街のCD屋さんMightyのコラム 合言葉は”音楽が好きだから…”
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VOL.22 11/18/2001
アーティスト列伝:桑田佳祐
〜カリスマへの呪縛を振り解く遊びのテクニック〜

私が初めてサザン・オールスターズ(桑田佳祐)を見たのは1978年「夜のヒットスタジオ」で”勝手にシンドバッド”を演奏した時です。その”いでたち”は、ジョギングパンツでスタジオ中を走り回ると言う当時とてもショッキングな映像でした。しかし、大学の同好会上がりのアマチュアに毛の生えた程度のバンドにみえて”面白いがすぐに消えるだろう”というのが私を含め大多数の意見であったろうと思います。

しかし、1979年3月名曲「いとしのエリー」の発売で状況が一変します。メディアや企業が桑田佳祐の価値に気が付き触手を伸ばしてきました。翌月にはオールナイトニッポンのDJに採用され、その他TV・ラジオ・イベント・CMにひっぱりだこになり、この年の紅白歌合戦にも出場することにもなりました。

しかしなんとサザン・オールスターズは、この年の12月に”翌年元日から6ヶ月間のメディアからの撤退宣言”をするのです(レコーディングに専念)。メディアや企業からあまた”美味しいお話”があると言うのにです…。たぶん桑田佳祐は、このまま仕事を続けたらメディアや企業に利用され、タレント化されてしまう事を恐れての決断だったと思います。

※同じ時期にブレイクしたツイストが『銃爪(ヒキガネ)』『燃えろいい女』でヒットを飛ばしメディアや企業の言うがままに仕事をこなしていましたが結局はタレント化されてしまい、バンドは擦り切れ解散・ボーカルの世良公則は俳優となり、バンドとしての音楽活動は短期の間に終了してしまいました。

桑田佳祐は、この6ヶ月間の充電期間に自分たちの本来やりたかった音楽をみつめなおし、メディアや企業に対してはヒートアップしすぎたサザンオールスターズに対する期待感をクールダウンする期間として利用したのだと思います。

そして、6ヶ月後には、また”ゼロ”から新鮮な気持ちで再スタートを切る事ができたのです。そして、この”ヒートアップ⇒クールダウン⇒再スタート”を何度も繰り返す事がサザンが23年にもわたって第1線で活躍する事ができた秘密があるのだと私は思います。たぶん、6ヶ月の休暇をとらずに突っ走っていたら桑田氏はタレント化されバンドはツイスト同様3年持たずに空中分解してたとおもいます。(=メディアや企業に利用され潰される)

次にサザンオールスターズは”常に期待を裏切りながら大きくなってきた”という事についてお話したいと思います。

意外ですがサザンオールスターズのステイタスを決定ずけた80年代には、シングル1位獲得曲がなかったとおもいます(最高位は「いとしのエリー」の2位どまりだったと記憶しています)。90年代前半にはTVドラマ主題歌ブームとバブル景気の追い風で並の曲までミリオンセラーになり数曲1位獲得曲がありました。この23年の間にあまた名曲・売れた曲がありましたが、それに倍する”売れない曲=売れなくてもいい曲(遊びの曲)”が実は存在するのです。
※サザンと言えばヒット曲の連発のように思いますが、実は売れてない曲のほうが多く人知れず記憶から忘れ去られているのです。

では、なぜ桑田氏はそのような売れない楽曲を作っては商品化するのでしょうか?

例えばあるアーティストがたまたま作ったバラード曲が大当たりしたとします。メーカー側は次作品もこれに似た曲調の作品を作るように要請してきます。また、大衆も次作品がバラードである事を期待します。そして、並のアーティストならば次作品もヒットの可能性の高い似た曲調の作品を発表します。むろん前作以上は売れませんが適当には売れます。

そうするとメディアや大衆は、そのアーティストを”バラードの権化”とか言ってカリスマ視しようとします。アーティストはアーティストでその作られたカリスマ像に自分のキャラクターまでも合わそうとします。そのほうが、メディアに出た時大衆を操作しやすいからです。

しかし、このパターンを何回か繰り返すと,常にお客様の期待するような曲しか作る事しか許されず、自由な発想にて創作活動ができなくなり、行き詰まって自殺未遂やドラッグに手をだしてしまう結果になってしまうのです。

ではサザンの場合はどうでしょうか?サザンの3大バラード『いとしのエリー』『真夏の果実』『TSUNAMI』の直後にはバラード曲はないし、もっと言えばヒット曲の前後に当たり曲はありません。すなわち3曲のうち2曲は遊びの曲(売る気のない曲)があります。

もう皆さんは、お分かりでしょうが桑田氏はなぜ売れない曲を発売するのでしょうか?それは、大ヒットによって大衆から求められるカリスマ像を振り払い、自由な発想による創作活動を継続するために大衆にクールダウンしてもらうがために必要な作業なのです。

※しかしそのシングルもまったく無駄なCDではありません。一般のカラオケ・ファンにとっては記憶にも残らない表題曲ですが、2曲目・3曲目にコアなサザン・ファンのための隠れた名曲や次回アルバム制作につながるメッセージが隠されているのです。

ところで、この作業は23年前ブレイク直後に6ヶ月間のメディアでの活動休止に似てませんでしょうか?
つまり”ヒートアップ⇒クールダウン⇒再スタート”です。
1979年当時の桑田氏の決断がいかに計算された勇気ある英断であったかを思い知らされます。

これまでメディアや企業を桑田氏が敵視しているように述べてきましたが、桑田氏はメディアや企業が嫌いな時代遅れの”ヘンコ”ではありません。メディアや企業を利用するときは上手に利用しています。しかし、他のアーティスト達は最終的には企業や業界に遊ばれてしまうのですが桑田氏は唯一業界で自らの意思で遊ぶことができるアーティストなのです。

最後に国民的バラードを熱唱するかと思えば、『マンピーのG★SPOT』[1995/5]を原由子といっしょにさらりと歌ってしまうような頭の柔らかさ・多様性がサザンオールスターズ・桑田佳祐の魅力だと思います。

《店長お気に入り楽曲》
『C調言葉に御用心』[1979/10]
”海・恋愛・バカバカしいノリ”サザンの3大要素がバランスよく交じり合った真骨頂の1曲です。

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