風雲電影院



2015年6月16日
新文芸坐

 市川昆監督、1957年の作品。脚本は久里子亭(くりすてい)。もちろんアガサ・クリスティのもじり。市川昆がほかの人と共作するときに使うペンネーム。このときは和田夏十との共作。のちに横溝正史原作の映画化を何本も撮ることになるが、このときも久里子亭の名前を使っている。

 モノクロ、スタンダードサイズの画面。かなりテンポの速いコメディタッチのミステリ映画。おそらく当時のアメリカ映画に影響を受けたのだろうと思われる。ボーっと観ていると置いて行かれるほどスピーディに展開する。主演の京マチ子始め、みんな台詞がポンポンと飛び交ってアメリカナイズされている。日本映画にありがちな抒情性みたいなものはカケラもない。のちに横溝正史原作のものを何本も撮ったときには、原作の関係でやや重くなってしまったが、あのときにも見られたユーモアは、このころから始まっている。

 ファーストシーンは、銀行員が集まって何やらよからぬ相談をしているシーン。続いて、警察のすっぱ抜き記事を書いてクビになった京マチ子が友人から、ある金儲けのアイデアを授かるシーン。そのアイデアとは、彼女が一ヶ月間失踪してみせ、その間に自分を見つけた人には懸賞金を出すというもの。これを雑誌社に売り込む。期間内に誰かに見つかれば懸賞金はその人のもの。まんまと見つからずに一ヶ月逃げ通せば、雑誌社から自分に金が回る。しかもその体験を本にしてまた儲けようという腹だ。しかし彼女は一文無し。雑誌社からはその一ヶ月間の逃走資金はもらえない。そこで、ファーストシーンで語られた銀行に、たまたまお金を借りに行くわけだが・・・。

 つまり銀行員たちは、銀行の金を横領しようとしていたわけで、行方をくらまそうとしている京マチ子は、恰好な獲物。彼女に罪をかぶせてしまえというわけだ。しかし彼女もそれを逃走生活一ヶ月が終るギリギリのときに察し、なんとかしようと動き出す。

 とはいえ、とにかくコメディとして撮っているから悲壮感はない。それでいて脚本はよく練られていて、殺人事件まで起こるが、「どうなるんだろう」という興味で退屈しないし、ところどころにユーモアが盛り込まれていて楽しい。

 『穴』というタイトルは変わっているが、その穴は最後の方になって突然現れる。このアイデアも、なかなかよくできているので、これから観る人はお楽しみに。

 石原慎太郎が特別出演しているのも今となっては見どころのひとつ。本人自身という設定なのだろうか、作家なのだが、もう作家生活は飽きてしまったと言って、クラブで歌っている。まだチック症になっていないときで、目をバチバチさせていない。

 それはともあれ、日本でもこんなシャレたユーモアミステリ映画か作られていたことがあったんですね。

6月17日記

静かなお喋り 6月16日

静かなお喋り

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