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蕎麦湯ぶれいく

塩原一泊旅行@

2012年4月25日

 退院して三ヶ月。寒く長かった今年の冬もようやく終わり、いい陽気になってきた。ここいらで、ちょっと温泉に浸かってこようかという気になった。

 なにしろ、入院中は病室のテレビで旅番組ばかり観ていた。レポーター役のタレントが観光地へ行って、観光地を案内して歩き、どこかの宿泊設備に泊り、おいしい料理を食べ、温泉に入る。もう毎回ワンパターンの代り映えしない番組である。
 中には、いかにも観光地の広報や、特定の宿泊設備とバーター取引をしているなと思われる番組もあった。番組で紹介するから宿泊費や取材費を負担してくれというような裏取引だ。よく観ていると、だんだんそういうのにも騙されなくなってきて、「あの料理は、おそらくレポーターが言うほどおいしくはないだろう」とか「旅館の従業員の丁寧さは、テレビ取材だからだろう」といった具合。
 それでも、飽きずにそんな番組を観続けていたのは、退院したら私もどこか温泉地にでも出かけて、いい景色を見て、おいしい料理を食べて、いい湯に入りたいという願望だった。

 さて、どこへ行こうか?
 なんといっても希望条件は食事にある。食べ物の飲み込みがうまくいかないので、他のお客さんの迷惑をかけないように、食事を部屋まで持って来てくれるか、食事処で食べるにしても個室のある旅館。
 さらに、少食になってきて、あまり量は食べられないけれど、おいしいものが食べたいということ。なにしろ旅館で出される料理の量はどこでも、あまりに多すぎる。
 あとはお風呂。できたら部屋付きの露天風呂があるところがいい。
 それでいて、そんなに遠くないところ。

 これらの条件でインターネットを調べてみたら、出てきたのが塩原温泉の旅館、[四季味亭ふじや]ここのHPを観ると、「平日限定!お料理ちょっと少なめのプチStyleチョイスプラン」というのがある。瞬時でこれに決めた。さっそく、インターネット予約を入れる。便利になったなあ。

 11時前に家を出て浅草まで歩く。東京は暖かく、セーターを下に着て歩いていたら汗をかいてしまった。しかし塩原は寒いに違いない。
 東武鉄道、12時発スペーシアきぬ115号に乗り込む。平日とあって空いている。暑いのでセーターを脱いだらエアコンが冷房になった。そこまで暑くはないと思うのだが。
 座席に座っていると、あっという間に鬼怒川温泉駅。13時58分到着。1分間の待ち合わせ、13時59分発の、隣のホームにいる普通列車に乗り換える。
 車窓からは桜が咲いているのが見える。ほぼ見ごろ。もうすぐ満開といったところか。こうやってのんびり車窓を見ているのが実に楽しい。

 14時39分、上三依塩原温泉口到着。改札を抜けるとロータリーはガランとしている。バスターミナルにある標識を見ると、なんと一日六便しかない。14時50分のバスを逃すと、あとは16時の便があるだけで、それが最後だ。

 さすがにここまで来ると、ちょっと肌寒い。山に来たんだなあ。

 14時50分のバスの乗客は10名程度。バスは山道を上っていく。途中で3人下りて、私の泊る、ふじやの最寄り駅、元湯温泉口は、そのすぐ先だった。

 均一料金路線だという乗車賃200円を払い、バスを下りる。この停留所からすぐだとのことだったが、そこは、道路が先に続いているだけで、旅館らしきものが見当たらない。
 道路沿いに、そば屋があったので、店の前にいた人に訊いてみると、目の前の道路の向こうを指差す。ああ、そういえばそれらしきものが見える。どうやって行くのかと尋ねると、未舗装の道路を指差して「この道をい行ってください」とのこと。田圃や畑の中を歩いて、ふじやへ。後にわかったことだが、この畑も旅館の所有地で、旅館で出される野菜も、ここで栽培しているらしい。

 インターネットで予約した旨を告げるとロビーに通された。すぐに、おいしいお茶と自家製の胡麻のババロアが出される。お茶もおいしいし、ババロアもおいしい。いっぺんでこの旅館が好きになってしまった。

 浴衣もいろいろと用意されていて、好きなものが選べる。落ち着いた色合いの青い浴衣を選ぶ。

 さっそくお風呂へ。無色無臭。温度もちょうどいい。ドアの向こうには露天風呂もある。身体を洗い、露天風呂にのんびりと浸かる。この瞬間を楽しみに入院生活をしていたのだ。

 夕食は18時からということで、まだ時間がある。塩原温泉の中心地まで散歩に行こうと思った。
 プラブラと歩きだすと、川の向こうに低い山があり、地元の人らしき人たちが、その山の方向を見上げている。その人たちの横を通り、山の方へ行ってみようとしたら、中の一人が近づいてきて「今、小熊が下りて来てしまっていて、危険なんで、なるべく近づかないで欲しいんですが」と言う。小熊とはいえ、熊と鉢合わせはごめんだ。、恐る恐る、その場を後にする。

 ここまでくると、桜もまだ咲き始めといった感じ。梅が見ごろなのが驚きだ。おそらくゴールデンウイークには桜は満開だろう。

 そのあと、いくら歩いても、塩原の温泉街らしき風景が出て来ない。道を間違えたのだろうか? 日も暮れかかって来たので、今来た道を戻ることにする。あとから知ったことだが、ふじやは塩原でも温泉街からは、かなり離れたところにあり、歩くとなるとかなりの時間がかかるらしい。

 熊が出たというところに戻ってくると、町の職員らしき人が、さっきよりも増えている。山の中腹を見ると黒いものが移動しているのが見える。あれか! そそくさと、その場を離れ、ふじやに戻る。

 18時、夕食。
 前菜に続いて、お刺身5種。トロさばのおいしいこと! こんな山の中で、こんなレベルの高い刺身が食べられるとは! 

 チョイス二品。私は、とちぎ和牛溶岩焼きと、梅干し茶碗蒸しをチョイス。
 牛肉は柔らかく、口の中で噛むと、いい噛み心地で肉汁が溢れ、溶けて行く。
 茶碗蒸しはトローっとした食感に、梅の香りが甘ーく口に広がる。

 じゃが芋饅頭ー三元豚角煮射込みー。とろーり、あんかけがかかっていて、飲み込みに難がある私にはうれしいひと品。脂がまったく、くどくない、まろやかな味に幸せを感じた。

 能登特産絹もずく酢が、またおいしい。もずく酢って、ただすっぱいだけのものが多いが、この酢は絶品だ。最後の一滴まで飲みほしてしまった。また、もずくの海藻の味がしっかり口に伝わってくる。たとえは悪いがスーパーで売っているもずく酢は、まったく別物だという気がしてくる。

 ごはんは、目の前で炊く、ホタルイカの釜めし。20分かかるというが、炊けるまで、そんなにかかったように思えなかった。ホタルイカをよく潰して混ぜ込んで、茶碗によそる。うっ、うまい! これはいいなあ。赤だしの味噌汁がまたよく合う。

 デザートの自家製のイチゴのムースまでしっかりいただいた。いやあ、これで満腹。これ以上はいらないよ。料理少なめコースにしてよかった。

 部屋に戻って、テレビを観ているうちに眠くなり、22時に布団に入る。そのまま、いい気持ちで眠ってしまう。

 病院の味気ない食事や、硬いベッドで、どんなにこの日のことを夢見たことか。生きて帰って来た事の幸せを感じる。
 生きてて、よかった。





















4月26日記

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