風雲電影院

ビル・カニンガム＆ニューヨーク（Bill Cunningham New York） ２０１３年１１月１２日 ギンレイホール 　ビル・カニンガムという人の事は、このドキュメンタリー映画を観るまで、まったく知らなかった。『ニューヨーク・ポスト』の写真家、コラムニスト。もう80代の老人だが、常にニューヨークの街を自転車で移動し、写真を撮り続けている。彼の興味の対象はただひとつ。ファッションのみ。街を行き交う人のファッションでこれはというものに出会うとシッャターを押し続ける。 　自転車は、別に高級なものではない。日本でいうところの、ハンドルの前に篭の付いた、いわゆるママチャリのようなもの。あの交通量の多いニューヨークの街で、きちんと車道を走る。歩道を走るなどという不届きな事はしない。ファッションに興味があると言っても自分が着ているものには極めて無頓着。安価で買える、作業員が着る青い上っ張りをいつも着ている。雨の日はこれまた安物のレインウェアを着ているが、これも年中破れて、ビニールテープで補修だらけ。 　カメラもいまだにアナログのニコンの一眼レフ。今まで撮ったネガは一切捨てずに取ってあるから、彼の部屋はネガ・フィルムが入ったキャビネットで占領され、簡易ベッドがかろうじて置かれているだけ。シャワー、トイレが共同のアパートに住み、キッチンも無い。部屋にはほんとに小さなクローゼットはあるものの、服はほとんど入っていない。 　『ニューヨーク・ポスト』で働いているから、さぞやいい給料を貰っているだろうと思うと、金を受け取ろうとしない。この考え方は徹底していて、彼には人のファッションにしか興味ない。食べる事にも興味がなくて、食べ物はいつでも外食の安いサンドイッチとコーヒーといった具合。彼は街で見かけたファッション以外に、夜の社交界の写真コラムも担当しているが、パーティーに行っても、絶対にそこの食べ物、飲み物を口にしない。 　映画や芸能にも興味が無いから、どんなに有名な女優がいようと、どんなに高価な服を着ていようと、つまらなければ絶対に撮影しようとしない。反対に、街で見かけたホームレスでも、その着ているものに興味を惹かれるとシャッターを押す。 　映画は最後にビル・カニンガムに、答えたくなければ答えないでもいいというふたつの質問をする。ひとつは、その年になるまで結婚もしないでいるのに、恋愛経験はなかったのかという事。もうひとつは日曜には必ず教会にいくそうだが、あなたにとって宗教とは何かということ。ここで今までエネルギッシュに動き回り、質問に答えていたビルの表情が少し変わる。 　このドキュメンタリー映画は実に興味深いが、一方で、この最後のふたつの質問から、もっと掘り下げてビル・カニンガムという人の、もうひとつの心の部分を聞き出して欲しいと思ったのだが、それではまた別の映画になってしまうのだろう。 　おじいちゃんになっても、これだけエネルギッシュにいられるということにうらやましさを感じる。正しい頑固とはこういうことなのだろう。 １１月１３日記 静かなお喋り １１月１２日 静かなお喋り このコーナーの表紙に戻る

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