風雲電影院

座頭市と用心棒

2014年1月6日
三日月座BaseKOMシネマ倶楽部

 1970年の正月映画。1月15日成人の日封切りだそうだ。私はまだ高校生だったから金もなくて、名画座に落ちてから観ている。それに当時からあまりいい批評を読んだ記憶がないから、おそらく名画座で十分だと思ったのだと思う。

 四十数年ぶりに観直してみて、やはり当時観たときと同じような感想を抱いた。勝新太郎の座頭市と三船敏郎の用心棒。当たり役同士を戦わせるというのは、どちらかが勝つというラストに持っていけない。それが最初っからわかっていながら観に行くわけだが、どうしても内容は中途半端なものになってしまう。これはもうこういう企画の宿命みたいなもの。怪獣同士を戦わせるのとはちょっと違うのだ。なにしろ両者ともスターなんだから。

 いや、怪獣だって『キングコング対ゴジラ』だの『ゴジラ対モスラ』だのが制作されたころ、小学生だった私たちは「どっちが強いだろう」ということが勉強なんかより遥かに興味があって、熱心に議論したものだ。そして映画が公開されるや、いち早く、どっちが勝つか知りたくて親にねだって映画館に連れて行ってもらった。そしてその結末に「う〜ん」となってしまったのを憶えている。

 当然、最後には両者の決闘シーンがある。さて、どうするか。これが脚本のみせどころだだが、若尾文子という存在を上手く使って結びつけ、結末も引き分けというレールに乗せているが、やはりなんだか無理矢理。こんなことで決着つけられちゃ納得いかないでしょ。

 それ以外にも脚本に無理がある事はたくさんあって、話がゴチャゴチャしすぎている。もう絶対的な悪者が誰なのか見極めにくくて、ストレートに感情移入できない。視点も座頭市なのか用心棒なのかクルクル変わる。第一、用心棒というのは素性がわかっちゃいかんでしょ。あくまで一介の素浪人であっていてほしい。

 金の隠し場所というのも、ちょっとあれはありえない。「あんなところに隠して置いておけば、ふとしたはずみに誰かに見つけられちゃうじゃないの」と、ちょっとツッコミを入れておく。

 結局大映配給の『座頭市』シリーズは、翌1971年のジミー・ウォングと戦った『破れ!唐人剣』を経て、1973年の『笠間の火祭り』まで続き、1974年からはテレビシリーズとなる。私はこのテレビシリーズが大好きで毎週観ていた。一昨年も入院中にBSで放送されて毎日楽しみだった。おそらく大作でもなく、プログラムピクチャーという制約からも抜け出して、もっと自由に作るというところに移行したのが作品的に成功したのだろう。

 正月映画とはいえ、こんな消化不良のおせちみたいな映画を見せられたらば、みんな映画館に行かなくなっちゃうよね。

1月7日記

静かなお喋り 1月6日

静かなお喋り

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