腹の出た女



出張したときに、会議でA子と同席した。 A子というのは、子育てをしながら共働きをしている某大卒の才女だ。 以前は同じ部署で仕事をしていたが、俺が転勤してからは、 たまに東京に出張しても、A子とは挨拶程度で、長時間彼女と一緒に会議したのは久しぶりだった。

さて、会議がはじまる前のことだ。 いつものようにてきぱきとした動作で彼女が資料を配っているとき、 俺が座っていて彼女が立っていることもあり、ちょうど俺の目の高さにある彼女のおなかにふと視線が行った。 というのも、スリムな彼女に似合わず、なんか変にぷっくりしてたからだ。

ん?・・・・あ、もしかして・・・・。

思いをめぐらせているうちに、資料配りを終えた彼女が席について、目が合った。 俺のなにか言いたげな視線に気づいた彼女は、「何ですか?」という顔をしてきた。

普通なら、周りから情報を仕入れるなりして、細心の注意を払う。 しかし、俺の中では「A子=スリム」という図式ができあがっていたために 今回は、何のためらいも無く本人に直撃してしまった。

俺は、他の出席者に気づかれないように こっそり「お・め・で・た・・・?」と口を動かした。 それも、ある程度の確信をもって・・・。

ところが、次の瞬間!

あろうことか、彼女は「とんでもない!」とでも言うように、大きく首を横に振ったのだ。

・・・へ?・・・・ええっ!?

そのとき俺は、とてつもない失言を発してしまったことに気づいた。

・・・・・・・その会話はそれっきりだった。

もちろん会議中は、何事も無かったかのように彼女と会話した。 しかし、俺は頭の中で「おめでた」と似た口の動きをする言葉を必死で探していた。

「米出た?」「染めてた?」「止めてた?」「飲めれた?」・・・

もちろん、会議後に「何か勘違いしていない?」とごまかすためだ。

無駄だった。
浮かぶ言葉は、ことごとく不自然極まりない。
さらに決定的なことに、俺はそのとき、左手の手のひらを軽く自分のおなかにあてるポーズをしたのだ。 さすがに、言葉とポーズの双方を満たすシチュエーションは想定できなかった。

おそらく彼女は今も気にしてるだろう。 きっと本人も心当たりがあるはずだ。 俺が妊娠と勘違いした理由に。

幸いにもしょっちゅう顔を合わせるわけではない。時が解決するのを待つことにしよう。

・・・・し〜らないっと。

( 31st May, 2003)


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