July.10,2002 ある本屋の思い出

        本が好きというより、本屋さんが好きなのかもしれない。一日に一度は本屋を覗かないといられない。私の家から一番近いのはE書店。ここはわが町でも最も古くからある本屋さんで、私もここで買うことが多い。それほど大きな店ではないが、どの本がどこに置いてあるかがわかりやすく配置されていて、どんな新刊がその日に発売されたのか一目瞭然。店の人ともすっかり顔なじみで、世間話などもする仲だ。本にかけてくれる紙カバーも時間をかけて丁寧にキッチリとやってくれるので、読み終わるまでカバーがくずれることもない。年末には、お得意さんにはちょっとしたサービスがある。地域密着型という感じの家庭的な店だ。今までに何軒かの本屋が開店しては潰れてしまったが、この店だけは定着している。

        数年前まで、ある小さな本屋さんがあった。夫婦らしい経営者とアルバイトらしい若者がふたりくらいで営っている店だった。店の大きさにしてはたくさんの本を仕入れる傾向があり、店内は本で埋まっていた。単行本はさすがに諦めているのか、ほとんど置いていなかった。それでも、ときどき余所では見かけないような「おやっ?」と思うヘンな本が置いてあり、小さな単行本コーナーも見逃せなかった。不思議な選択眼を持っている経営者だなあと思ったものだった。中心になる品揃えは雑誌と文庫本。

        この文庫本の棚が凄かった。キチンと作家別に分けようという努力は放棄しているようだった。だいたい出版社別に置いてあるだけ。そこに日々出版される文庫がどんどん流入してくる。返品ということはしないようだから、どんどん溜まってくる。書棚からはみ出した文庫本はまず書棚の上に積み上げられる。平台と棚の中間みたいな斜めに作られた書棚の上には次々と置かれて行くから、下の文庫はそれらを持ち上げないと見えない。

        漫画の単行本のコーナーもあるのだが、ここはもう何だかわかんないくらい雑然としている。新刊の漫画本はついには床に置かれるようになった。当然、ただでさえ狭い通路は人がすれ違うこともできなくなった。

        そして何よりこの店の雰囲気を悪くしているのは、経営者夫婦(?)の会話だった。おかみさんがとにかく一日中文句ばかり言っているのだ。パートナーの主人に、あれはどうした、これはどうした、ちゃんとやっておかなきゃダメじゃないのと文句を言う。アルバイトにも怒鳴ってばかり。これでは同じアルバイトも居つかない。その口調がお客さんに対しても横柄なものになるから、凄く感じ悪くなる。店中がピリピリと不機嫌なムードになっている。

        そんな店でも、私は毎日のように顔を出していた。目的は雑誌だった。ここでは発売日の一日前の夕方になると早出しで雑誌を並べてくれる。愛読していた『週間文春』 『週間新潮』 『漫画アクション』などは、ここで一日前に手に入れていた。出版界としては違反なんだろうし、翌朝になればどこでも手に入るとはいうものの、人よりも早く読めるというのがうれしかった。

        ある日、その店の並びに大型書店が誕生した。そのP書店開店の日、本屋好きの私はもちろん見に行った。品揃えもかつてわが町に無かったほどの規模だし、店員さんも若いスタッフが中心。気軽に話に乗ってくれるという風ではないものの、感じも悪くない。これから、この店も贔屓にしよーっとと思いP書店を出て、くだんの雑然とした雑誌早出しの店にも寄ってみる事にした。店の前まで来て驚いた。店の戸は閉まっており、貼り紙が一枚。閉店のお知らせだった。ええっ! そんなバカな。前日も私はこの店に寄ったのだ。その時点では翌日から店を閉めるという様子はまったくなかった。お客さんから取り寄せの注文まで受けている様子を見た。いったいどうしたんだろう。一晩のうちに、何事があったのだろう。

        今週、また新しく大きな本屋が開店した。B書店という、これまた大手の書店チェーンだ。さっそく開店の日に行って、店内をくまなく歩く。どの傾向の本がどこにあるか配置を確認して、一冊の本を買ったら、粗品だと言われて小さな目覚し時計をくれた。これからも私はこの店にも毎日のように顔を出すだろう。

        大きな本屋が出来ると、小さな店は淘汰されていってしまうのだろうか? 大きな本屋もいいのだが、小さくても特徴のある店、店員さんと気軽に声をかけあえる店が私は好きなんだけどなあ。


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