街のCD屋さんMightyのコラム 合言葉は”音楽が好きだから…”
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VOL.44 4/22/2002
検証:ドリカムが落ちた落とし穴
〜大衆を満腹させたら飽きられる〜

以下の文は、アーティストの典型的なライフサイクル(一生)をドリカムを例にあげて客観的に述べたものでり、ドリカム個人を誹謗中傷するものではありません。ファンの方には悪しからず

コラム#35で述べたように、90年代前半を代表するアーティストは米米CLUBチャゲ&飛鳥でしたが、90年代半ばを代表するアーティストは、ドリームス・カム・トゥルー(以下ドリカム)とMr.チルドレン(以下ミスチル)でしょう。

1994年度(シングル売上1位ミスチル『イノセント・ワールド』181万枚
1995年度(ドリカム『ラブ・ラブ・ラブ』240万枚
1996年度(ミスチル『名もなき詩』230万枚

しかしながら、現時点ではミスチルドリカムでは、その売上の差は歴然としたものがあります。”ドリカム現象”と言われるほどの社会的ブームまでになった彼らの、その凋落のターニングポイントになったある出来事について述べさせていただきます。

ドリカムの成功への道のりについては、皆さんご存知だと思いますので割愛させていただきますが、ドリカムのピークは1995年発売の『ラブ・ラブ・ラブ』です。この曲がトレンディー・ドラマの主題歌として使われドラマの高い視聴率とあいまってドリカム至上初のダブル・ミリオンを達成しました。まさにドリカムにとっては”この世の春”メディアもこぞってドリカムを褒め称えドリカムを利用してさらに売上を伸ばそうとしていました。

しかし、そのメディアの煽りに乗って無意識の内の重大なミスを犯してしまったのです。『ラブラブラブ』は、7月〜9月のTVドラマの主題歌でしたが、10月〜12月のドラマの主題歌も引き受けてしまったのです。結果2クール連続(6ヶ月間)でドリカムの歌が茶の間に流れる事となりました…。

なんぼ”エエ”アーティストでも半年もの間、聴かされ続けたらさすがに”飽き”がきます。アーティストは、ミステリアスな部分を持っていなければ長生きは出来ません。裏も表も見せてしまったらアーティストはだめです。そして、味の出きったチューインガムをもう一度噛もうと思わないのと同じに、一度離れたファンを呼び戻すのは、不可能に近い事なのです。

2クール目(10月〜12月)の主題歌は、確か60万枚どまり、それ以後ミリオンセラーは、無くなりました。しかし、ドリカムのメンバー達は、確かにメディアに利用され一度は躓いたが、まだまだ大衆は我々を支持していると信じ自分たちの実力を証明するために海外進出の夢に賭けにました。

そのためにSONYを辞め海外進出を条件を呑んだ東芝に移籍しました。ソニーは、営利企業として冷静にドリカムの価値を判断していました。今、業界を支配しているドリカムに更に巨額の契約金を払ってドリカムを売り続けるのが得策か?ここで契約を切って巨額の利益を確定するのが得策か?SONYは、後者の選択をしました。そして、”ドリカムの海外進出”に賭けた東芝は…

東芝さんから出した世界発売盤は、もちろん英語詩で唄われました。それは、吉田美和の素晴らしい歌唱力を前面に出しただけの、なにも心に伝わってこない美和ちゃんの自己満足のアルバムでした。ファンは、”ドリカム流の男女のからみ”を唄った日本詩を聴きたかったのではないでしょうか?コレが2度目の躓きです。ファンの期待感を感じられなくなり一人よがりの方向へと歩きだしてしまった。※ファンとの遊離

もちろん、日本でも海外でもこの世界初進出アルバムのセールスは、芳しくありませんでした。ここではじめて、本人たちも東芝さんも今の本当のドリカムの実力を知る事となり、一転海外進出をあきらめ国内に目を向けた作品をもう一度作り始めました。その作品は全盛時と同じクオリティーの有る素晴らしい作品群でしたが、一度離れたファンはもう戻っては来てくれませんでした。

あれだけ沢山ドリカムを買ってくれていたOLの皆さんが店頭でドリカムの新譜を見て
“ドリカムは,もうええねん”
と言う声を良く聞きました。(決して嫌いになったわけではない

もし、『ラブラブラブ』が流行った後、1年でも半年でもメディアからの休養を取っていたら、大衆は暫くしてまた美和ちゃんのあの素敵な声と”男女3人のドリカムワールドの詩”が聴きたくなり、今もミスチルと売上を張り合っているモンスター・アーティストであったことでしょう。
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