September.29,2005 ありがとうございます

        本日、明治座千秋楽。今月は藤田まこと座長公演『浮草〜人生まわり舞台』でした。藤田まこと様、かとうかずこ様、大山克己様、三沢あけみ様他の皆様から御注文をいただき、楽屋まで出前させていただきました。ありがとうございます。


September.3,2005 大人気ない

        子供と大人の区別って何だろう。成人といって日本では20歳になってはじめて大人として認められる。20歳を過ぎても、その行動が子供っぽかったら、「大人気ない」などと呼ばれる。人から大人気ないなどと言われるのは、ちゃんとした大人ならば、かなりの屈辱に違いない。

        人間は、社会人として、社会に合った生き方を求められる。子供は大人から社会のルールというものを教えられながら育っていく。社会人として生きていくには、我慢というものを憶えなければならない。我がまま、自分勝手な行動は許されないということを学んでいき、やがて成人となる。くどいことをいうようだが、20歳を過ぎても、自分勝手な行動を取れば、それは大人ではない。つまり「大人気ない」といわれることになる。

        その日、私はお好み焼き屋に入っていった。ここは、自分で焼くのではなく、全て店員さんが焼いたものを食べるというシステム。テーブル席がいくつかと、職人さんが焼いている大きな鉄板の前にカウンター席があった。ひとりで入った私は、「カウンターでよろしいですか?」の店員さんの声にうなずいて、カウンターの左端の席を選んで座った。焼きそばを注文して、当たりを見回すと、テーブル席に10人程度のお客さんがいて、そのうちの半数以上に、まだ注文の品が届いていなかった。カウンター席は、私の他にもうひとり、右端にひとりお客さんが座っていた。この人もまだ注文の品が届いていない。職人さんは、同時に数個のお好み焼きを焼いているものの、この進行具合だと、私の焼きそばが焼きあがるまでには、10分〜15分はかかるなと思い、長期戦を覚悟して、持参の文庫本を開いた。

        その男性は、しばらくして入店してきた。ひとり客らしく、店員さんの「カウンターでよろしいですか?」の声に無言で、私の隣の席についた。50代と思われる年頃の男だった。広島焼きと生ビールを注文すると、おもむろにタバコに火を点けた。あっと思ったのだが、この店は禁煙ではなかったのだ。ちゃんと灰皿も出ている。私は基本的にカウンター席というものは、全面禁煙にするべきだと考えている。つまりカウンター席といのは、相席と同じだと思うのである。見ず知らず同士が並んで食事を摂るのである。食事中に隣から有害な煙を流され、その煙を吸い込みながら食事をするというのは嫌だ。最低のマナーとして、隣の人に、「タバコ吸ってもいいでしょうか?」の一言があってもいいではないか。そうしたら、「私が食事を始めたらやめてください」と返す用意はある。だいたい気に入らないのは、目の前は鉄板で調理中なのである。タバコの灰が飛ぶではないか。無神経にもほどがある。

        私の焼きそばは、ちょうど焼き始められたころだった。隣の男は生ビールを飲んでいた。目の前の鉄板には、随分と前から一枚のお好み焼きが焼かれ続けていた。それはこの男の注文した広島焼きではない。生地の上に餅やチーズを乗せて焼いている変わりメニューだった。男は目の前で焼いている職人に、「おい、これをくれよ」と言うのだった。店員が飛んできた。「あの、広島焼き以外にこれもということですか?」 男は無言でうなずいた。店員が職人に伝える。私の焼きそばが焼きあがってきて、私は食べ始めた。すると、怒ったような口調で隣の男が職人に向って、目の前の先ほどのお好み焼きを指差しながら言うではないか。「おい! 早くくれよ。半分でもいいからよ!」 職人は驚いて、なんとか鉄板の空いている部分を作って、この男用の餅やチーズの入ったお好み焼きを焼き始めた。それからすぐに、目の前のさっきから焼いていた餅チーズ焼きを皿に乗せて店員に渡した。店員はその皿を持ってテーブル席に持っていた。男は店員が自分のところに持ってくるのかと思っていたものが別のテーブルに持っていかれたのを見て、「あっ!」と言った。

        常識を持った大人なら、目の前で焼かれているお好み焼きが、誰の注文もなく焼かれているとは思わないだろう。お好み焼きがファースト・フードのようにすぐに出てくると思う方が非常識。ましてや、具が餅なのである。焼きあがるには時間がかかる。隣の男の言動に不快感を感じながら、私は黙々と焼きそばを食べていた。やがて男の広島焼きが焼きあがってきた。そのときである。男の手が滑ったのだろうか。男の手が生ビールのジョッキを握るつもりが、誤ってジョッキを押してしまい、鉄板の方に向かって倒れた。「あっ!」と職人さんの声があがった。鉄板の上はビールからあがった水蒸気があがり、鉄板の上のお好み焼きは全てビールがひっかかった。これにはさすがに男も「ごめん」。

        ちょうど食べ終わった私はそこで席を立った。ビールまみれになってしまった他の人のお好み焼きがそれからどうなったか、ビールをかぶった鉄板で、その後も焼き続けたか知らない。しかし、こっそりつぶやいた。「大人気ないな。ビールを飲んでいいのは大人になってからだよ」


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