風雲電影院

アウトロー(The Outlow Josey Wales)

2015年4月2日
NHK−BS放映録画

 まったくまぎらわしいことになった。これはクリント・イーストウッドが1976年に監督・主演した名作西部劇だ。その後、最近になってトム・クルーズが主演した現代アクション映画のタイトルで、また『アウトロー』というのが現れた。トム・クルーズのは、リー・チャイルドの書いたジャック・リーチャー・シリーズ第9作目、One Shot の映画化で、映画自体の原題は主人公の名前から、Jack Reacher 。日本の配給会社はいったい何を考えてこんな邦題にしてしまったのだろう? 畏れ多くも、『アウトロー』は、クリント・イーストウッドの名作だよ。それと同じタイトルを付けるなんて、このタイトルを付けた人物は、ずーっと映画ファンから責められることになるのを自覚していたのだろうか? 到底、映画に敬意を表する者のやることじゃない。知らなかったとは言わせない。クリント・イーストウッドの『アウトロー』を知らないで映画マンになったとは考えられないからだ。

 私も封切りで観て以来だから、もうかれこれ40年ぶりに観たことになる。いや〜、大分忘れていて、「うわー、こんな映画だったんだ」という思い。これはもうクリント・イーストウッドの初期の傑作といっていい出来ですね。マカロニ・ウエスタンでイタリアに渡り、髭面の汚い西部劇ヒーローというイメージを確立したイーストウッドは、その後アメリカでも、このスタイルのヒーローを何本か撮った。このころにはもうハリウッドでは西部劇はほとんど作られなくなっていたから、どうしても撮りたかった一本だったんだろう。

 骨格としては、どことなく『七人の侍』を思わせるところがある。南北戦争の最中、北軍を偽装したならず者たちに襲われ、家族を殺され家を焼かれた農夫ジョージー・ウェールズ(クリント・イーストウッド)が、復讐を誓い南軍の兵士として闘う。やがて戦争は北軍の勝利で終わり、仲間たちは北軍に投降。すると、その仲間たちは全員、皆殺しにされてしまう。怒ったウェールズは、北軍の兵士を大量に虐殺。逃亡生活に入る。傷ついたウェールズは先住民の居留地で身体を休め、知り合った先住民と共に逃亡の旅を続ける。すると、南の土地に引っ越していく家族が、ならず者たちに襲われている現場に遭遇する。ウェールズはならず者たちを倒し、家族と共に南へ向かう。

 このときの家族の娘役がソンドラ・ロック。このあとイーストウッドの映画には何本も出ているし、彼と結婚することになるのだが、いや〜、このときのソンドラ・ロックって、きれいだなぁ〜。もう何ていうかね、妖精のようですよ。ならず者たちに衣服を剥ぎ取られるという衝撃的なシーンもあるのだけれど、なんとも男心を誘いますな〜。

 南の地に着いて、この家族とウェールズ一行は共同生活を始めようとする。このとき、どうやら、先のならず者たちを商売相手にしていた先住民族が襲撃に来る恐れがあるので、もしやってきたらどう防衛するか、ウェールズのレクチャーが始まる。これが実は後で利いてくる伏線にもなるのだが、このあたりも『七人の侍』っぽい。

 ウェールズは、単身、先住民族の居留地に乗り込む。このまま闘うことはできるが、お互いに死傷者が出る。それよりはお互いに生を選ばないか。平和交渉! そう、ウェールズもこれまでの人生で闘いに益は無いということを悟ったのだろう。先住民族も、これを受け入れてくれる。

 ところが黙ってないのは、北軍の追手。このままでは、ほかの新しい家族たちが巻き込まれてしまう。ひとり家を出ていく決意をするウェールズ。そこへやってきました大勢の追手たち。絶体絶命かと思われたところで、家族たちの防衛で難を脱することが出来る。

 すべてが終わり、それでも旅立っていくウェールズ。最後に残した言葉は「みんな戦争の犠牲者さ」。この一言で、この映画は単なる娯楽西部劇ではなくなった。戦争というものが、いかに多くの者の命を奪い、意味のないものなのか。ドーンと突きつけてくる。これは『七人の侍』の「勝ったのは農民だ」と並んで、凄い名台詞ではないだろうか? イーストウッドはこのあとも、今年の『アメリカン・スナイパー』に至るまで戦争を取り上げている。彼の視線はこの時から変わっていない。

4月3日記

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