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蕎麦湯ぶれいく

湯の峰温泉

2012年11月14日

 7時に家を出て東京駅まで歩く。最近は東京駅へは歩いて行く習慣が出来てしまった。

 7時50分発の、のぞみで西へ向かう。主に行楽に向かう目的の乗客が多い踊り子などと違って、車内はビジネスマンでいっぱい。話し声もほとんど聞こえず、パソコンを使って仕事をしている人も多く、朝からビールを飲んで盛り上がっている宴会列車ではない。

 紅葉前線を追いかけて、南下してみようというのが今回の旅の目的。東京から南というと伊豆ということになりそうだが、この際、思い切って紀伊半島方面に行ってみようかと思った。

 途中、窓に大きくはっきりと富士山が見える。すでに積雪している。やはりもう高度の高い山は雪が降る季節。今月の初めに行った日光でも道路に雪が見られた。

 名古屋で10時発の南紀3号に乗り換える。こっち方面に来るのは学生時代に一度だけ、松坂まで来て以来だ。
 この特急列車、やや音がうるさいがシートは快適。
 やはりこの時期、車窓の風景は紅葉が盛り。いい時期にやってこれた。南下するにしたがって、時折海も見える。湾も多いせいか海は静かで波が見えない。伊豆半島を南下するのとは、この辺が違う。
 13時28分、新宮着。名古屋から3時間半も乗っていたことになるが、あまり長さを感じなかった。

 新宮でバスに乗り換えるのだが、次のバスまで約1時間ほど時間がある。それまで新宮の街をぶらぶらして時間を潰すことにする。なにしろ初めて来た土地なので右も左もわからない。

 駅前になにやら琉球風の建造物があった。「なんだこれは?」と行ってみると、秦の始皇帝に仕え日本にやってきた徐福を祀った公園であることがわかった。不老不死の薬を求めてやってきた徐福にあやかり、不老の池というのが設けられていて、7本の柱が立っている。「和」「仁」「勇」「慈」「財」「調」「壮」。7つの柱を触り、7つの徳を胸に刻みつける。もうこの歳になると遅いか? いやいや、これからでも立派な人間になる努力は惜しんではならぬ。

 徐福公園を出て再び歩き出す。和歌山といえばみかんの産地。店で袋一杯にみかんを入れたものが格安で売られている。

 ぶらぶらしているうちに、新宮城跡に出る。これは広そうだ。見て回りたい誘惑にかられるが、これからこれを見て回るとなるとバスに間に合わなくなる恐れがある。これだから事前にチェックしておく必要があるのだが、何にも知らないままで気の向くままに街を歩くというのも、また楽しいんだよなぁ。

 14時25分発、土河屋行のバスに乗る。今宵の目的地である湯の峰温泉に行くには、このあとの15時55分発のバスに乗らなければならないのだが、それだとさらに1時間半待たなければならない。そこで14時25分のバスで、一旦熊野本宮大社まで行ってしまい、本宮大社をお参りしてから徒歩で湯の峰温泉に向かうプランを立てた。

 バスは右に熊野川を見ながら、上流へと遡っていく。ところどころ紅葉も見られ目を楽しませてくれるが、台風の爪痕なのか土砂崩れの痕や、なぎ倒された木々も見え、自然の恐ろしさも感じる。

 約一時間の乗車で、15時28分、本宮大社到着。到着直前から空から雨がパラパラ落ちてきた。それもバスの運転手さんに言わせると、これは雨ではなく、寒気のせいなのだという。高野山の方は昨日は雪になったとか。

 バスを降りて、本宮大社の石段を上り、参詣する。現在、門のところが補修工事中なのは残念だったが、社殿の荘厳さには圧倒された。ここは撮影禁止とのことでシャッターは切らず。目に焼き付ける。

