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客席放浪記

2012年10月25日浅草演芸ホール十月下席夜の部

 なっ、なんだこの顔づけは!? 落語好きの人はみんな思うのではないだろうか?

 現在、定席では常に真打が出番を独占しているといえる。二ツ目と前座の出番はいつも、それぞれ一人ずつ。開口一番に前座、そのあとのサラ口と呼ばれるところが二ツ目の定位置で、それ以外で彼らの出番が用意されることは,まず無い。落語芸術協会の場合は比較的緩やかで、二ツ目さんが途中に入ることもあるが、落語協会に至っては、まずありえない。いや、むしろ前座や二ツ目の出番など削られてしまうことも珍しくない。

 それが、この浅草演芸ホール十月下席、落語芸術協会のプログラムで前代未聞とも思えることが起こった。仲入り後、なんと宮治、鯉八、夢吉という二ツ目三人をズラリと並べるという顔づけを打ち出してきたのだ。しかもこの三人を選んだというのは確信犯。今もっとも勢いのあるやつらばかり。宮治に至っては、今年三月二ツ目昇進したばかり。まだ二ツ目になって半年だ。

 その桂宮治は、ある会社の九時間に渡る社員研修後の、その場で落語をやらされたというマクラ。なんだかもう何年も二ツ目生活を経験したような語り口。ネタの『幇間腹』も独自のクスグリをどんどん入れてくる。
 幇間の一八を座敷に呼んだのが苦手の伊勢屋の若旦那と知るや、ここに来るまでに嫌な予感がしたという回想が始まる。「交差点に来るたびに赤信号だもんなあ。何回目かには黒猫が前をよぎって行ったよ。しかも101匹。かと思うと酒徳利下げた若いのが『しょんべん飲ませてやる』って通り過ぎていって、そのときしょんべんが着物にかかっちまったよ」 どうも前で誰かが『禁酒番屋』をやったらしい。きちんと拾って笑いに変えている。「座敷に上がったら、若旦那死んでてくれないかね。必殺仕掛け人がブスッと」と座敷の襖を開けるや「♪会いたかった 会いたかった 会いたかった イェイ 君に〜」とAKB48。

 瀧川鯉八は二ツ目三年目に入ったところ。
 『さすがにそこは日本語だろ』『ギャンブルはやめなさい』『小三治から言われた、あんちゃんなかなかいいね』と、だんだんマクラなんだか小噺なんだかわからない世界に誘い込んでおいて、いつの間にか、居酒屋で「雑誌を見てきた来たと言えばビール一杯無料」にからむ酔っ払いの話が始まる。んっ、これって小噺か?と聴いていると、結構長い。どうやらこれは『わきまえる男』という新作らしい。その前にやっていたマクラのような小噺のようなものが、すべて鯉八流のものの考え方から来ているものだっただけに、この噺も妙にねじれいて可笑しい。

 三笑亭夢吉は二ツ目六年目に突入したところ。このところ実力がついてきたなあと思う有望株だ。ネタが、おっ『徳ちゃん』だよ。焼き芋齧りながら出てくる花魁が、夢吉だと生芋。もともと化け物みたいな花魁が出てくる噺だが、これじゃあもう化け物だよ。すんごい花魁に客席は大爆笑。

 ヒザは北見伸ステファニーのマジック。寄席では珍しい大掛かりな人体消失マジックがメイン。それに小ネタが混じる。このくらいサービスしてもらえると元を取ったなという気がしてくる。

 トリの三遊亭遊雀は、スッと『紺屋高尾』に入る。遊雀の久蔵はなんか素っ頓狂なところがカワイイ。高尾にホレて、見ただけで会ったこともないのにもう結婚すると決めている。「そういう女と所帯持って、あたしゃ幸せだなあ」。そのくせ一夜のあと、自分の身分を打ち明けたところで、逆に花魁から「来年三月に年(ねん)が明けます。わちきのような者でも、女房にしてくれなんすか?」と言われると、「なんでそんなこと言うかなあ。あたしゃバカだから本気にしますよ」と答える。その純な心が泣かせる。

 仲入り後からの入場だったが満足感いっぱいの定席だった。

 ひょっとすると、あと数年すると芸協は変わるかもしれない。若手にいいのが結構いる。年寄がいなくなったとき、春風亭昇太、そして案外この遊雀あたりが若手を引っ張って、面白い展開が見られるんじゃないかという気がする。

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