シュガーマン 奇跡に愛された男(Serching for Sugar Man) 2013年11月12日 ギンレイホール 良く出来たドキュメンタリー映画は、へたな劇映画よりも遥かに面白いが、これもそんな一本。70年代初期に2枚のアルバムを出しながら消えて行ってしまったメキシコ系のアメリカ人、シクスト・ロドリゲス。アメリカではまったくの無名。それがしばらくしてから南アフリカではなぜか大ヒットしてしまう。2枚のアルバムしかないことから、南アフリカでは死亡説が流れていた。それがインターネットが普及した90年代後半になって、ロドリゲスの消息を辿ろうとした人が現れ、一気に彼のその後がわかってくる。 映画の冒頭では彼のアルバムの中の一曲『シュガーマン』が流れる。もちろん私も始めて聴く曲だ。シュガーマンとは麻薬の売人。そのシュガーマンから麻薬を売ってもらうことを待ち望んでいる人の歌だ。ホブ・ディランと比べられることも多い様だが、歌詞はもう少しわかりやすく、声も聴きとりやすい。ギターのカッティングも、荒々しくて気持ちがいい。そして何よりメロディーが憶えやすくて、一度聴くと耳に着いてくる。なぜこの人のアルバムが売れなかったのか不思議なくらいだが、売り方に問題があったのかもしれない。あるいはメキシコ系というところが受けなかったのか。音楽的にはメキシコ的なものは無いのだが。 さて、このあとのことは、何も予備知識なく観たいという方は読まない事をお薦めしたい。 コンサートの最後で拳銃を取り出して自殺した。あるいは焼身自殺したといった、まことしやかな噂が流れていたのだが、実はロドリゲスは生きていた。2枚のアルバムを出した後、彼はミュージシャンの道をきれいさっぱり諦め、日雇い労働者になる。そして結婚もしていたのだ。 彼が生きていた事を知り、南アフリカからコンサートのために来てくれと言われ、彼は南アフリカへ行く。現役を離れてから30年近く経っているが、その間もギターは離さず、いつも練習していたらしい。地元のバンドをバックにして、大きなコンサート会場に登場した彼は熱狂的に迎えられる。そして何年もの間、南アフリカに行ってはコンサートを開く。しかし彼は再びアメリカの音楽業界にカムバックする意思はなく、今でも肉体労働の日々を過ごしているのだ。南アフリカで売られていたカセットテープはいわゆる海賊版。しかしその著作権の権利を主張することもないようだ。 当然思い出すのは、『アンヴィル・夢を諦められない男たち』(Anvil! The Story of Anvil)だろう。一時はそこそこ売れたカナダのヘビー・メタル・バンドだが、そのうちにレコード会社からも見放されてしまう。しかしそれでもまだロックの夢を諦めきれず働きながらアルバム制作を続けている男たちのドキュメンタリー。アンヴィルは音楽にしがみついているが、このロドリゲスのなんとサバサバしたことか。音楽を金儲けのためと考えていない爽やかさがある。何が何でも音楽でめしを食おうなんて思っていないところが清いではないか。世の中、音楽なんて無くても生きていける。今、若い人たちで正業に就かず、アルバイトをしながらストリート・ミュージシャンを続けている人をみかける。悪いとは思わないが、いい加減のところで売れなかったら、ちゃんと社会人として働いたらどうかと思う。「されど」と言われるかも知れないが「たかが」音楽なんだから。 11月13日記 静かなお喋り 11月12日 静かなお喋り このコーナーの表紙に戻る |