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蕎麦湯ぶれいく

2012年6月15日 積丹岬

 グレイスリー札幌というホテルの部屋は妙に落ち着く。部屋は狭いが、その部屋いっぱいに大きなベッドが入れられ、この上に乗っていると安らかな気分になれる。
 考えてみると、都心のホテルなど寝るための機能があればいいのであって、それ以外はあまり重要ではない。特に日本人の場合、普段、部屋の中では靴を脱いで生活しているわけだから、靴を履いたままのホテル生活は落ち着かないのかも知れない。それなら、靴を脱いでベッドの上でゴロリとなったり、寝転んだりした方がリラックスできる。
 テレビも比較的大きなものがベッドの足元の位置に置かれていて、寝転んだり、ベッドの背に寄りかかったまま観るにはいい位置だ。
 しかもこのテレビ、インターネット機能も付いている。リモコンのボタンを押して必要な情報を得ることができる。どうも携帯電話のインターネット機能というのは、画面が小さくて苦手な私には重宝だ。

 あまりにベッドが気持ち良かったのと、二日間の疲れが出て昨夜はテレビのニュースを見ながら眠ってしまい、朝まで一度も目が覚めなかった。

 ロビーに出るとパソコンが並んでいる。インターネットが見られるのだ。部屋のテレビでも見られるが、やっぱりキーボードがあると便利。30分間制限で切れるまで、いつも見ているページをチェックする。
 見終わって、これまた無料のコーヒーを淹れ、のんびり。すると、ふと、このホテルの支払いは、インターネットで予約したときにクレジットカード決済したのかどうか、わからなくなる。受付に行って調べて貰ったらインターネットで決済済みだとのこと。もう、こんなことも忘れてしまっている。スーパーの値引き商品などには血眼になるくせに、こういうことには大雑把。どうも私の金銭感覚は我ながらおかしい。

 無料の読売新聞を持って部屋に戻る。

 時間になったのでホテルを出て、札幌駅のバスターミナルへ。今日は定期観光バスに乗ることにした。絶景積丹岬コース。6月、7月はウニのシーズン。積丹(しゃこたん)岬にはウニ丼を売る店が何軒もあり、各地からこれを目当てにした人が集まるという。ウニ丼は食べたいが、路線バスでこの地域を回るのはいささか無理がある。それで定期観光バスのお世話になろうという計画。駅前のホテルにしたので朝の移動に慌てないですんだ。

 8時30分、定刻発車。バスは札幌市街を抜け、一路、小樽へ向かう。バスガイドさんはこの道ベテランといった感じの人。バスターミナルを出てから小樽に着くまで、約45分間ずーっと喋りっぱなし。これぞ本当の日本の話芸ではないか?

 小樽でも何人かお客さんが乗り込み、本日の乗客22名。見事に老人ばっかり。私も含めてだけど。

 まず最初の立ち寄り場所は、余市のニッカ工場。残念ながらこの時期は工場見学は出来ないが、ウイスキーの試飲ができる。
 カウンターに二種類のウイスキー、アップルワイン、アップルジュース、ウーロン茶がグラスに入れられて置かれている。迷ったが、せっかくだからシングルモルトをいただくことにする。以前だったらロックで味をみているところだが、そういう無謀なことはもうしない。水をたっぷり入れて薄ーい水割りを作る。少しだけ口に入れ、味を楽しみ、あとは残す。工場を出た後で酔っ払ってバスの中で寝てしまった人もいるが、窓外の景色を見ないなんてもったいないよなあ。
 売店でニッカ製品の土産物を売っている。これも以前だったらいろいろ買い込んでいたかも知れないが、アルコール類は今はあまり興味を覚え無くなってしまった。
 別棟に展示物などもあるらしかったが、建物の前に広がる庭の椅子に座ってぼんやりとする。天気もいいし、ここで日光を浴びていた方が気持ちがいい。

 バスは海岸線を通り、島武意(しまむい)海岸へ。人がようやく、すれ違えるほどの幅しかないトンネルを抜けると、そこにはオーシャン・ブルーというのかエメラルド・グリーンというのか、きれいな海が一望に眺められる空間が開けていた。ここではこの海の色をシャコタン・ブルーと呼んでいるらしい。そのなんという透明度。いつまでも眺めていたい気がしてくる。

 再びバスに乗って、本日の昼食処[鱗光荘]へ。
 40分間の昼食時間だというので、少々慌てる。今の私はゆっくりと噛んで飲み込まないと、むせかえってしまう。席にはもう食事の用意がされていたので、さっそくいただく事にする。カニ鍋、えびの塩辛、いくら醤油漬け、ほっけの唐揚げ、佃煮、酢の物、刺身(サーモン、えび、ツブ貝)などなど、テーブルにいっぱい。
 これに別注文で、朝採れたウニ100gを貰う。1700円。積丹岬まで来てウニを食べないでいられるものか! 100gってどのくらいかと思ったら想像していたよりも多い。これをご飯に乗せてウニ丼にして、ついでにいくらも乗せて食べる。おいしいなあ。
 ゆっくりしか食べられない事もあって40分はやっぱり私には短い。それでも完食。おいしかったぁー。
 ビールを注文した人もいるが、ここでもこのあとバスで寝てしまった人が多い。もったいなーい!

