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客席放浪記

藪原検校

2015年3月4日
世田谷パブリックシアター

 学生時代はお金が無かったこともあって、芝居を観に行くということは少なくて、映画館にしか行かなかった。芝居を積極的に行ったのは、つかこうへい作品くらいのもの。つかこうへいの芝居は驚くほど安くて面白かったから、ほとんど観ていた。井上ひさしは好きだったけれど、ちょっとかったので戯曲だけ読んで済ませてしまった。その戯曲本は、どれもとても面白かったのだが、読んでいて「これ、どうやって舞台にかけるの?」と、他人事ながら心配になってしまった。社会に出てお金にも余裕が出来てきて、井上ひさしの芝居も観るようになって、さすがプロの役者や演出家がやることは凄いと思った。あの上演困難に思えていた井上ひさしの戯曲が、ちゃんと芝居になっているのだから。

 『藪原検校』という芝居は、初演が1973年だそうだ。これも戯曲として読んだ記憶はあるが、芝居として観るのは今回が初めて。舞台美術や役者に、かなりのハードルを強いる。シンプルな舞台美術だが、お市(中越典子)が川に落とされて流されていく美術など、「ははぁ、こうしたんだぁ」と感心してしまったし、三段斬りの見せ方も「うまいなぁ」と美術スタッフの技術力に感嘆した。

 そして何より役者さんたちだ。かなり凄いことになっている。もう役者いじめみたいな台本。まずは物語のナレーター役ともいうべき盲太夫(山西惇)の台詞量だ。芝居が始まって、のっけから膨大な説明の台詞で始まる。これを暗記するなんていうことは生半可なものではない。しかも、これ一ヶ所ではない。やたらと長い説明台詞が入る。資料を読む場面もあるのだが、なにしろ役柄が目が見えない男。点字で読むという設定だから、書いてあるものを読むわけにはいかない。しかも言いよどんではいけない。これはもうまさに役者いじめと言わずして何があろう。

 主役の野村萬斎は三年前の公演に続いての出演。もうこの人以上に適役はいないだろうと話題になっただけのことはある。杉の市(後の藪原検校)が見せる、「餅づくし」なんていうのは狂言師ならではの芸当。このとんでもない言葉遊びに動きに、客席から大きな拍手が来たのはうなずけるほどの見事さ。

 お市が『安寿と厨子王』の物語を語りながら、杉の市とセックスをする場面など、かなり難易度が高い。これをこなしてみせた中越典子は凄い。

 ほかにも「見物づくし」の掛け合いなんて、台詞を噛んでしまったらオシマイ。よくあのテンポの速い応酬をこなすもんだと感心してしまった。まぁ、プロですからね、当然のことでしょうけど。

 井上ひさしは作者としてプロ。それを形にするのがプロの役者や演出家や美術スタッフ。餅は餅屋。餅づくしとはこういうことか。

3月5日記

静かなお喋り 3月4日

静かなお喋り

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