・ワンは、そのままあのときのホー刑事。鶴瓶に似ているいやな上司もそのまま登場する。犯人役は前作末期癌で死んでしまったであろうアンディ・ラウから、イーキン・チェンに。このイーキン・チェンがカッコイイのだ。正直言って、こんなにいいイーキン・チェンは初めて見たと言っていいだろう。
イーキンの最初の登場シーンは、街のレストランに入るところ。そこには前作ではアンデイ・ラウに狙われる会社の社員役で出ていたラム・シューがいる。このジョニー・トー・ファミリーの重要なキャラクター、『ザ・ミッション 非情の掟』で五人の用心棒の中で、いつもピーナッツを食べている無口な太った男として印象が強かったので憶えている人が多いだろう。彼は今回は刑事役。ギャンブルで多額の借金を抱えているらしく、借金取りのヤクザにからまれている。イーキンはレストランを出ると、あるビルの屋上に登る。これは一作目の冒頭でも、アンディ・ラウがビルの屋上に登場したのを思い出させる。柵も何も無い高層ビルの屋上の淵に立つイーキン。これをカメラが後ろから近づいていって、クルッと前っかわに回りこむと、遥か下の地上が見えるというカメラワーク。高所恐怖症でなくても、ゾゾゾゾーとしてくる画面だ。
自殺願望の男かと見た警察が説得に当たろうとする。その説得役にまず出てくるのが、ちょっと前に偶然一緒にレストランにいたラム・シュー。ビルの屋上の淵に腰掛けたイーキンが、こっちに座れと手招きする。ラム・シューが座ると、イーキンはゲームをしようと持ちかける。コインの裏表当てだ。ポーンと放り上げたコインをイーキンが取って、手のひらに乗せ、もう一方の手で伏せる。ラム・シューは「表」。ところがコインは裏。これが何回やってもラム・シューは「表」と賭け、結果は裏。確率は50%なのだから何回かやっていれば表が出てもおかしくないはずなのだが、常に裏しかでない。このあと、映画の中で何回も繰り返されるのだが、常に裏しか出てこない。実に372回連続で裏だ。これはラム・シューがとことんギャンブル運がないということしなのか、あるいは、イーキンがトリックを使っているのか不明。
ラム・シューに代わってラウ・チン・ワンが説得に当たる。するとイーキンはビルから飛び降りるのだ。手には緑色の煙を吐くダイナマイトのようなものを持って。地上には警察が設置したクッションが置いてあり、そこにめがけて落ちて行くのだが、その落下速度が異様に遅い。ふわーっと落下傘で降りて行くよう。こっ、こいつ人間じゃないのではないかと思う一瞬だ。警官がクッションに落ちたイーキンを確保しようとするが、緑色の煙幕に紛れてイーキンは忽然と姿を消してしまう。地上に降りてきたラウ・チン・ワンもイーキンの姿を追う。
街に突然イーキンが再び現れる。タクシーを捕まえて乗りこむ。すると運転手がなぜかラウ・チン・ワン。これは一作目を見た人ならニヤッとするだろう。やはり逃げるアンディ・ラウを追っかけるラウ・チン・ワンがアンディの姿を見かけて、タクシーの運転手に扮してアンディに近づき、アンディを乗せるシーンがあったのだ。そのまま警察署に連れて行こうとする設定も同じ。イーキンはまたもや煙幕弾を車内で発火する。急停車するタクシー。これがまた一作目をよく憶えている人は、ここでニヤッとするだろう。タクシーが停まった場所は、一作目でアンディ・ラウを乗せた場所であるからだ。[CORPORATION SQUARE]と書かれたビルの前なのである。
イーキンは後部座席にハンカチを残す。そこに羽毛がひとつ落ちているのが、後々の展開の発端になる。イーキンは実は泥棒。美術品を盗み出し、保険会社にその引き換えに多額の金を要求する。このあと、ラウ・チン・ワンと保険会社の担当者ケリー・リンが金の受け渡しをめぐって丁々発止の戦いを繰り広げることになる。これが実に面白いのだ。さすがジョニー・トーだと思わせるのだが、本当の面白さは、このあと、まんまと大金を手にしたイーキンを追う手がかりを見つけてからだ。そう、ハンカチについていた羽毛から、この羽毛が[Amelican Bald Eagle]という香港では見られない特別のワシのものだとわかる。すると鳥類学を学んだという保険会社の一員が、このワシを最近港で見たと言い出す。このワシを見つけて追いかけて行けば、イーキンのアジトがわかるはずだということになり、かくて警察官、保険会社社員が総出で、ビルの上や港で双眼鏡を持って空を見上げることになる。このシーンがきれいなのだ。DVDジャケットでイーキン・チェンとラウ・チン・ワンが双眼鏡を持って写っているのは、そういう意味があったのだ。
やがてラウ・チン・ワンとケリー・リンはこのワシを見つけ、そのあとを追ってクルマで香港の街を走る。おそらくCGではめ込まれたであろうワシと、それを追うクルマが実に感動的に美しい。ところがこれで驚いてはいけない。このあともっと素晴らしいシーンが用意されているのだ。アジトを見つけ出したラウ・チン・ワン。イーキン・チェンを捕まえようとすると、「私はマジッシャンなんだ」と言ったかと思うと、忽然と姿を消す。そのトリックを暴いてイーキンのあとを追う。再び香港の街。いつしか日は暮れている。逃げるイーキン。追うラウ・チン・ワン。ところがイーキンとしては、まるで鬼ごっこ。このゲームを楽しんでいるようなのだ。走り回ってヘトヘトになって街角に立ち止まると、イーキンも立ち止まって待っている。ラウ・チン・ワンが売店でミネラル・ウォーターを買って飲んでいると、イーキンも立ち止まって、ソフトクリームを舐めるといった具合。ハアハア息をつきながらイーキンを睨みつけていると、巡回している警察官がラウ・チン・ワンに声をかける。「巡回ですか?」 「犯人を追っかけているんだよ!」 「?」
やがて雨。追っかけているうちにイーキンの姿を見失ってしまう。そこへ、うしろからサーッと追いぬく自転車に乗ったイーキン。これはもう追いつけないとあきらめた表情を浮かべるラウ・チン・ワン。すると、イーキンは自転車を停めて振り向き、目で指し示す。そこには停めてある、もう一台の自転車が。かくて今度は自転車を使った鬼ごっこが始まる。まるで子供同士のおっかけっこ。これが実に楽しい。ここまでが、全体のほぼ半分をちっょと回ったといったところ。
『ザ・ミッション 非情の掟』で、すっかり気になる存在となったジョニー・トー。日本語字幕で見たわけではないので、解釈を間違えたかもしれないが、そんなことどうでもいいくらい、美しい傑作だったと言っていいと思う。