風雲電影院

女渡世人 おたの申します

2015年3月15日
新文芸坐

 1971年作品。私は、この傑作とされる映画を、観ていなかった。いや〜、これは悔やまれてならない。こんな凄い作品を今まで観ないで過ごしてきてしまったなんて。これはもう、見事な笠原和夫の脚本、山下耕作の演出、そして藤純子の演技が奇跡のように結実した、惚れ惚れするような映画だった。

 何といっても笠原和夫の脚本は見事だ。手本引きの胴を取る渡世人の藤純子が大阪の賭場に出ている。負けが込んで手持ちが無くなった客が賭場の親分に金を借りに来る。三百円の金を都合つけてもらって再び場に戻るが藤純子の手が読めないで、その三百円も摩ってしまう。「いかさまだ!」と難癖をつけて藤純子に斬りかかる客。それを素手で倒す藤純子。と、そこに賭場の若い衆である待田京介がスッと入って客のどてっばらにドスを突き刺す。あ〜あ〜、いかに賭場で暴れたとはいえ、客を刺すこたぁないじゃん。お客さん死んじゃったじゃん。死ぬ間際に客は、自分は岡山の漁師問屋の息子で、父親に済まない事をしたと伝えてほしい。そして母親には今年も金毘羅詣りに連れていけなくて済まなかったと伝えてほしいと言ってこと切れてしまう。藤純子はこの約束を果たすと同時に、客が残した三百円の借金の取り立てに岡山の漁師町へ向かうことになる。

 客の実家に行ってみれば、客の父親は島田正吾、母親は三益愛子という絶妙な配役。父親は、お支払しましょうと約束して知人のところに金策に向かうことになる。母親は目が見えないという設定。この時点では息子が死んだという事は知らされていない。

 家の証文を担保にして金を借りたお父さん。ところが心配した通りのことが起こる。この知人が悪い奴で、お父さんの土地建物を手に入れて遊郭にしてしまおうと企む金子信雄の手に渡ってしまったから大騒ぎ。藤純子は金を借りたという知人のところに乗り込んで直談判。金は返すから証文を返せと迫る。

 死んでいった男とのもうひとつの約束。息子の代わりにおかあさんを金毘羅詣りに連れて行ってあげることになる。なんだか実の親子のような関係にお互いは浸る。このあとわかることなのだが(シリーズ前作を観ている人は知っているのかもしれない)、藤純子は小さい時に母親に捨てられたという設定。三益愛子の母親が自分の母親のように思えてしまうんじゃないかという、ここは重要な伏線。

 金子信雄のところで働いている者たちが暴力を振るわれて酷い労働環境にあり、逃げ出してくるのを島田正吾が庇うと言うサイドストーリーもあるのだが、証文の件は驚きの展開になる。なぜか大阪の待田京介がやってきていて金子信雄のところにワラジを脱いでいる。この男が証文を取ってきてくれるのだ。ところがどうも待田京介は藤純子に惚れていて気を引こうという魂胆。これには察しがいい藤純子、客の男を刺したのは「最初っからの絵図だったんですか」。そこに待田京介の頬にドスがピタリ。菅原文太の登場。「捜したぜ」。待田京介は菅原文太の弟の恋人が好きになり、邪魔な弟を殺した犯人。相手の女性も自殺してしまっていたのだ。雨の中での死闘。待田京介を殺そうとする菅原文太を藤純子が止めに入る。この時が名台詞ですなぁ。「こんな男の命と引き換えに、あんたに赤い着物を着せたくない」。赤い着物とはいわば囚人服なんでしょう。

 島田正吾の漁師問屋に火付けがある。小屋には逃げ遅れた赤ん坊。頭から水を被って火の中に飛び込み赤ちゃんを救出する藤純子。ところが最初の内は好意的だった長屋の女性たちは、藤純子が渡世人だと知ったあたりから冷たい態度を取るようになっている。赤ちゃんを助けてもらったのに礼も言わない。このあとが今度は菅原文太の名台詞だ。「やくざは日蔭の花だ。日向に咲こうなんて考えたら、てめえが惨めになるだけですよ。どんなに日蔭に咲こうが、おめえさんの花の美しさは、私にはわかっています」。どうよ! これは! こう言われたらグッとくるわなぁ。

 一方で単身、ピストルを持って金子信雄とナシを付けようと乗り込んだ島田正吾。しかし返り討ちに合う。死体を引き取る藤純子。きっちりオトシマエはつけさせてもらいますという目からは、このあとの殴り込みが予感される。

 葬儀の後、母親から呼び止められる藤純子。母親は藤純子が自分の息子の嫁なんじゃないかと思ったということを以前に言っていたが、それは、息子の死と藤純子は何か繋がりがあるだろうことは承知のうえで、そう信じ込もうとしていたのだと打ち明ける。もうこのシーンで胸いっぱいですよ。

 そして、部屋で金毘羅詣りの鈴を鳴らしている藤純子のところへ入って来る菅原文太。殴り込みに行くなと察した文太、「私も一緒に死なせてください」

 次のシーンは、もういきなり長ドスを振るう藤純子。「殴り込みだあ!」。ふたりで殴り込みの場へ向かうシーンも音楽も無し。まさにいきなり始まっている。このシャープな展開がいい。待田京介と菅原文太のドスの叩き込みあいの凄いこと。そして金子信雄を追いつめて叩き斬る藤純子の殺陣の見事さ。それまで髪をまとめていたのが、ここでハラリと長い黒髪、みだれ髪。その色っぽいこと。

 そしてラストシーン。警察に連行される藤純子。相変らず冷たい視線を浴びせる島の女たち。そこへ三益愛子の母親が呼びとめる。振り替える藤純子。「おっかさん!」

 もうね、このラストシーンは忘れられない。親と子、兄弟というテーマをやくざ映画の世界に持ち込んだ傑作ですよ。

3月16日記

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