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客席放浪記

2012年3月8日『柳家さん喬独演会』(横浜にぎわい座)

 開口一番は柳家喬之進
 「今日はウチの師匠ネタ出しがしてありまして、長講二席。終演予定が午前三時ですが、果して何時になるかわかりません」と『のめる』へ。午前三時は冗談としても今夜の二席はどちらも長い。

 柳家さん喬一席目。
 彦六(八代目林家正蔵)とは同じ長屋に住んでいた、留さん文治(九代目桂文治)とのエピソードを話してくれる。
 「『お菊の皿』を演るときに、『俎板橋まで来るってえと』と言うのが合図で、そこで前座がゴーンと鐘を鳴らすんです。私ら前座がそのとき楽屋で話に夢中で忘れてた。文治師匠、何回も『俎板橋まで来るてえと』と、やってるんですが私ら気がつかなかった。何回目かで諦めて『さっきアメやったのにダメだった』」と『三軒長屋』
 めったにかけないということを後で知って後悔したのだが、聴いているうちに眠り込んでしまっていた。なにしろこの噺、面白くはあるのだが前半部分が割と淡々としていて、うっかりすると眠ってしまうのだ。

 仲入りで洗面所で顔を洗い、120円の馬車道アイス最中を売店で買って食べ、目を覚ます。

 柳家さん喬二席目。
 一席目の『三軒長屋』を「長いだけの噺でして」と言うと、客席から「長かねえ!」の声。
 「もう一席も同じなんですが、ウチの師匠(五代目柳家小さん)が、よく『噺は長けりゃいいってもんじゃない』って言ってましたが、ウチの師匠の『湯屋番』40分ありました。『道潅』も40分。前座さんが演ると15分の噺ですがね。こうも言ってました。『長い噺には長いなりにいいところがある』って」と、もう一席の長い噺『百年目』
 こっちは長くても飽きることが無い。最初の番頭さんが店の者に小言を言って歩くところ。さん喬の番頭はあまりキツく言わない。小言ではあるが優しく言い聞かせる感じだ。さん喬は番頭さんを小心者で優しい人柄の人物にしている。このへんが演者の人柄も感じさせる点で、おそらくさん喬自身、お弟子さんへの小言というのも、こういう感じなのかなあと思わせる。
 この番頭さんが酒が入るとハジけてしまうのだから面白い。
 酒は鬱屈した気持ちを解放してくれるのだから、決して悪いものじゃない。遊びがバレないように船の中で窓を閉め切ってしまい、「せっかくの桜が見えない」と芸者衆が不満を漏らすと、「花なんて去年と同じだ。何か訊かれたら『去年と同じでした』と言やぁいい」なんて言ってたのが酔うに連れて、ついには陸に上がって大星由良助遊び。
 ここで、バッタリと店の旦那に鉢合わせしてしまうわけだが、この旦那という人も人が出来ている。というのも本人も昔は散々遊んでいたという前振りがあっての事。土下座状態の番頭を残し、周りの人たちに、「だいぶ酔っ払ってるようですから、ケガをしないように遊ばせておくれ」と言う気遣いをみせる。
 こういう旦那だからこそ、翌朝の旦那の番頭への言葉が胸に沁みるのだ。思わず涙してしまった。

 年末に病気してからは、なんだか隠居生活みたいになってしまった私。落語の御隠居さんに近くなってきてしまったような気がする。面と向かって言う事は無いが、このところやたらと心の中で世の中の事に小言を言っている気がするしなあ。さん喬の『百年目』みたいな隠居(旦那)さんになれたらと思っている。

 『百年目』で、朝になって旦那がお茶を入れながら呟く。
 「朝茶は、その日の難を逃れる」

 日本茶って、コーヒーや紅茶よりも気分が落ち着く気がする。まずはお茶をんで落ち着いて、その日の行動を始めろって事かな。
 私も、このところ毎朝、日本茶を淹れて飲むのだが、今度から、こう言いながら飲むとするかな。

3月9日記

静かなお喋り 3月8日

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