風雲電影院

荒野の千鳥足(Wake In Fright)

2017年8月28日
DVD

 1971年オーストラリア映画。タイトルからして西部劇かと思ったら現代劇だった。

 オーストラリアの荒野。見渡す限り360度、な〜んにもない。そこにポツンとある小学校。いったいどこからこの子供たちは通ってきているんだろう? 授業中といっても、先生は教壇の机の前の椅子に座ったまんま。子供たちも自習をするわけでも何もせずに座っている。やがて終業の合図で、子供たちは帰っていく。明日からは冬休みに入るらしく、「また新学期に会おう」と挨拶している。
 教師のジョンも休暇を利用し、列車でシドニーに向かう。頭のなかでは恋人の水着姿が浮かんでいる。
 列車はシドニーに行く途中、小さな街に停まり、ジョンはここで一泊することにする。酒場に入るとビールを奢ろうという男が現れる。この街の住人はみんなよそ者に優しい。みんなでジョンにどんどんビールを奢ってくれるので、ジョンは酔っぱらってしまう。

 そういえば思い出しことがある。
 あれは私が学生時代。東北を一人旅していたときのこと。田沢湖線の列車に乗っていたら、数人のオッサンたちが乗り込んできた。どうやらそれほど遠くない温泉地にでも行こうとしている地元の人たちらしかった。オッサンたちは一升瓶を何本か持っていて酒盛りが始まった。するとその一団の通路側に座っていたオッサンが、隣のボックスに座っていた私に、「どっから来たの?」と話しかけてきて、「にいちゃんも一杯どうだい」と紙コップに清酒を少し入れて渡してくれた。そのころ私は日本酒を冷で飲んだことが無かった。日本酒はお燗をして、小さな猪口で飲んでいた。初めて飲んだひや酒はおいしかった。私がひや酒は初めて飲んだこと、そしてとてもおいしかったと告げると、「にいちゃん、本当は紙コップで飲むよりもグラスで飲んだ方がうまいんだ」と、今度は自分が飲んでいたグラスの酒を飲み干すと、そのグラスに新しく酒を注ぎ、「嫌でなかったら、ちょっと飲んでみないか」と差し出して来た。断るのも悪かった、というよりもっと飲みたかったので、ありがたくいただいた。グラスで飲むひや酒は、確かに紙コップで飲むよりもおいしかった。私が紙コップより遥かにおいしいと伝えると、今度は別のオッサンが、「にいちゃん、グラスで飲むのもおいしいけれど、茶碗で飲む方がもっとうまいんだぜ」と、今度は湯呑茶碗に入った酒を勧めてくるではないか。これもありがたくいただいて、オッサンたちと、いろいろなことを話していたら、結局量にして二合近く口にしていた。やがて私が下りる駅に到着して、オッサンたちと別れ、田沢湖行きのバスに乗ったときは、まさに千鳥足状態。田沢湖に着いたら小雨が降っていて視界もよくない。遊覧船に乗ったら、そのまま夢の中。外の景色はほとんど見ないまま、遊覧船はもとの桟橋に着いてしまった。


 ということはともかく、『荒野の千鳥足』だ。

 すっかり酔っぱらってしまったジョンだが、いつしかギャンブルが始まる。原始的な丁半博打みたいな単純なもの。ジョンも参加すると、いきなり大金を手にする。ところがこれがお定まりで、今度は持ち金全部摩ってしまう。
 気が付けば、知らない人の家のベッドで、全裸で寝ている。
 これは住民たちが仕掛けた罠だったというのが、普通の映画の作り方だろうが、この映画は違うというところが、また面白い。住民たちは誰も彼もが善意の塊みたいな人たち。一夜明けてまた酒場に行き、一文無しになってしまったと言うと、またビールを奢ってくれる。もうまたガンガン奢ってくれる。結局前日と同じパターン。酔っぱらって外で寝ていると、「誰とでも寝る」という美女が現れ身体を摩り寄せてくる。据え膳喰わねば何とやらでと、事に及ぼうとすると、ビールの酔いが襲ってきて、何もできずに胃の中のものを吐き続けるだけ。

 これもまた学生時代の話。
 ひと夏、ドライブインに併設されたプールでアルバイトをしたことがある。今日でアルバイトも終わりというその日の夜、ドライブインの従業員のひとりYさんが、ウチアゲを用意してくれた。この人は大のビール好き。ひと夏一緒にアルバイトした仲間は私を含めて5人。6人ならと思ったのだろうが、Yさんはビール大瓶2ダース24本を用意していた。ひとり大瓶4本というのも多いが。ところが薄情なことに私以外の仲間はみんなスルーして帰ってしまった。ひとり残った私とYさんはビールの大瓶をラッパ飲みしだした。Yさんの飲み方は桁外れだった。大瓶のビールが次々と空いて行く。私もそれにつられてガンガン飲んだ。置き去りにした仲間たちへのウップンもあったのだと思う。
 Yさんはひとり残った私を気に入ってくれて、「何か困ったことがあれば、いつでも相談に乗るから」と、どうやらヤーさん関係とも伝手があることを臭わせながら言ってくれた。幸いその後の生涯も、私は面倒なことに巻き込まれもせず、Yさんとはそのままになってしまった。
 さて、あのとき私はビールを大瓶で何本飲んだのかの記憶はあいまいだが、24本を6名でというYさんの計算を思って4本は飲んだ。もちろん相当に酔っぱらった。あのころはまだそれほど酒を飲んだ経験もない時期だった。どうやって家に帰ったのかも記憶がない。しかしこれだけは憶えているのは、家の前まで来て、突然に嘔吐が襲って来た。その場でゲーゲー吐いて、家に入って寝てしまった。翌朝は二日酔い。あのときビールの二日酔いというのはタチが悪いのを知った、身体が重くて動くのも嫌になる。その後も大酒飲んで二日酔いになったことは何度も経験したけれど、おそらくビールばかりあんなに大量に飲んだのは、あのときが一番だっただろう。

 さて再び『荒野の千鳥足』

 気のいい街の連中は夜中、ジョンをカンガルー狩りに連れ出す。これが問題になったシーンで、荒野にいるカンガルーを銃で撃ち殺すシーンが続く。やらせではなく本当に撃ち殺している。カンガルー相手に取っ組み合いをして殺すシーンもある。これが長らくフィルムが損失したとかの理由で公開されなかった原因らしい。
 しかし、ビールに酔っぱらって自動車で狩りに行くっていうこのシーン、思い出すのは『ディア・ハンター』。あっちは1978年だから、『荒野の千鳥足』は7年も前だ。考えてみれば、あの『ディア・ハンター』のロシアンルーレットも、『荒野の千鳥足』の丁半博打と被る。

 よそ者に対する善意が、相手には悪夢だったというこの話。なんか現実にもありそう。
 田沢湖線のオッサンたちも、ビール好きのYさんも、善意だったのだろうけど、私はちょっぴり酷い目に遭った。『荒野の千鳥足』のジョンほどではないけれど。
 教訓。タダ酒には気を付けよう。

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