June.29,2001 薬物治療と副作用

        毎日、真面目に朝、昼、晩と眼圧を下げる目薬を差している。私は今までの人生の中で、目薬を差したという経験はほとんどない。あの、液体が目に当たるという感覚があまり好きではなく、実際、ちょっと目が疲れても、一晩寝れば治ってしまったから目薬なんて不用だと思っていた。それがこの一ヶ月ほどで、今までの人生で目薬を差した数をはるかにオーバーする量の目薬を差し続けていることになる。それで分ったのは、目薬を差すと水っ洟が出るということである。風邪をひいたり、花粉症だったりするときに出る粘着質のものではなく、すごく水っぽいやつ。つーっと出てくる。しかも、薬臭い。「ああ、これは、さっき差した目薬がそのまま目から鼻に流れ込んできているんだな」と、実感できる。その気持ち悪いことといったら・・・。

        薬局のくれた薬の説明書によると、現在使っている2種類の目薬は、差したあと目をパチパチせずに1〜5分、静かに目をつむっていろと書いてある。5分も目をつむっていたら眠ってしまうので、CDをかけて1曲聴き終わると目をあけるようにしている。

        それにしても厄介なのは、ダイアモックスという錠剤。先生が強い薬だからと、普通は朝晩1錠ずつというところを、朝晩半錠ずつにしてくれたとはいうものの、やはり副作用が大きい。これは眼圧を下げるだけでなく、てんかんの発作を抑えたり、睡眠時の無呼吸症を改善したり、生理前の緊張をやわらげたりする薬なのだそうだ。ただし、副作用があるという難しい薬なのだ。

まず、食欲がなくなる――これは、私の場合あまり関係ない。食い意地がはってるから、食欲がないなんてことは、まず無い。でも、いくらか食欲は減ってきているかも。でもお腹出てきているからなあ。これは歓迎かもなあ。ハハハハハ。
吐き気――うん、これはダイアモックスを飲んだあとに時々ある。それで胃腸薬を一緒に飲むことにした。これで大分薄らいできた。
下痢――飲み始めたばかりのころは、便がゆるいかなあという程度だったのだが、だんだん下痢に近くなってきた。しょーがないか。
めまい――人によるのだろうが、幸い私にはめまいはない。
頭痛――これもないなあ。
興奮――そういえば、ちょっと興しやすくなったかも。ヌード写真は見ないようにしようっと。
いらいら――生理前の緊張をやわらげるの働きもあるというのに、いらいらが出るの? 女でない私には、このへんはちょっと分からない。そういえば、ちょっと、いらいらしているかもなあ。
気分が沈む――これはあるよなあ。もっとも、緑内障だと宣言されてから、ずーっと気分は沈みっぱなしだけれど・・・。
眠気――眠い! 本当に眠い! もともと睡眠時間が少ないということもあるのだけど、とにかく眠い。
発熱――体温計で測ったことないけど、これは無さそう。
発疹――もともと乾癬という、これまた厄介な皮膚病を持っているのだけど、それ以上には出ないから、これも無いようだ。
光線過敏症――これも今のところ無いみたいだけれど、妙に光線が眩しく感じることもある。
尿量が多い――これは無い。普段と変わらず。
体がだるい――これは、あるかも。なんとなく体が重い。
指先が痺れる――常に痺れている。まあ、これも薬が効いているんだと思って我慢してるんですがね。

        説明書を細かく読んでいったら、ダイアモックス錠は、一緒にカリウムの豊富な食べ物を取れとある。カリウムは、乾燥アンズ、桃、オレンジジュース、いちじく、バナナ、じゃがいも、さつまいも等に含まれているという。毎朝、味噌汁の具はじゃがいもにし、1日1本バナナを食べることにした。カフェインは緑内障によくないと聞いたのでコーヒーは止め、オレンジ・ジュースにした。でも、服用中はビタミンCは大量に取るなとも書いてある。オレンジ・ジュースって、ビタミンCが入っているんじやないの? もうひとつ辛いのが、一度に1リットル以上の水分を取ってはならぬという緑内障治療の掟がある。1リットルなんてそう飲めるもんじゃないと言われるかも知れないが、ビールである。これから夏に向かって、ビアホールで生ビールを飲もうとしたら、あっという間に1リットルなんていってしまう。あーあ、今年はビールもほどほどにしないと・・・。

