July.4,2009 またテレビに出てしまった

        その電話がかかってきたのは水曜の昼間だった。『所さんの目がテン!』という番組の制作会社の人で、番組に出てくれないかという依頼だった。番組のテーマは三人乗り自転車。主婦などが自転車の前と後ろにシートをつけて、ふたりの子供を乗せて走る乗り方。その三人乗り自転車に乗ってみて欲しいということなのだ。なぜ私なのかというと、自転車で、そばの出前をしているからだというわけ。なぜ私のところに電話がかかってきたのかというのは見当がついたが、一応訊いてみる。「あの〜、インターネットでみました」との答えに、やっぱりそうかと納得する。

        テレビは観るのは大好きな方なのだが、どうも出るのは苦手だ。今までにも、何回か無理矢理のような形で出されてしまったことがあるが、そのたびに落ち込む。怖くて放映されたものも観ていないのもある。出たくないという気持ちが支配的なのだ。「すみません、他の人を捜してもらえませんでしょうか?」と口に出したが、相手は「他にみつからないんですよ」と食い下がる。いないわけはない。現に私の住む地区のおそばやさんの何軒かは、いまだに肩にお膳をかつぎ自転車で出前をしている。いっそのこと、余所の店を紹介してやろうと思ったのだが、そうなると私が余所の店に出かけて行って説明をして、承諾を貰うという、いささかやっかいな役回りになってしまう。それと、私という性格の問題なのだが、まず人から頼まれごとをすると「いや」と言えない。お金を貸してくれという頼みならば最初から大金など持っていないから断ることができるが、それ以外のことだと、まず断るということができないのだ。

        「やってもいいですが、平日は仕事があるので、できませんよ」と言うと、撮影はその週の日曜日だと言う。これで断る理由が無くなってしまった。4日後というのは、確かにスタッフとしても、これからまた自転車で出前をしている人間を捜すのは大変だろうなどと、すぐに同情心まで芽生えてしまう。いかんいかん、これだからいつだってあとで後悔するのだ。それから日曜日までは苦悩の日々だった。テレビに出るというのは私に重圧となって押しかかってくる。いやだいやだいやだいやだ!! そんなにいやなら引き受けなきゃいいのに、この体たらくである。

        土曜日の夜にスタッフが私の自転車と出前用のお膳と、そばせいろを取りに来る。私が何者であるのか出前している姿もビデオに修めようというわけだ。出たくないという気持ちでいっぱいだというのに、スタッフと話をするときには、なぜかにこやかになってしまう。悪く思われたくない。これがまた悪い癖なんだよなあ。

        収録は横浜の緑山スタジオで行なうという。名前はよく聞くスタジオだ。ドラマやバエティ番組の収録が行なわれているところとして有名。なんとなく見てみたいという気持ちが湧くのだが、やっぱりテレビ出演はいやだなあ。

        日曜日は雨だった。朝から布団の中で悶々とする。行きたくない。それでも時間になるとせっせと準備を始める自分がいる。青葉台の駅の改札に12時15分に来て欲しいとの約束だったので、それに間に合うように電車に乗る。電車に乗った途端に携帯電話が鳴る。番組スタッフからの電話で収録は屋外を予定していたのだが天候が悪いのでしばらく自宅で待機してくれとことだった。でももう電車に乗っちゃったよう。青葉台の駅に着くとまた電話がかかってくる。喫茶店ででも待っていてくださいとの指示。最近、読書時間をまとめて取れる機会が減ってしまったので、このときとばかり読書三昧に当てる。すると、気分が落ち着いてきた。

        迎えが来たのは15時15分。3時間待ち。まっ、本がたくさん読めたからいいか、なんて発想自体が楽天的なのだが。タクシーで緑山スタジオへ。けっこう遠い。雨は上がっていたが、収録は緑山スタジオ内の屋内駐車場で行なうことになった。スタジオの控え室でとりあえず待っていてくれと言われる。また待機か。テレビの仕事なんて待つのが仕事とは聞いたことがあるが、しょーがない。