 この[鱗光荘]のあたりは何もないところ。自動車道に沿って民家は並んでいるが、クルマもほとんど通らないし、人も歩いていない。ただ、目の前に小さな郵便局があって、そこの職員が積極的。私は出発時間ギリギリまで食べていたから遭遇しなかったが、グリーンアスパラの宅配や記念切手を買った人も多かったようだ。たくましいねえ。

 定期観光バス、次の目的地は今回のハイライト、神威(かむい)岬。この景色を何と表現したらいいのだろう。まさに言葉を無くす。海に突き出した岬の背を歩いていると、万里の長城にも負けてないのではないかと思えてくる。もっとも私は万里の長城へ行ったことはないけれど。
 私は360°空が見渡せる景色に弱い。「ああ、地球って丸いんだなあ」という気持ちになる。これは17年前にイスタンブールの橋の上で感じたとき以来の感動かも知れない。写真も何枚も撮ってみたが、写真などというものでは、この風景は納まりきれない。
 まあるい空、シャコタン・ブルーの海。
 風の強い場所だそうだが、幸い風はほとんどなく、天気もいい。ラッキーだったと言っていいが、荒れた天気の時も見てみたい、というのは欲張りすぎか。

 昼食後でお腹いっぱいとはいえ、名物のシャコタン・ブルー・ソフト・アイスクリームは食べないわけにいかないだろう。きれいなブルー色をしたアイスだがバニラ味。売店の人に聞いたら、色づけにミントを少し入れているとのこと。そういえば微かに香るミントの味。

 最後はオプションの美国港の水中展望船。オプションとはいえ、これに乗らないと、何も無い港でボンヤリしているしかない。船に弱い人以外は乗るしかないだろう。幸い海は凪いでいる。船酔いも、まずあり得ない。
 ちょうど船から台湾の団体客が降りて来て、それと入れ替えで乗り込む。そういえば今回の旅行中は中国人観光客に遭遇することが実に多かった。今の中国人、パワーがあるなあ。
 沖まで出て船倉に降り、水中を眺める。水底にはウニがいっぱい張り付いている。しかし、魚の姿がほとんど見えない。なぜ?
 船は港の近くの岬や島を回って40分間の航海。ここまでは遠くから海を眺めていたのだが、もう目の前が、そのシャコタン・エメラルド・オーシャン・ブルー・グリーンの海が広がっていて、言葉を無くしてしまう。できたら、小さなボートにでも乗って、日がな一日ぼんやりとしていたいところ。
 帰路はカモメが寄ってくるので、パンのミミを与える、えさやりタイム。手にパンを持って船の外に突き出していると、カモメが飛んできて、さらって行くのだと言う。船の乗組員がお手本を示すと、確かにうまい具合にカモメがパンを咥えて行くのだが、これがなかなか難しい。いつまで手を突きだしていてもカモメは寄って来るのだが、咥えて持って行くには至らない。焦れて来て、空中に放り投げたらうまくキャッチしてくれたカモメがいた。
 あとから聞くと、今、カモメは繁殖期で、あまり寄って来ないんだそうだ。そういえば昨日行った旭山動物園のペンギンも繁殖期で、ほとんど泳いでいるのがいなかった。この時期、鳥類は忙しいんだな。

 バスは今朝来た道を戻っていく。お疲れの乗客はほとんどお昼寝タイム。行きに見た景色だから、もういいのかな。

 余市で道の駅に寄って、今回の定期観光バスの予定は全て終了。札幌まで戻るバスを小樽で降りて、ガイドさん、運転手さんとお別れ。

 駅前で、今宵の宿の送迎車を待つ。予定では定期観光バスの小樽到着は17時10分の予定だったので、17時30分に迎えに来てもらう予定だったが、小樽に着いたのが16時50分。20分も早く着いてしまった。
 送迎車も早めに17時20分に来てくれた。ワゴン車に乗り込むと早速、おしぼりを出してくれた。これぞ日本のうれしいサービス。一日中移動を繰り返して潮風も浴び、手も気持ち悪い。首までおしぼりで拭ってすっきりした。

 今宵の宿は小樽市街からちょっと離れた丘に建つ、[ノイシュロス小樽]。日が長いので、まだ外が眺められる。部屋の外には小樽の海が広がっている。
 ここは部屋付き露天風呂がある。さっそく風呂に入って旅の疲れを取る。いい気分だ。温泉ではないが、海水風呂といって舐めるとしょっぱい。
 感心したのが部屋の作り。ドアを開けると、目の前がクローゼット。左右にまたドアがあって、左のドアを開けると客室なのだが、右のドアはトイレ。部屋とトイレが確実に分離している。これは使いやすい。

 19時に夕食を予約する。ここはフレンチレストラン。「お飲み物は?」と訊かれ、せっかくだからカクテルでも飲んでみるかという気になる。入院中に読んだ沢木耕太郎の『ポーカー・フェース』にブラッディ・メアリーに関する面白いエッセイがあって、今まで毛嫌いしていたこのカクテルが入院中から妙に気になっていた。しかも北海道だ。トマトジュースはおいしいに違いない。これは当たりだった。いいトマトジュースを使っている。ブラッディ・メアリーを舐めながら食事をいただく。
 メインの魚料理は帆立のプロシェット仕立て。付け合わせのハナビラタケと蕪もおいしい。大きな帆立に齧り付く。
 肉料理は鶏もも肉のパートフィロ包み。レバーとフォアグラのムースが付いていて大満足。
 パンもおいしかったが、減農薬の雑穀米ご飯もあるというので、それもいただいてしまい満腹。

 寝る前に大浴場へ行く。潮風を感じる海水風呂に入っていると、ふわーっと暖かい海に浸かっている感じ。早いもので、今回の日程は明日を残すのみだ。

 部屋に戻ると、ブラッディ・メアリーの酔いも手伝って、早々と沈没。朝までぐっすりと眠る。

6月20日記

静かなお喋り 6月15日

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