街のCD屋さんMightyのコラム 合言葉は”音楽が好きだから…”
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VOL.27 12/23/2001
私の『演歌論』 資本主義の新しい段階としての階級闘争と革命的思想
※日本語版初版
〜この素晴らしいカテゴリーを聴かない人の気が知れん〜

まずは、私と演歌の関りから紹介させて頂きます。

私と演歌の出会いの原点は”はっきり”しています。1966年私が小学校3年の時お昼のワイドショーで森進一と青江三奈が新人として紹介され歌を唄った時であります。なぜ、そんな小さな頃の事を覚えているかといいますと、青江三奈が真っ金金に髪を染めて出てきたからであります。

その、金髪のインパクトは絶大で、当時アニメ音楽やヤング歌謡曲しか知らなかった私は妖しげな大人の音楽世界(=演歌)の存在と正面から対面することになったと思います。

そして唄ったのがデビュー曲のこの曲です
『恍惚のブルース』 (恍惚て…どうゆう意味やねん?)
作詞者名 川内康範  作曲者名 浜口庫之助
♪女の命は 恋だから (女の人の一番大事なんは、”恋”なんや…)
恋におぼれて流されて (でもおぼれたり、流されたりしたらあかんがな、
女の人て、あほやな〜)
死ぬほどたのしい夢をみた (なのに、なんで楽しい夢観れるねん…
死ぬほど楽しい夢てどんなんや)
あとはおぼろ あとはおぼろ (記憶に無いと言う事か…どうゆう事やねん、ちゃんと言え)
ああ 今宵またしのびよる (前にもあったたんか、今日もあんの?)
恍惚のブルースよ♪ (恍惚て…何やろ)

たぶん、その時私は”大人の女の甘い匂い”を嗅いでしまったのでしょう。
そのトラウマが私の演歌好きを決定ずけていると思います。
※中学校時代は、藤圭子(宇多田ヒカルのお母ん)が、好きでした。


さて本題ですが※ここでは、こ難しい講釈はしたくない!

演歌とは人生における悲喜こもごもを歌った単なる大人の歌謡曲である!
すなわち、演歌は若向きの歌謡曲の延長上にあり別ジャンルではない…という事が言いたいのです。

演歌=古臭いと思われている方があるならば、演歌=大人の歌謡曲と捉えてみてはどうでしょうか?

確かに演歌にもカラオケ需要だけを狙った凡作もあるが、それは若向きの歌謡曲だって同じです。

しかし歌手・作詞家・作曲家の三位一体となって作り出される芸術的な大人の歌謡曲も少なからずあります。それを”演歌でしょ・・・”といって聴く耳もたたないのは,誠にもったいない!

男の哀愁・女の性(さが)・ふるさとへの郷愁・・・四季折々の風物を味わえる日本人ならではの美的感覚を持って大人の歌謡曲をいっしょに味わいましょう!

Q:演歌の起源は何時か

A:客観的に見れば昭和33年(1958年)の村田英雄のデビュー曲『無法松の一生』が起源だとおもいます。それ以前には、歌謡曲はありましたが、演歌と呼ばれる楽曲はなかったと思います。

そして、演歌初の大ヒットは、昭和36年(1961年)村田英雄の『王将』ではないでしょうか?昭和37年には北島三郎のデビュー、そして演歌の独特の”うなり””こぶし”を大衆に知らしめたを一節太郎の『浪曲子守歌』が昭和38年(1963年)のヒット、昭和39年には都はるみ・水前寺清子のデビュー、昭和40年にはバーブ佐竹の『女心の唄』があり、そして昭和41年青江三奈・森進一と以後綿々と続いて行くのです。

しかし、私個人の主観からみれば、上記のアーティストを含め春日八郎・三橋美智也・こまどり姉妹・畠山みどり・藤島恒夫・橋幸男・南春夫…みんな大人の歌謡曲なのです。
※しいて演歌と呼べるのは『浪曲子守唄』ぐらいのものではないでしょうか?

美空ひばり石原裕次郎島倉千代子はどうなってんねん?”
と思われているか方はいませんか

美空ひばり石原裕次郎は、純粋国民歌謡曲
島倉千代子は、現役アイドルであることを
忘れてはなりませんよ!


参考文献:カール・マルクス著『資本論
      :チャールズ・ダーウィン著『進化論

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1年ほど前の旧譜から
1ヶ月先までの新曲までの
約240曲ほどが試聴可能

特に女性演歌は、着物や
コスチュームも見て楽しんで
いただきたいので
ブック置きではなく
フェイス置きが基本です。

わてらの演歌
コーナーも見て下さいませ
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