街のCD屋さんMightyのコラム 合言葉は”音楽が好きだから…”
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VOL.24 12/01/2001
遭遇:伝説のレッド・ツェッペリン
2度目の来日コンサート
1972年10月4日大阪フェスティバルホール〜

ツェッペリンのアルバム『4』(通称)の発売によって彼らがナンバー1ロックバンドの地位を不動のものとし、もうすぐアルバム『聖なる館』が発売されるだろうと言われてた時に、ツェッペリンの2度目来日コンサートが行なわれた。

当時私もガチガチのツェッペリン・ファンでしたので、チケットGETのための迅速な行動を起こしました。まず、招聘プロモーターがウドー音楽事務所であることが分かったので、京阪京橋駅(大阪)の公衆電話から東京のウドーに電話して”どこのプレイガイドが一番良い席を持っているか”を聞き出しました。

そして、チケット発売日に大阪環状線の始発にのって梅田の阪急プレイガイドに”イの1番”で並び大阪フェスティバルホールの最前列ど真ん中を2日分(2回公演があった)ゲットしました。当然学校の1時間目はズル休みです。※当時はチケット獲得ものんびりしていて朝6時頃にプレイガイド前に行けば必ず1番をゲットできました。もちろん座席も指定できました。

そしてコンサート当日、学校の先輩達といっしょにルンルンで大阪フェスティバルホールに乗り込みました。開演時間になり、メンバーがぞろぞろと出てきました。ドラムのジョン・ボーナム(以後ボンゾ)がドラムセットに着席し”スコーン”と1発スネアを叩きました。その、音の”デカさ”にまずびっくりしました。

1曲目は、『ロックンロール』です。いきなり聴衆が前の方になだれ込み、どこから飛んでくるのか頭の上へジャンピングして来るヤツもいますし、右の方では、右翼のような体格の警備員がお客さんを片っ端から殴っていました。

みんな椅子の上に立つは…煙草は吸うは…のっけから無茶苦茶な状態になっていました。フェスの従業員がバケツに水を張って、館内で煙草を吸っているヤツの煙草を消しに回ってました。※このあと何年もハードロック系のコンサートにフェスを貸すのは中止されました。だいぶん、椅子が潰れたみたいです

コンサートも佳境に入った中頃、メンバーがボンゾの回りに集まってしばらくコソコソ話をしてました。その後『モビーディック』が始まりました。曲中長いボンゾのドラムソロが始まりました。ドラムソロの間はメンバーはバックステージに姿を隠していました。どうやらこの曲は、プロクラムには無かった曲でメンバーのノリが良かったのか急遽ステージ上で演奏するのが決まった曲だと思います。※2回目のコンサートでは『モビーディック』は演奏されませんでした。

そして、エンディング、アンコールと盛況のうちにお開きとなったのですが、熱狂的なファン(私も)達が、ひつこく”アンコール”を鼓舞し続けました。その内、館内の照明が全てつき、ステージ上のカーテンも全て上がり、ステージ裏のコンクリート壁も丸見えになりましたが、それでも、何百人かの狂心的なファン(私も)は、”アンコール”を叫び続けました。10分経ち…20分経ち…

そのうち、ツアー・スタップ達がドラムセット他を外しにかかりました。それでも、あきらめずに”アンコール・アンコール…”と騒ぎ続けたら、とうとうツアー・スタップ達が、メンバー達を肩車して連れ出してきてくれました。※このままでは、スタップ達の仕事が片付かないと思ってのでしょう。

そして、”奇跡”が起こりました。ツェッペリンがアンコール曲をたった何百人のしつこく残ったファンのために演奏してくれたのです。まさか、演ってくれるなんて思ってもいませんでしたので、感動のあまりどんな曲を何曲やったのかも忘れてしましました。照明全開、ステージ演出もまったくないアンコールでした。

最後のその曲の前にロバート・プラントが小さな声で”お前等眠たくないのか?(もちろん英語)で小さな声で言ったのが聞こえました。

それから、あまり大きな声では言えないのですが、そのコンサートに私は録音機を隠し持っていく事に成功しました。当時は、ウォークマンもまだ発売されておらず、たぶんズボンの後側に小さなレコーダーを忍び混ませて入場口をパスしたのだと思います。120分テープ2本に分けて録音成功したのですが、帰り道先輩方に取られてそのまま行方知れずになってしまいました。(私は、1回も聞いていない)

もし、残っていたら宝物であったのですが、悪い事をしたら良い事はありません。
その後、3日間ほど耳鳴りが取れなかった事言うまでもありません。

《私のROCKで一番好きなギター・ソロ》
ツェッペリンの2ndアルバムの『胸いっぱいの愛』の中にある短いけど、とてもスリリングなジミー・ペイジのソロ・パートです。レスポールとアーニーボール・ライトゲージらしいサウンドです。

ツェッペリンの名盤と言えば2枚目と4枚目が有名です。今では、一番有名な楽曲『天国への階段』(4枚目のアルバム収録)は、当時シングルカットでもなくあまりめだった曲では、なかったと思います。当時4枚目のアルバムの1stシングル・カットはアルバム1曲目の『ブラックドッグ』でした。私の最も好きなツェッペリンの曲は『ブラックドッグ』と『ロックンロール』(これも4枚目収録)です。

レッド・ツェッペリンは、私の青春ですが、アルバム『フィジカル・グラフィティ』が最後の名盤でそれ以後はあまり聴いてません。
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恒例
マイティのX’masデコレーション

店外・店内に総額ウン百万円の
飾り付けが???(^^ゞ

店頭には店内でCD物色中の
サンタクロースが出てくるのを
待っているいるトナカイさんの
姿も見られる。

店内中央には黄金で出来た?
ツリーがぶら下がっている

誰よりもこのX’masの飾り付けを
楽しんでいるのは
店長(四十路)だったり
するのです

次回は正月&”えべっさん”
ヴァージョンです
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