        3回目の診察の日である。不安を感じながらも、病院に向かう。眼圧測定終了。はたして眼圧は下がってくれているだろうか? 診察の順番が回ってくる。K先生の前の椅子に座る。
「ええっと、きょうの眼圧検査の結果は――っと・・・ああっ!
(ダメだあ、やっぱりまた上がっているんだあ)
「井上さん、下がっていますよ。右が23、左は17です」
(ガクッ、よかったあ)
「いいですねえ、いいですねえ。安定してきたようです。それでは、来週はレーザーによる簡単な手術を右目にする予定ですが、眼圧が20以下だったら、それも延期にしましょう」
(やったあ!)
「今の目薬、差すと視界がちょっと暗くなってしまうはずですが、我慢して続けてくださいね。では、また来週」

        病院を出て、少し元気が出てきた。もしかすると、もしかすると、入院しなくてすむかもしれない。視界は目薬のせいでちょっと暗いけど、なんだかちょっと明るい未来が見えてきたような気がする。思わず『上海ブルース』の主題歌を口笛を吹いてしまった。


June.24,2001 ある日、目が壊れた

        以前から、目が疲れているようだとの自覚は持っていた。しかし、それほど深刻なことではないだろうくらいにしか思っていなかった。若いときなど、三本立ての映画、あるいはオールナイトで映画を見て、目が疲れているなあと思っても、一晩寝ればどうってことなかった。やっぱり歳には勝てないんですね。

        今年のゴールデン・ウイークが始まったころのことだ。私は映画館で映画を見ていた。確か『となりのヒットマン』とかいう映画だったと思います。ちょっと色合いがヘンだなあと思ったことを憶えている。それが劇場から外に出たときにびっくりしました。なんだか見える景色がヘンなんです。そうですね、カラーの色が一色飛んでしまったようというのですかね。「なんだこりゃ」と思いましたよ。ヘンなドラッグでもやったような感じなんです。そのあと買物もしたかったのだが、急遽取りやめ家に帰り、その晩は早く寝てしまった。

        翌朝、視力は回復していた。ただ、不思議なことに、電灯を見ると、なんだか、光る電球の回りが、まあるく傘があるように見える。どうしたんだろうと思いましたね。それでも、これは疲れ目くらいにしか思わなかった。薬局で目薬を買って、それを差していた。ゴールデン・ウイークが開け、仕事を再開したら、今度は左目がなんだか霞んでいる。これは唯事じゃないと思いました。それで生まれて初めて眼科医へ行く決心をしたというわけです。

        町の眼科医は、さっそく眼圧検査なるものをしてくれました。看護婦さんが計測してくれて、びっくりしたように「先生、振り切っちゃいましたよ」と言うんです。何の事か分らない私は、呆然としてしまった。何しろ[眼圧]なる言葉も初めて耳にする言葉。先生に「これは放っておくと緑内障になっちゃうよ。流行っているんだよね、今」と言われた。緑内障という言葉は知っていたものの、この時点ではどういう病気なのかさっぱり分っていなかった。さっそく処方箋を書いてくれました。このときのカルテには左右の目とも40という眼圧値が書かれました。薬局でチモプトールという目薬を貰い、これを朝晩二回差せというのです。

        不安になってインターネットで[眼圧]を検索。正常値は10〜21。私の40という数字はなんと異常な数値だったことでしょう。朝晩、真面目に目薬を差しました。

        そのおかげでしょうか、1週間後、また町の眼科医を訪れたところ、眼圧は、左26、右29まで下がっていた。「それではもうひとつ目薬を出します。今までのチモプトールは朝だけにして、夜はキサラタンというのを差してください」と言って、また処方箋を貰った。こうしてまた1週間。また眼科医に行くと左右とも眼圧が25まで下がっていた。「それじゃあ、今度は10日後でいいや」。私はすっかり安心しきっていたと言っていいと思う。眼圧を下げる目薬さえ差していれば心配はないや。

        それが、10日後のこと、今度はどのくらい下がったかなあとウキウキした気分で眼科医を訪ねて、眼圧測定をしてもらったところ、看護婦さんの顔色が変わった。「先生、左30、右はまた40以上ありますよ」。ど、どうして? 何でまた上がってしまったんだろう。真面目に目薬を差し続けていたというのに。すると先生「それじゃあねえ、紹介状を書くから、大病院に行って、レーザーでちょっと切ってもらってください」と言うんですよ。「レーザーですか?」 「うん、すぐ終わるから大丈夫だよ。明日でも明後日でも、いつでもいいから、都合のいい日に行ってきな」

        週末が挟まったりして、その指定された病院に行けたのは4日後の6月19日だった。さっさとレーザー手術なるものをやってくれればいいのにと思うものを、まずは検査。眼圧検査以外にも視力検査やら何やらまでやらされ、診察室の前で待つこと1時間半。ようやく担当医の前へ。「眼圧が高いですね」。そんなこと分ってるって! だからここに回されたんじゃないか。「それじゃあ、眼底検査と視野狭窄検査を受けてください」って、これからまた検査かあ? これじゃあ、昼どきのウチの一番忙しい時間帯が始まってしまうではないか。慌てて公衆電話でウチに電話(病院内ではケータイ使用禁止)。私の替わりになる人の手配をしてもらう。

