直線上に配置

客席放浪記

瀧川鯉昇・柳家喬太郎二人会 古典ごもり(其の九)

2014年11月25日
東京芸術劇場プレイホール

 開口一番、前座さんは、瀧川鯉ん『ん廻し』。この人、初めて聴くと思うのだけど達者な前座さんだ。この噺、どこまでが教えてもらったものなのか、自分でいじったものなのかわからないが、今まで聴いた『ん廻し』の中でも一番面白かった。面白い人が出てきたものだ。前座修業、頑張ってね。

 瀧川鯉昇、一席目。この人の軽やかな自虐ネタのマクラはいつ聴いてもいいなぁ。自虐ネタって、聴いていて辛くなってしまう事があるのだけれど、この人のはそんな気にならない。得な人というより、聴かせ方の話術なんだろう。なんともとぼけた噺『馬のす』も嫌味が無い。馬の尻尾を抜くと大変なことになると気を持たせながら、タダで酒を飲み続ける男が飄々としていて、嫌な感じにならない。鯉昇の噺を聴くのって肩に力が入らないからリラックスできる。本人もそれを承知で、自分も肩の力を抜いて演っているのだろう。さすがに柳昇の弟子だな。古典をやっても、いい力の抜け具合になっている。

 柳家喬太郎、一席目。新宿歌舞伎町の話題から池袋の立ん坊のオネエさんのことを熱っぽく語り引き込んでいくマクラ。そこから廓噺の『首ったけ』へという流れ、いいなぁ。突然、吉原の噺なんて演りだされると、その世界に入って行けないことがあるが、下世話なマクラから入ると、聴く方もそんな気持ちになっている。かっちゃんが紅梅に呼ばれて吉原に行ってみるものの、ほかの客の相手で、ほったらかし。文句を言えば「めんどくさい男だね」と言われてしまう。めんどくさい男。これはうまいキーワードだ。めんどくさい男と言われれて、ほとんどの男は傷つく。男からすれば、そんなことを口にする女の方がめんどくさいんだけどね。

 柳家喬太郎には、喬太郎が掘り起こしてきて、ほかに演る人がいない噺がいくつかある。『館林』をようやく聴くことができた。年末に先代小さんの道場の掃除に行ったときの、柳亭市馬の、やきそばパン事件と富貴豆事件がマクラ。これがやけに可笑しい。そこから入った『館林』は、町人が趣味で入った剣術の道場で聞かされた話を、自分でやってみようとする落語の黄金パターン。後味が悪いのが難点だが、それを喬太郎はサラッと演る。上手いね。痛風が再発したとのことで、高座から立ち上がる時に痛そうにしていた。可哀そうに。

 「もうちょっとでございます」と、瀧川鯉昇がトリのネタを始めたので、短い噺かなと思ったら、入ったのは『御神酒徳利』。これは長いぞと覚悟したが、さすがに鯉昇、軽〜い調子で噺を運んでいく。何年か前に弟子の瀧川鯉橋で聴いたのと同じだが、この軽さがこの噺の、やや無理な部分を補っているよう。大切な徳利を置いた場所を忘れてしまうというのは無理な設定だし、それを思い出しても、おかみさんに相談しないと何もできない男。そのくせ、旅先では運にも助けられたものの、ひとりの力で上手く立ち回る。そんなよくわからない性格の男が、鯉昇の手にかかると、それもありだなと思えてくる。大阪からの帰り道の道中の歌うような言い立ても見事。

11月26日記

静かなお喋り 11月25日

静かなお喋り

このコーナーの表紙に戻る

トップ アイコンふりだしに戻る
直線上に配置