風雲電影院

ジェームス・ブラウン 最高の魂(ソウル)を持つ男(Get On Up)

2015年6月18日
角川シネマ有楽町

 この映画はベルリンさんも観ていますので、そちらもご参考にしてください

 まさかジェームス・ブラウンが起こした1988年の銃乱射事件から始まるとは思わなかった。もうのっけから凶悪犯罪者であります。ウハハハハ。まあ実際にドラッグをやっていたらしくて頭ぶっ飛んでいたんでしょうが。このあとのパトカーとのカーチェイスは最後の方の楽しみにちゃんと取ってあって、これがまた見せ場になるんだから、ミュージシャンの伝記映画とは思えないですな。ウヒャヒャヒャヒャ。でも実際にあったことだから仕方ない。

 そのあと、また時間軸は飛んでベトナム戦争の慰問に向かう飛行機のシーンになるわけだが、ここでもベトコンの砲撃を食らって飛行機は片翼エンジンが火を噴き、あわや墜落というスペクタクル。なに、この伝記映画。ありえね〜。ケケケケケ。

 とにかく時間軸は複雑に移動する映画で、頭の中で再構成するのが忙しいのだが、それほどわからん映画ではない。少年時代のジェームス・ブラウンの両親の極貧生活というのも壮絶。それでも最初のころはまだ仲がよかったらしくて、子供時代のジェームス・ブラウンがいる前で、父親が母親に「下着を脱げ」と言って抱き上げて家の中に入って行くなんてシーンもあって、その後とにかくなにかと女性関係のトラブルを起こしていたジェームス・ブラウンの原点はここにあったのかなぁと思えてしまう。その後母親はジェームスを棄てて家を出て行ってしまう。音楽の世界で成功して母親と再会することになるのだけど、なんだか母親に棄てられたという溝は深そうで、そんなことまできっちりと映画にしちゃってる。この映画は、ありがちなお上品な偉人伝じゃない。なにしろジェームス・ブラウンですから。

 なんだか意味不明ながらも、なんとなく入れたかったんだろう意図を感じるシーンがある。黒人の子供たちを集めて片腕を縛り目隠しをしてリングに乗せ、バトルロイヤルだといって片手だけで殴り合いをさせるシーン。リングの上に倒れているジェームス・ブラウンの目隠しがほどけると、デキシーランドジャズを演奏している黒人たちがいる。それが突然、のちにジェームス・ブラウンがやったようなファンクを演奏し始める。すると子供のジェームス・ブラウンは立ち上がり、ただ一人残った相手を殴り倒して優勝してしまう。子供のころから彼の中にはあのファンクのリズムが温められていたということでしょうか。

 スーツ泥棒をして刑務所に入れられ、慰問に来ていたゴスペルグループのボビー・バードと知り合うシーンからは、彼との長年に渡る友情物語の趣きがひとつのテーマになっていきます。とにかくメチャクチャなことをやるジェームス・ブラウン(家に引き取ってやった恩人のボビー・バードの妹と寝ちゃったりもする)と、ほかのメンバーは脱退しても、彼だけはいつまでも一緒に続けていく。まあ実際は、出て行ったり戻ったりだったという話もあるようですが。映画では、コーラスのヴィッキー・アンダーソンと結婚して、バンドから脱退。そんなある日、突然ジェームス・ブラウンが突然に彼の前に現れて、公演チケットをペアでプレゼントするってシーンがありますが、ここが実にしみじみといいシーンなんですねぇ。

 ええっと、それでジェームスとボビーはバンドを始めて、リトル・リチャードと出会うシーンがある。リトル・リチャードを知らない観客はちょっと戸惑うかもしれない。字幕がオネエ言葉。リトル・リチャードがオカマであることを知らないと、びっくりするのではないだろうか? この役者さんもあまりオネエ口調にはしてなかったと思うけれど。

 それでリトル・リチャードとの出会いもあってレコード会社と契約することになって、Please Please Please を吹き込むシーンが笑えますなぁ。レコード会社のお偉いさんが聴いていて「なんだこれは、すーっとプリーズって言ってるだけじゃないか! なにがプリーズなのかわからん! ほかの歌詞はないのか! メロディーはこれだけなのか!」って。そうだよなぁ、Sex Machine だって同様だもんなぁ。でも大ヒットしたんだから、それまでの常識は覆ってしまったわけだけれど。練習中に突然、トランペットもサックスも打楽器として演奏しろと言いだしたというエピソードは知られていることだけど、ほとんどワンコードに近い曲なのに、これがなぜか繰り返されることによって燃えてくるんですよねぇ。よくクラシックは繰り返しを嫌う音楽だって言われるけれど、世界中の民族音楽のほとんどは繰り返し。日本の阿波踊りなんかもそうだもんね。同じことを繰り返すことで興奮が生まれる。

 しかし、ジェームス・ブラウンって人間的にいうと、とにかく面倒な人で、はっきり言っちゃうと、やな奴。お金に汚いというかケチ。興行界のルールを無視してまで、自分で何から何までやって興行収入をあげようとする。運転手つきの車を貰えば、運転手に給料を払うのは無駄だとクビにしてしまう。自家用ジェットまで持っているのにバンドメンバーにギャラは払わない上に、ステージでミスをすれば罰金。金持ちほどケチだっていわれるけど、彼の場合、度外れている。

 ミック・ジャガーがこの映画のプロデューサーというのも驚きだけれど、テレビ出演のシーンで、競演がローリング・ストーンズで、彼らを目の敵にするというのも面白い。またこのときのローリング・ストーンズが Time Is On My Side なんていうジェームス・ブラウンとは正反対な曲を演奏しているのも可笑しい。なんとなく自分で自分たちをコケにしているようで。ウフフ。

 それにしてもジェームス・ブラウンの役を演じたチャドウィックボーズマンという役者、喋り方とか、実にジェームス・ブラウンによく似せてましたな。そっくりだと思った。それにデビュー当時のガリガリの体型から、後年やたら太ってしまったときまで、体型も変えてる。もっともやはり短期間では限界もあったのか本人ほどは太れなかったけれど。

 私も一度だけ、1990年代に入ってからジェームス・ブラウンを武道館に観に行った事がある。映画の中でも、1993年って設定だったかでのライヴのシーンがあって、そのときはバックに白人のミュージシャンもいて、そういえば私が観たときにも白人ミュージシャンが混じっていた。そして確か記憶では金髪の女性コーラスもいたと思う。なんだか大編成のバックの割には迫力がないなぁと感じたのと、ジェームス・ブラウンがキーボードを弾くコーナーがあったのだけど、右手一本というのがご愛嬌というか・・・ハハハハハ。ジェームス・ブラウンのショウというのは、笑っちゃうくらい泥臭い。本人はマジでやっているのか、わざと意識的に泥臭さを強調しているのかわからないが、マントショウなどどこまで本気なのやら。この映画で不満と言えば、ショウのMC役ダニー・レイのジェームス・ブラウン・コールの模様が再現されていなかったこと。あれもバカバカしいのだけど、あれがないと物足りないんだよね〜。アハハハハ。

6月19日記

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