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客席放浪記

知られざる忠臣蔵

2013年12月7日
国立劇場

 歌舞伎ですよ、歌舞伎。いったい何年ぶりに観に行ったのだろう。知人から、行かれなくなったので買ってくれと頼まれて、それではと買い取った。もともと人から頼まれると断れない性質。どうも断れたない性質の人というのは、自分が誰かに頼み事をして断られるのが嫌だと思う人ほど、他人から頼まれごとをすると断れないらしい。

 歌舞伎は別に嫌いというほどではないのだが、今まで観に行った歌舞伎のことごとくを眠ってしまったという過去があり、どうも積極的に行きたいと思えないのだ。今回のチケットは三等席という一番安い席。値段は1500円。1500円なら、そう惜しくないかと自分に言い聞かせて購入。

 今回の演目は、いわゆる『忠臣蔵外伝』といわれるもの。歌舞伎の『忠臣蔵』は通しでは観ていないものの、落語などからの知識で、だいたい知っている。まっ、まったくわからないで寝てしまうこともないだろうが、一応イヤホンガイドを利用することにした。

 一幕目は『主税と右衛門七(ちからとえもしち)』。十代の若さで討ち入りに加わった大石主税と矢頭右衛門七の、討ち入り前夜の話。右衛門七には、お互いに好きあっている女性がいる。しかし彼女に結婚しようとは言えない。なにせ翌日は討ち入りなのだから。
 45分ほどの芝居。大きなストーリーはなく、なんとも死生観が漂う芝居。時間がゆっくりと流れていく。これなんだな、私が寝てしまう原因は。映画やテレビドラマだったら半分の時間で終わってしまいそうだ。それをじっくり時間をかけて見せる。贅沢といえば贅沢な時間だ。

 二幕目『いろは仮名四十七訓 秀山十種の内 弥作の鎌腹(やさくのかまばら)』が始まる前にイヤホンガイドを聴いていたら、この芝居は最後に驚きの展開になるので、ストーリーを前もって話さないとの説明があった。それで印刷物などには一切目を通さなかったのだが、これは正解だった。
 幕が開き、千崎弥五郎の兄、百姓の弥作(中村吉右衛門)が花道から登場すると、イヤホンガイドの音声で、「弥作が火縄銃を担いで出てきましたが、一緒に大根を担いでいるのに注目して欲しい。この大根があとで重要な意味を持ちます」と言ってくれる。上手の端っこに座っていると花道は遠くてよく見えない。これは助かった。弥作が舞台上の家へ上がるとき、いのしし狩りに出たが獲物は捕れず、代わりに畑から大根を抜いてきたとの台詞がある。なるほど、この場面だけでクライマックスへの伏線はすべて用意が整ったという感じになったわけだ。それは最後にわかったことだけど。
 こちらの話も、討ち入り前の話。ここでも死生観が顔を出す。武士とは、どう生きるかと共に、どう死んでいくかの世界。これは武士だけではなく一般の世界にも言える。とくにもう高齢者の仲間入りをした私には、これからはどう生きるかよりも、どう死んでいくかの方に興味がある。

 三幕目は、このあとの都合で退席。三宅坂を下りながら、死の問題を思う。街路樹の枯葉がハラハラと散っていた。

12月8日記

静かなお喋り 12月7日

静かなお喋り

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