        検査を終え、また担当医の部屋の前で、うんざりするほどの長時間待たされる。ようやく名前を呼ばれ中に入ると、「右目は正常のようですが、左目はもうすでに見えなくなっている箇所がありますね」と言って、視野狭窄検査の結果図を見せてくれた。それによると左目は右上の部分が見えていない。ははあ、左目がちょっと霞むのはこのせいだろうか? 「こうなりますとね、もう手術するしかないでしょうね」 「しゅ、手術ですか?」 「はい。左右、それぞれ1週間の入院、手術ということになりますね。ただ、今、どこの病院も混んでいますので、予約は一ヶ月先ということになっちゃいますがね」 「どうしても手術しなければならないのでしょうか?」 「これ以上、見えない部分が広がらないように、一刻も早く手術をしないと・・・」 「手術以外では治らないと・・・」 「あなたね、今日測った眼圧、いくつあったと思います? 左37、右47ですよ。普通、人間ドックなどで眼圧が高いと言われて回されてくる人は、眼圧24とか25程度なんですよ」

        入院、手術。こういう言葉を聞いて動揺しない人っているだろうか。もともと気の弱い私は凍りついてしまった。いやだ、いやだ、手術なんて・・・。その時である。隣の部屋で声がかかった。担当医が、隣へ行って話している。戻ってくると、「隣のK先生が替わりに診察してくれるというので、隣へ行ってください」と言われた。

        隣の部屋へ。「あなたのことは、町医者のH先生から連絡をもらいました」。ああ、この人に連絡してくれたんだ。「まあ、最後の手段としては入院、手術ということになりますが、その前の段階として、打てる手はまだありますから、いろいろ試してみましょう」。こちらの先生の方が、なんだか患者さんに動揺を与えまいという態度が見える。「とりあえずですね、ちょっと目薬を替えてみましょう。今までの目薬は止めて、今回2種類の目薬を出しますから、朝昼晩と1日3回差してください。ひとつはサンピロという目薬と、もうひとつはトルソプトという目薬です。それから、錠剤を出します。ただ、これは副作用が大きいので、なるべく出したくはないんで、普通朝晩1錠なんですが、錠剤を半分に割って、朝晩半錠飲んでください」 「副作用ですか?」 「ええ、指が痺れたり、胃が荒れたりするんです。それと人によっては、食欲不振、吐き気、下痢、めまい、頭痛、イライラ、眠気なども起こります」。そうかあ、ついにそんな薬を飲むはめになってきたのかあ。「それとビタミン剤も出しておきましょう。ビタミンB12。視神経にいいビタミンです」

        こうして病院を出たのは1時を大きく回っていた。もう慌ててウチに帰っても昼食どきのピークは終わっている。薬局に重い足を引き摺り入る。処方箋を手渡し、グッタリと椅子に腰掛け、目の前の血圧測定機に腕を突っ込む。一ヶ月前に健康診断をしたときに、生まれて初めて「血圧が高い」と言われてしまい、塩分を極力カットする生活を続け、ようやく正常値に下げたばかりだった。それが、今回またグーンと上がっている。やっぱりショックだったのが血圧に影響しているのだろう。薬を受け取り店に帰る。家族に説明しているうちに、ますます気分は塞いできてしまう。

        目薬のせいなのだろうか、目がちょっと沁みる。そして厄介なのが錠剤。確かに指先が痺れている。たまに吐き気も経験した。下痢までいかないが、便もゆるい。仕方ない、眼圧を下げるためだ。

        6月22日。二回目の診察。幸い、眼圧は右31、左26まで下がっていた。もっともこれは薬で下げているだけで、根本的な解決にはならないだろうなあ。しかも、前の薬のように始めは効いても、突然効かなくなる恐れもある。「もう1週間様子をみましょう。そして2週間後に、簡単なすぐ終わるレーザー手術を右目にやりましょう」。K先生はこう優しく言ってくれた。

        眼圧が高いというのは、どういうことかというと、目玉というのは、中に水が入っていて、それが少しずつ外に出て目を潤しているのに、それが上手く出て行かない。それで目の中に水が溜まってしまうというわけ。ようするに空気圧が高すぎるタイヤみたいなもの。2週間後に行うレーザー手術というのは、この水が出て行く溝を均して水が出やすくするという手術なんだそうな。

        おおい、オレの目よ! 頼むから治ってくれー!

このコーナーの表紙に戻る

ふりだしに戻る