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客席放浪記

太福三席

2016年5月20日
日本浪曲協会広間

 玉川太福の浪曲がすっかり面白くなってしまって、先々月に続いて、奇数月第三金曜に行われている『太福三席』へ。

 浅草の浪曲協会の建物は、だいぶ古い建物。一席目のマクラてこの建物にまつわる事情を話してくれた。いろいろ問題もあるようだが、代々の浪曲師たちの思いが感じられるこの建物。ここで浪曲を聴くことができるなんて、なんて素晴らしい体験だろう。この空間に座っているだけで幸せを感じる。

 一席目は先々月に口演した『地べたの二人 オカズ交換』と同じく、工業地帯で働く斎藤と金井、二人の男が地べたに座って話す同シリーズから『地べたの二人 10年』
 『オカズ交換』では昼休みにお弁当を広げての設定だったが、『10年』は午後3時、オヤツの時間に、お茶菓子にカールをつまみながらの茶飲み話。
 二人の男のちょっとした言葉のズレからくる、それぞれの感情の動きを描き出す。この手法は『オカズ交換』の時とも共通する。これって今までありそうでいて、実は落語でも講談でも、あまり無かったような気がする。小説でも少ないだろう。ふと浮かんでくるのは、紙兎ロペ。あのやり取りに近いかもしれないが、もっと細かな、言葉の綾から生じる、相手同士のそれぞれの思惑を曝し出して見せる。こういうのを浪曲という分野で聴けるとは思いもしなかった。
 ラストで地べたに残ったカール一粒。思わず「♪それにつけても オヤツはカアール」のフレーズが入りそう。

 太福は現在、体重が約90kg。元は70kgだったそうで、浪曲の世界に入って20kg太ったという。太福の住む荒川区の、メタボチャレンジャーに応募して見事当選。現在ダイエットに励んでいるというマクラから始まったのが、『自転車水滸伝 ペダルとサドル、そして、サドルの最後』
 荒川区の自宅から、交通費の節約と運動を兼ねて、ほとんどの仕事に自転車を利用して移動する太福。それまで使っていた前傾姿勢の高級自転車が壊れたことから、大家さんにママチャリを譲られる。その乗り心地の悪いママチャリが、ある意味で高級自転車よりも利点が大きかったことが語られるが、次第にそのママチャリも壊れ始めてしまうというストーリー。自転車が無くて困っているだろうと思い、太福にママチャリをあげようとする大家さんの心。一方で、最初、ママチャリは迷惑だと感じた太福の思い。壊れ始めた自転車を太福に内緒で修理してあげる大家さんの気持ち。そういった感情や言葉のズレが、『地べたの二人 オカズ交換』と同じように語られていき、思わず引き込まれてしまう面白さ。
 それに自転車の爽快さ、また自転車が少しずつ壊れていくさまを、ときに節にして聴かせる演出効果。落語や講談が言葉だけの小説のような芸としたら、浪曲は劇伴付の映画のような広がりもある。
 今まで浪曲にあまり関心が無かったのだが、これなら、もっと聴いてみたいと思えてきた。

 仲入り後は、『越ノ海勇蔵』。小兵力士越ノ海の生い立ちの一席。身より頼りのない子供を育ててくれた恩を蹴ってまで、育ての親の仕事を手伝わずに相撲の世界に入る越ノ海。このあとがいよいよ面白くなるのですが、お時間。ありゃ。

5月21日記

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