 バス亭まで戻り、さて、湯の峰温泉までの道はと、あたりを見回すがわからず。売店の男性に、湯の峰温泉まで行く道を尋ねてみると、
 「えっ、歩いて行くの? 大変だよ。湯の峰温泉といったらね、ほら、その山を越えた向こうだもの」と言うではないか。
 なるほど目の前に小高い山があり、それを越すと言われるとなると、不安になる。さっきバスで来た道を戻り、途中で右に入ると、山を越えて向こう側に抜ける道があるとのこと。
 「一時間くらいかかるよ」と、半ば心配そう、半ばあきれ顔で言われてしまう。

 とりあえず、その道のところまで行ってみよう。ダメそうなら旅館に頼み込んで迎えに来てもらうしかないのだが・・・。

 売店の人が教えてくれたように、道を戻って行くとそれらしき道があった。そこを折れて進むと、熊野古道に入る山道と、自動車が通る舗装道路があった。この時点で16時。今の季節、17時になるともう日が落ちてしまう。熊野古道を歩きたいのはやまやまだが、山道で暗くなってしまうと動きが取れなくなってしまう恐れがある。大事を取って自動車道を歩くことにする。一応懐中電灯は持ってきたが、できることならに日没までに湯の峰温泉に着きたいものだ。

 自動車道は、ゆるやかな上りになっていて、そこを歩く。自動車道とはいっても、滅多にクルマは通らない。地図を見ると、熊野古道よりもかなり遠回りして湯の峰温泉に向かっている感じだが、これも案外気持ちがいい。

 前から軽自動車が一台やってきてすれ違ったが、そのクルマが戻ってきて声かけてくる。
 「どちらまで、行くんですか?」
 「湯の峰温泉までです」
 「かなり距離がありますよ。乗せて行ってあげましょうか?」
 どうやら地元の人が心配してくれているらしい。
 「ありがとうございます。でも、頑張ってみますから」
 反対方向に行くつもりだったのに、わざわざ乗せて行ってくれようとしたらしい。親切な人だなあ。

 道のりの半分くらいまで来たところで、今度はまた進行方向に向かう別の軽自動車がやはり、
 「乗せて行ってあげましょうか?」と声をかけてくれる。
 「そろそろ日も暮れそうですが、懐中電灯も持ってきましたから」と答える。
 「あと、2キロ近くありますよ」
 「ありがとうございます。頑張ってみます」

 道はどんどん暗くなっていく。やがて道は下り坂に。
 そろそろ懐中電灯を用意するかと思い出したころ、「湯の峰温泉」と書かれた大きな標識が現れた。よかった。日没前にたどり着いたぞ。

 今宵の宿は、あづまや。古い日本家屋の趣のある旅館だ。部屋に通されて、一息つき、さっそく風呂へ。露天はもう日が落ちているので諦め内湯へ。手足を伸ばすと窮屈だった長時間の電車の旅の疲れも、徒歩での山越えの疲れも落ちていくよう。大きな浴槽と、もうひとつ、さまし湯と書かれた一人用の浴槽があった。さまし湯は源泉の熱い湯を水で薄めずに入りやすい温度までさましたお湯。これが薬効成分が強いらしく、しばらく入って出てきたら、身体がグッタリした。これは効きそうな湯だ。

 食事は部屋まで持ってきてくれるシステム。ここの料理はほとんどのものが温泉を使って調理されているそうだ。最後に持ってきてくれたご飯は、ほんりのりと温泉の香りがする。しゃぶしゃぶも温泉を使っていて、普通のお湯よりもまろやかで優しい味がした。定番の鮎の塩焼きや刺身以外にも、南京の茶碗蒸しや、鹿刺しといった珍味も。全ておいしかったし量も多かったが、胃にもたれないで完食してしまったのは、揚げ物が無かったからかもしれない。デザートのフルーツまでいただきお腹いっぱいでありました。ごちそうさまでした。

 久しぶりに畳の上の布団敷きで、のびのびとする。

 夜中に二度ほど目が覚め、大浴場と家族風呂にそれぞれ一回ずつ入る。山の中の静かな温泉。時間はゆっくり過ぎていく。

11月18日記





















静かなお喋り 11月14日

静かなお喋り

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