直線上に配置

客席放浪記

ストリッパー物語

2013年7月24日
東京芸術劇場シアターイースト

 つかこうへいの『ストリッパー物語』を、あのポツドールの三浦大輔が演出する。はて、三浦大輔といったらドキュメンタリー手法のリアリズム演劇。どこか冷めた目で現実世界を描写する。一方のつかこうへいはと言えば、人の心の情熱のようなものが噴出する。噴出するあまり現実を飛び出して、どこか異空間にまで行ってしまう作り。この相容れないように思われる組み合わせ、はたしてどうなるんだろうという興味があった。そこに共通するものがあるとすれば、それは社会的にダメな人間が出てくるところ。ただ、つかこうへいが、そういう人たちに温かい視線があるとしたら、三浦大輔はあくまでも突き放してみせる。それがどう化学反応するのか。

 文化的香りのする東京芸術劇場に入り、シアターイーストの入り口から一歩客席に入ると、そこはすでにかなり薄暗い。舞台には横にヒダが沢山入っている重厚な緞帳が降りている。舞台中央から客席に花道(デベソ)があり、その先にき盆がある。まさにストリップ小屋そのまま。いきなり淫蕩な雰囲気に包まれる。

 ブザーが鳴って、司会役の座長(でんでん)が出てきて挨拶をしたかと思うと、さっそく踊り子さんが出てきてストリップを始める。おいおい、ここは東京芸術劇場だぜ。いいのかなぁと思うけれど、そういう芝居なのだ。

 つかこうへいの『ストリッパー物語』を観たのは、まだ私が学生時代。紀伊国屋ホールで上演した『ストリッパー物語・火の鳥伝説』だった。確か、これといった舞台装置も無くて、根岸とし江はジャージ姿。決して脱ぐことはなかったという記憶がある。今回の舞台、緞帳の向こう側はストリップ小屋の楽屋。そのときに応じて、巡業先の楽屋が変わる。

 冒頭のストリップの場面が終り、緞帳の後ろの舞台裏の部分に話が移される。つかこうへいの台詞は、ほぼそのまま残されているが、役者には、あの、つか調の台詞回しは封印される。三浦大輔調の呟くような台詞回し。ときどき聞き取れない事もあるが、それでもかまわないといった演出。このつかこうへい世界と三浦大輔的世界のせめぎ合いがスリリング。なんだか不思議なものを観ているなぁと思っているうちに一幕目が終ってしまった。

 10分間の休憩後、三浦大輔が仕掛けて来たなという立ち上がり。みどり(安藤聖)のマタニティ・ストリップから始まる。そのあとの楽屋シーンでは、三浦大輔お得意の同時進行演出がある。2つ〜3つのことが同時に舞台上で起こり、台詞は重なり合う。この異様な雰囲気は、いよいよ三浦大輔が本気を出してきたという期待感が高まる。そして、それに続くショウ。咲子(新田めぐみ)と正輝(米村亮太朗)のコントの淫猥さ。そして、みどりが本番ショー(まな板ショー)を始めようとするところで、突然のハプニング演出。この臨場感には度肝を抜かれた。

 その後、シゲ(リリー・フランキー)と、その娘(門脇麦)のエピソードになると、つかこうへいに一歩譲った感じになり、楽屋での座長大暴れの臨場感は、やはり三浦大輔だよな。

 さあ、この芝居をどう終わらせるかとドキドキしながら観ていると、盆のところに病院のベッドが現れ、明美(渡辺真起子)が寝ている脇で、シゲの長いモノローグが始まる。例によって、つかこうへいの台詞なのだが、台詞回しは淡々とした三浦大輔調。これは結局つかこうへい世界の勝利かと思われる泣きの世界。実際隣に座っていた女性は目頭を抑えていた。緞帳が上がり、ドーンとバックライトが客席を射抜く。そこに立っているシゲの娘。感動的なラストを迎えようとしている。ベッドに近付いてくる娘。と、三浦大輔はここで、うっちゃりをかます。それは明美の一言。そして大音響。それが静まると劇は終わっている。最後の最後で三浦大輔がつかこうへいをねじ伏せた感じ。

 カーテンコールなし。拍手がパラパラとあったが、基本、三浦大輔の芝居は拍手なしなんだよね。まるで拍手を拒否するように終わってしまう。いや、実際あの最後の一言の意味をちゃんと理解していたら、拍手はしずらい。

7月25日記

静かなお喋り 7月24日

静かなお喋り

このコーナーの表紙に戻る

トップ アイコンふりだしに戻る
直線上に配置