2009年8月15日三遊亭遊雀勉強会(お江戸日本橋亭) 渋谷の『怪談牡丹燈籠』から日本橋へ。三遊亭遊雀の勉強会。こちらもこの日は『牡丹灯籠』。[燈籠]と[灯籠]、ちょっと表記は違うが同じこと。こちらも、『お札はがし』と『お峰殺し』。 まずは恒例の三遊亭遊雀の挨拶からなのだが、この日はいささか様子が違う。『お札はがし』と『お峰殺し』は、長い長い『牡丹灯籠』という物語のごく一部。この前後がある。おそらく『お札はがし』しか知らない人は、『牡丹灯籠』はお露と新三郎の物語だと思っているだろう。また、『お峰殺し』まで知っている人にとっては、『牡丹灯籠』は実は、お峰、伴蔵の物語だと思っているかもしれない。『牡丹灯籠』の全体像を知らない人のために、遊雀はホワイトボードを持ち出した。そこには草履取りの考助が中心に○がつけられおり、そのまわりに様々な登場人物の名前が取り巻いている。遊雀は『牡丹灯籠』という噺は実は、『お札はがし』にも『お峰殺し』にも出てこない考助の仇討の噺なのだと説明する。ふーん、そうなんだあ。 そこから三遊亭遊雀の『お札はがし』が始まる。遊雀版の特徴は、やはりお峰の存在だろう。伴蔵をそそのかしてお露の幽霊に百両をもってこさせる策略も首謀者という感じが、いかにも遊雀流といった印象を持った。 仲入り後は、三笑亭可龍の『お菊の皿』。後半が工夫の見せどころのこの噺、お菊さんの書いた本が『皿だ記念日』だったり、全国規模のお菊ショウのタイトルが、ディッシュ・カウント・ショウだったり、明るい芸風に合っていて、楽しい盛り上がり。 『お峰殺し』も遊雀らしく、それほどドロドロともしていないし、殺害場面もそんなに凄惨には描かない。この軽さがいいんだなあ。 終わったと思ったら、またもや遊雀の、この先『牡丹灯籠』はどうなるのかという解説がまた始まる。なるほどこれは考助の物語だはなあ。 これで終わりかと思ったら、そこから「短いのを、もう一席」と『船徳』が始まった。二年前に遊雀の『船徳』は聴いているが、そのときも驚いが、今回はもっと驚いた。さらにグレード・アップしているのだ。遊雀の徳さんは、大きな子供。大人になりきれなかった子供だ。何かといえば泣き出す。「大きな声出せばようー、何でも通ると思っている。そういうの嫌いなんだよー!」 そんな徳に「泣けばなんとかなると思っているだろ」と返すがどうにもならない。船を漕ぎ出すときも「♪ぼくは凄いんだ 凄い船頭だから 天才なんだー」と歌い出す始末。「自分でその気にしなくちゃいけないのかあ」 『牡丹灯籠』の全体の勉強(夏季集中講座)にもなったし、爆笑の『船徳』も聴けたし、お得な勉強会でした。うん。遊雀も勉強したのかも知れないけど、私も勉強になりました。 2009年9月5日記 このコーナーの表紙に戻る |