風雲電影院

東京オリンピック(ディレクターズカット)

2013年5月6日
三日月座BaseKOMシネマ倶楽部

 1964年の東京オリンピックのときは、私は小学生。テレビで競技の模様は観戦していた。そののち、この映画が公開され、これは学校の課外授業の形で映画館に観に行かされた。思えば観るのはそれ以来のことになる。

 総監督が市川昆で、公開当時これを観たお偉いさんたちが、「こんなのは記録映画じゃない」と怒り出した。いつの時代も、こういうわけのわからない事を言い出す人たちというのはいるもので、おそらくそういう人たちの頭の中では日本選手の活躍ぶりが映像に残っていればいいとでも思ったのだろう。今みたいにビデオ録画が普及していた時代でもなかったので、これはみんなフィルムで撮ったのだから偉い事だ。金もかかったに違いない。また、その膨大なフィルムから、この2時間半(当時の公開版は3時間近く)ほどにまとめた苦労も想像を絶する。さすが映画屋市川昆で、無味乾燥な記録映画なんて端から作る気なんてなかったのだろろうが、この一本は奇跡のような映画だ。

 まず市川昆が注目したのは、風で旗竿にロープがぶつかる音。100m競争スタート地点での緊張した選手の表情をカメラで捉え、ナレーション。「(スタートを待つ)選手の表情は悲しげに見える」。緊張感が高まり、音声はすべて消され、聞こえてくるのは旗竿に当たるロープの音だけ。しびれるなぁ、このシーン。

 公開当時、子供ながらに不満だったのは、三時間近くあったこの映画の最初の一時間くらいがひたすら陸上競技ばかり追いかけていたことで、オリンピックって陸上ばかりじゃないのにと思っていたのだが、今になって観直してみると、やはり市川昆流のドキュメンタリー映画の作り方だと、陸上が一番面白かったんだなと思えてくる。選手がみんないい表情で映っているもの。走っている表情もいいけれど、スタートを待つ表情とかゴールしたあとの表情とか、よく撮ったと思う。走る競技もいいけれど、棒高跳びとか、砲丸投げ、ハンマー投げといったような種目の選手の表情がいい。

 一時間を経過したあたりから、ようやくいろいろな競技の映像が入りだして、柔道無差別級のヘーシング対神永、思いだすなぁ。柔道が初めてオリンピックの種目になって、ここでまさかの日本が決勝戦に敗れるという事態。小さい日本人が大きい外国人を倒す姿を見たかった我々は、ここで体格の違いをまざまざと見せつけられた。こんなシーン改めて観たくないと当時は思っていたのだが、今観ると感慨深いものがある。ここから柔道が海外に広がって、今や真に国際的な競技になっていったわけだ。と思うと、このシーンは重要。

 いいなぁと思ったのは、自転車のロードレースの映像。八王子で行われたこのレース、おそらく今では周りの風景もかなり変わってしまったのだろろうけれど、いいショットがいっぱいある。農家の庭先の縁側にのんびり座っている人の横を猛スピードで走り抜けていく自転車の群れ。なんか対照的で面白い。

 あとは何といっても重量挙げかなぁ。とにかく選手の表情が素晴らしい。こういうのって、劇映画で役者がどんなに頑張っても、こういう表情って出ないもんね。

 案外つまんないと思ったのが、日本が大活躍した体操とかレスリング、それとバレーボールの東洋の魔女。昔観たときは、こういう日本人が活躍するシーンをもう一度スクリーンで確かめるのが楽しみだったのだけど、今から観ると結果はわかってしまっているし案外こんなものかという感じ。時が経つとこういうのはどうでもよくなってくる。市川昆もきっとこういうのは、映像的には色褪せると思ったに違いない。

 そして、そういったものが全て集約されて面白いのが、やはりなんと言ってもマラソン。これは凄い。アベベを捉えたショット、よく撮ったなぁ。走っているところを望遠でアップにして鮮明に捉えている。坦々と走っているだけの映像なのだが、これは力がある画だ。そして市川昆の目はまたしても別のところに向けられる。もう先頭から大きく離されて走る選手。途中で力尽きて棄権してしまう選手。道に座り込む、あるいは倒れて救急車で運ばれる選手。途中の給水所のシーンがまた可笑しい。立ち止まって何倍もジュースを飲む選手に笑いが起こるが、こういうのも普通は記録に残さないだろうが、いかにも市川昆という感じがする。競技場に入ってきて、ゴールしても表情ひとつ変えないアベベ。そして、ああ、あの二番手で入ってきた円谷が抜かれるシーン。これも公開当時は観たくないと思ったシーンだが、今はよくぞこのシーンを残してくれたと思う。こののち、円谷は自殺してしまうことになるのだが。

 観終って、お腹いっぱいという感じになった。2時間半というのは、マラソンの上位入賞者がゴールする時間。つまりマラソン中継を最初から最後まで気を抜かずに見ていたようなもの。最初に公開したものは3時間近くあったが、さすがに疲れた。このデイレクターズカット版の方がいいんじゃないかと思う。

 そして50年前の東京の映像も懐かしかった。当時の日本人の服装なんかも面白い。よくこれだけの映像を残してくれたものだ。

5月7日記

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