        写真が入構証。ちょっとした記念品。

        いやだいやだと思いながらも、現場に行ってしまうと覚悟が決まってしまうのが、これまた私の困ったところなのだ。深呼吸をして、だんだんとテンションを高め始める。今までの経験からいくと、テレビというのは瞬発力だということ。以前、無理矢理に突然に出された番組は私以外はバラエティのタレントさんばかり。お笑い芸人、グラドル、女子アナなど喋りのプロたちがズラリといて、私をいじりに来る。私の言った事に突っ込みを入れてくる。それに瞬間的に気の利いた事を瞬時に考え出し、返してやらなければならない。もちろんこっちは素人なのだからプロたちにいじられ放題になっているというのが番組の狙いなのだろうが、それがこっちはいやなのだ。このへんがまた私のおかしな性格なのだが。よし、喋れるところは喋れるだけ喋ってやろう。テレビなんて喋った者勝ちなのだ。

        準備ができましたと控え室に迎えがきた。駐車場に移動。三人乗り自転車が準備されていた。



        自転車のサドルの前と後ろにチャイルドシートが置かれ、それぞれに重りが乗せられている。ハンドルには顔の表情まで撮るカメラも取り付けられている。それに乗って、赤いポールをスラロームしていくというわけだ。練習はなし。いきなり本番でこの自転車に乗らなくてはならない。まずは主婦の人が乗った。次が番組の女子アナ佐藤良子さん、次がマウンテンバイカー。私の出番は最後。他の人が乗っているのを見て、ディレクターに声をかける。「あの〜、番組的に盛り上げるには、いっそのこと私が転倒したほうが面白いですかね」 「転倒したら転倒したで構わないですが、わざとらしくならないようにしてください」 う〜ん、そうなのか。そのときにわかってきたのは、この番組がバラエティ番組ではなくて、わりと真面目に制作されている科学実験番組なのだとわかってきた。

        ディレクターの上げた手が下に振り下ろされたのを合図に、三人乗り自転車でポールの間を縫って走る。走り終わったところで一旦カットが入り、佐藤アナウンサーが質問をするのでそれに答えるのが役目。これもぶっつけ本番なのだ。佐藤アナウンサーの質問にどんどん答える。質問されてないことまで勝手に喋る。

        次は出前をしている格好で自分の自転車で走っているカット撮り。

        さらに、もうすでに走り終わっているというのに、これから三人乗り自転車に挑戦しますという意気込みを語るカット撮り。ここでも必要以上に喋ってやった。

        マウンテンバイカーのジャンプ・シーン撮りなどを終えて収録終了。



        「タクシーを用意しておきましたので、それでお帰りください」とのことで、緑山スタジオをあとにする。せっかくだから、正面玄関を写真に撮っておこうと外に出ると、警備員さんが「お疲れ様です」と声をかけてくださった。なんだか、ちょっとしたタレント気分。



        翌日、店の近所で私の出前風景を撮影。全て終った。もう二度とテレビには出たくないという気持ちがあるのだが、またなにか言われてると出てしまいそうな私がある。まあ、そういう話はもう持ってこないでよ。

        今回の制作会社の人は、テレビ屋乗りの人ではなく、極めて真面目なスタッフで、感じのいい人達だった。私は『所さんの目がテン!』という番組を観たことがなかったのだが、後日初めて観てみた。極めて真面目な科学番組だわかって、なんだか赤面する思いだった。

        私としては精一杯喋ったつもりだが、、果たして放映ではどのくらい使われるのかわからない。案外、私の喋りは全てカットかもなあ。

        2009年7月11日土曜日17:00〜17:30『所さんの目がテン!』(日本テレビ系)放映。私は観たくないから、おそらく観ないと思うけど、お知らせまで。


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