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客席放浪記

2012年5月11日春風亭一之輔真打披露興行(国立演芸場)

 21人抜き。春風亭一之輔が、二ツ目になって七年で真打に抜擢された。国立演芸場での披露興行初日に伺った。

 開口一番前座さんは、弟弟子に当たる春風亭朝呂久『寿限無』。一之輔が前座時代、朝左久の名前で出ていたいたとき、憎らしいくらい上手い前座さんだと思ったものだが、朝呂久もとても前座と思えないくらい上手い。こんなに人物の造形が出来ているとは、末恐ろしい気がする。注目、注目。

 一之輔に抜かれた形になる三遊亭金兵衛だが、どうしてどうして、この人もかなりの実力。目出度い席ということで、化けると言う事から狸の噺。しかも珍しや『狸鯉』だ。たぬきの大学、たん大を出た狸が鯉に化ける。来春には金兵衛も昇ってくるだろう。

 一之輔の兄弟子に当たる春風亭柳朝。この春、入院して手術を受けていたとのこと。私も去年入院したから、他人(ひと)事とは思えない。元気に『牛ほめ』

 マギー隆司のマジック。この一門は、寄席奇術の理想的なスタイル。タネがわかってしまうような手品でも喋りの面白さで煙(けむ)に巻く。露骨ともいえるマジシャンズチョイスも笑いにしてしまう。スイッチひとつで花の色が変わるオモチャみたいな手品も「これは、どこにでも咲いている花ですが」って、そんなの咲いてないって。

 寄席の面白さって、なかなか人には説明してもわかってもらえない。橘家圓太郎が、もっぱらインターネットで日本の情報を得ている外国人に寄席を説明するというシチュエーションをマクラに持ってくる。「寄席というのはですね、薄暗い建物の中で・・・普段着でやってきたお客さんが・・・着物を着た人の噺を聴いて・・・笑うところです」って、つまらなそう。来てもらうしかないんだけどねえ。ネタは『浮世床』の本のところのみ。

 鈴々舎馬風は、例によって漫談。「私のライバル、チャン・グンソクがむちうち症ですってさ。ライバルといっても、やつは整形してるんですってね。私も整形しようかと思って行ったら、有名人そっくりに整形できるって。誰かと思ったらマツコデラックスだって」 先代三平のことなど相変わらずの毒舌で、お客さんに受ける受ける。落語家仲間はたとえ大先輩を笑いにしても受けたもの勝ち。

 幹部ゲストが馬風のあとだと、もう残っているのは圓歌か小三治くらいしか残っていない。そこへ、二上がりかっこの出囃子。やった! 柳家小三治だ。「人生は生まれ堕ちた時から、長い旅に出るようなものという話をした人がいるということを聞いた人から、聞きましたが・・・」と、『二人旅』。古典落語を志す一之輔へのエールでもあるようだ。

 仲入り後、幕が上がると真打披露口上。毎度のことながら、これが楽しい。これぞ寄席の醍醐味だ。上手から、小三治、馬風、一朝、一之輔、圓太郎、司会の柳朝と並んでいる。

 柳朝「三月に入院しましたが、一之輔は兄弟子思いでして、毎日病院のベッドに『アニさん、大丈夫ですか?』とメールをくれました」

 圓太郎「私が真打に昇進したときに、ちょうど前座として働いてくれたのが、柳朝くんだったり、一之輔くんだったりしたわけです。一之輔くんは本当にアニさん思いの人でして、入院中の柳朝くんに毎日メールをしたそうですが、『これで七代目(柳朝)はオレだな』と」

 馬風「21人抜きで真打昇進ということになると、抜かれた人は、なんでだと怨むものですが、一之輔じゃあしょうがないと・・・。人望があるんですな。まるで若い頃の私そっくり」

 小三治「この人のいいところはですね、いわゆるクスグリを登場人物に言わせるんですねえ」 そうか、そうなんだ。この人の凄さってそこなんだな。

 一朝「一生懸命稽古するんだよ。うちにこなくてもいいから稽古するんだよと言っていたら、本当にうちに来なくなりました」

 柳朝が「それでは恒例の三本締めを、会長の小三治から」と言いかけたところで、馬風が自分を指差す。「それでは野田の先輩でもある馬風師匠から」 馬風が音頭を取ろうとするのを遮って、小三治が音頭を取る。チャチャチャンチャチャチャンチャチャチャンチャン。自然に台本が出来ているんだよね。

 春風亭一朝は、本当にうれしそう。柳朝、一之輔、それに前座の注目株朝呂久に囲まれているんだものなあ。『幇間腹』を実に楽しそうに。

 大瀬ゆめじ・うたじの漫才。安定した笑いの取れる人たちだ。『平行線・箸』。

 さて、春風亭一之輔『初天神』だ。この噺、もう三遊亭遊雀が最強で、これを超す人はいないのではないかと思っていたが、一之輔はまた別のアプローチで十八番にしてしまった。それこそ小三治の言う、クスグリを登場人物に言わせるというやり方。遊雀が顔の表情などで金坊を化け物にしたのに対して、一之輔は言葉だ。父親と息子が言葉のやり取りで、買えの買わないのの攻防を表現する。
 「川にはな、河童がいるんだぞ」
 「河童は水木しげる先生が机の上で考えたものです」
 「山にはな、狼や猪がいるんだからな」
 「狼や猪なんて餌を与えれば、従順な目をしちゃうんだから。それでおとうさんを襲わせる」
 この辺はまだ序の口。泣くの脅すの、金坊の執念は、まさに化け物だ。
 一転して最後は凧。攻守逆転する可笑しさは何とも言えない。

 大ネタで真打昇進をアッピールする人が多い中で、一之輔は自信を持ってこういう噺で勝負してきた。そして見事にトリを飾った。私には、一之輔と化け物のような金坊の姿がダブって見えてきた。

5月12日記

静かなお喋り 5月11日

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