風雲電影院

旅の贈りもの 明日へ

2012年10月28日
新宿武蔵野館にて。

 <前川清演じる設計士が定年を迎える。社員証や携帯電話などをデスクに置き、帰り支度を始める。女子社員の労いの言葉を受け、送別会の誘いは断って、会社を後にする。どこかの居酒屋のカウンターで、きたろう演じる友人らしい人物と語らう。引退したら、カルチャースクールにでも通ったらというアドバイスを受けるが、どうも気乗りがしない様子。家へ帰る。彼は25年前に離婚。一人暮らしをている。女の子がいたが、妻が引き取り、もうそれ以来会ってもいない。翌朝は雨。彼は部屋の整理を始める。いらないものは処分しようと思ったらしい。整理をしているうちにひとつの箱を見つけ、固くなった蓋を開けようとする。ようやく開いた箱から飛び出して床に散らばる数枚の絵手紙。それは彼が高校生の時に文通していたペンフレンドからのものだった。彼は突然、その相手に会ってみようと思い立つ>

 ベタとも思える映像が続く。以前の私だったら気恥ずかしくなって、いたたまれなくなっていたかもしれない。それが不思議と気恥ずかしいという気持ちと、このまま観ていたいという感情が交錯する。というのも、私自身が、大病がきっかけで今や、図らずもリタイヤという道を辿ることになったからかもしれない。

 それは青春時代に青春映画に胸ときめかせたように、今の私には、こういうシチュエーションのドラマが身に染みる歳になったということでもあるのだろう。

 <ペンフレンドの住所を頼りに、彼は福井へ旅立つ。ペンフレンドだった女性は、その住所にはもういなかった。近所の人の情報から、なんでも温泉旅館で働いていたようだと知り、その温泉場に向かう。しかし、消息はわからない。>

 前川清がいい。この役を普通の役者が演ったらこうはいかなかったろう。なんとも朴訥な感じが好感が持てる。

 <一方、ひとりの若い女性と、別にまたひとりの若い男性が、同じ福井を一人旅している様子が描かれる。男性の方は物語に直接関係ないサイドストーリーに関わるヴァイオリニスト。若い女性の方は結婚を前にしてマリッジブルーになって突如旅に出たという設定。これを山田優が演じる。前川清と山田優は、旅先で何回か遭遇する。そこへさらに旅先で親切にしてくれる女性(酒井和歌子)が、ふたりそれぞれに関わることになる。>

 ちょっと勘がいい観客なら、山田優と酒井和歌子が、それぞれ前川清と実は深い縁のある人物だということは、たちどころにわかってしまうはず。このへんも、ベタだなあと思う。もうそれこそ、観ていて恥ずかしくなるくらい。

 もちろん、悪い人はひとりも出てこない。ほんわかした二時間。まるで、ぬるめの温泉に長く浸かっているような感覚。話がなんでも都合よく進んでいくし、「そんなバカな」ということも少なくない。「それはありえない」とツッコミを入れたくなるところもある。

 でも、なんか「いいんじゃないの」と思えても来る。それは私がこの映画の主人公と同じような年齢と立場になってきたからだと、勝手に思い込むことにした。

 甘いよね、我ながら。エヘヘヘヘヘ。

10月29日記

静かなお喋り 10月28日

静かなお喋り

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