風雲電影院

昭和残侠伝・唐獅子仁義

2014年12月22日
三日月座BaseKOMシネマ倶楽部

 高倉健・池部良の『昭和残侠伝』シリーズ第五作。

 1969年の作品で、世の中、70年安保を前にして騒然としていた時代。あのころ、文化人もこぞって東映やくざ映画を持ち上げていたころで、この『昭和残侠伝・唐獅子仁義』のポスターを見ると、それまでのような、着流し姿の高倉健やら共演者の着物姿の写真を配しただけの、ワンパターンな構図ではなく、異様な感じのものに仕上がっている。写真ではなくイラストで描かれた高倉健が長ドスを構えている。そこに縦書きで『昭和残侠伝・唐獅子仁義』というタイトル。「カラー作品作品 高倉健主演 池部良共演 監督マキノ雅弘」。それに続いて七五調の文句が続く。「親か仁義か女をとろか 仁義抱きます男の世界 親の涙も見ないふり 女の命も知らぬふり 一本刀泣かぬ笑わぬ高倉健」ときた。

 ヒロインは一作目、二作目が三田佳子だったのを、三作目から藤純子にバトンタッチ。このころが藤純子の一番よかったころでもあり、今観ても「きれいだなぁ」と思う。池部良の風間と結婚していながら、高倉健の花田秀次郎に惚れてしまう。冒頭で風間と花田の渡世の義理での果し合いがあって、秀次郎が風間の左腕を斬ってしまい、その面倒をみながら芸者をやっている。それでも女として惚れてしまった秀次郎に誘いをかけるという難しい役どころだが、見事ですな。このころの藤純子は凄いや。もっとも、これを加藤泰に撮らせたら、もっと綺麗に撮ったかもなと想像してしまう。

 ちなみに、シリーズは一本一本関連性は無くて、最初のころは高倉健と池部良の役名はコロコロ変わったが、そのうちに高倉健が花田秀次郎、池部良が風間重吉で固定したようだ。

 良い方の親分が志村喬。これがいい。秀次郎と初めて会うのが、秀次郎が出所した日の列車の中。これがもう名演ですな。周りに秀次郎の出所を待ちかねて命を狙う奴らがいて、それを知りながら悠然と秀次郎に話しかける。ヤクザの親分らしいドスを効かせる妙な演技でもなく、かといって黒澤組のときの演技でもなく、いかにもな佇まい。後半で待ち伏せされて敵のヤクザから刺し殺されるところも、親分としての風格、威厳を最後まで崩さない。やはり名優だわ。

 義理が重なり、再度の風間、秀次郎との対決。そこに卑怯にも拳銃で秀次郎を撃った奴がいて、それがたまたまそこに現れた藤純子に当たってしまうという展開だが、拳銃を構えている男のカットが無くて、やや説明不足。待田京介が捕まえての状況台詞っていうのは、ちょっと弱い感じ。

 こんなことやってる場合じゃないとなった風間と秀次郎。風間の右腕に手拭いで刀を縛り付けてやる秀次郎のシーンは見事。ただ、そのあとの主題歌が流れての道行から殴り込みは、やや淡白かな。でもここで歌われる歌詞は、すばらしいの一言。

♪親にもらった大事な肌を
刺青(すみ)で汚して白刃の下を
積もり積もった不幸の数を
なんと詫びよかお袋に
背中(せな)で泣いてる 唐獅子牡丹

♪白を黒だと言わせることも
所詮畳じゃ死ねないことも
百も承知のヤクザな稼業
なんで今更悔いはない
ろくでなしよと 夜風が笑う

 高倉健が亡くなって、このところテレビでは高倉健の映画をかけているけれど、ほとんどヤクザ映画はかからない。高倉健といったら東映やくざ映画なんだけどなぁ、私にとっては。

12月23日記

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