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客席放浪記

The Name

2013年2月3日
本多劇場

 最近は人から名刺を渡されることはほとんど無くなったが、仕事をしていたときはよく差し出されて受け取り、名刺ホルダーに保存していたものだ。
 ホルダーがいっぱいになると、別の箱に入れたり、場合によっては机の引き出しに入れ、そのままになっているのもある。何年かに一度そんな名刺を整理していると、まったく記憶にないものもたくさんある。
 はて、この人はどんな人だったろう。この会社名はどんな業種の会社だったろうと思いだそうとするのだが、思い出せない。中には商品の売り込みに来ただけのセールスマンだったりするから、興味のない商品だったらそのままになってしまい、その名刺も必要なくなる。結局、思い出せないものは必要なかったものと思い、捨てている。

 鈴木おさむ、作・演出。今田耕司、立川談春、大窪人衛(イキウメ)による芝居『The Name』は、そんな名刺にまつわる物語。

 舞台は無機質な空間。中央に簡単な机と椅子が何脚か置かれているだけ。この家の主はテレビのクイズ番組のプロデューサー(今田耕司)。高校生の息子(大窪人衛)と住んでいるが、この家に闖入してきた男(立川談春)がいる。男は息子を縛り付け爆破装置を括り付けている。男は六枚の名刺を取り出し、これはあなたが受け取った名刺だと言う。そこで五人の人物が登場。下手に一列に並ぶ。男は、これらの名刺がそれぞれ、ここに並んでいる誰から受け取った名刺か、本人に渡してみろと迫る。もし間違った相手に渡したら息子は爆死すると宣言する。

 六枚の名刺に五人の人物。ということは一枚はひっかけらしい。五人の内訳は男三人に女二人。名刺に書かれている名前は男とも女とも取れる名前が多く、特定は難しかったりする。職業も様々。放送作家だったり、仕出しの弁当屋だったり、ビデオ制作会社の社員だったり、タレントだったり、高校の教師だったりする。ところがプロデューサーには、誰も思い出せない。テレビ局のプロデューサーともなると毎日毎日かなりの数の人間と会い、名刺を貰うわけで、全部の人間を憶えられるものでもない。

 プロデューサーは憶えていないとしても、名刺を渡した側はよく憶えているわけで、実はこのプロデューサーによって、番組を下ろされたタレントや放送作家だったり、契約を打ち切られた業者だったりするわけで、利害関係がひとつひとつ明らかにされていくといった展開になる。

 今田耕司と立川談春の役は、なぜか途中で入れ替わったりするのだが、ふたりともプロの役者ではない。その役者らしからぬ演技がこの芝居には合っていて、なんともいえない空間がここにある。特に談春が落語の人物会話を台詞に入れてくるところは、まさに落語家でなければ、ああ上手くはできなかったろう。

 一方、息子役の大窪人衛はまだ若い役者さん。プロの意地か、このふたりに一歩もひけは取らない。特に終盤に来て、あれよあれよの展開になって、この息子役が大きくクローズアップしてきてからの存在感は凄かった。

 とても面白い芝居を見たという思いになったが、最後がやや解り難い。どうやってこの話をまとめようか苦労したのかも知れないが、なんだか、よくわからないところに着地してしまったという、おいてけぼりをくってしまったような気になってしまった。もう一度観たいと思ったが、おそらく再演はないんだろうなぁ。

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