色彩の雫

 気づけば辺りは深い闇に包まれていた。
 その闇に絵を描くことに夢中になっていたリュミエールは気づかなかった。
 書き始めたのは御茶の時間を過ごした後だった。
 それからずっと手を休めることなく、私室でリュミエールは黙々と絵を描き続けていた。
 何枚も用意された真っ白な画用紙に・・・。
 そんなリュミエールが闇が深くなっている頃になってやっと手を休めた。
 それは切りのいいところまで書き終えたからだった。
 そして、何気なく目をやった窓の外の闇を見て夜になっていたことに気がついたのだった。

「もうこんな時間になっていたのですか?」

 昼間だと思っていたのに夜更けになっていたことに驚きの言葉をリュミエールは口にした。
 はっとして、時計を見るとだいぶ時が経っていることをリュミエールは知った。
 そして、どうしてこんな時間になるまで夜になったことに気づかなかったのだろうとそう思った。
 いくら何でも暗くなったら気づくはずなのに・・・と。
 その答えは簡単なまでにすぐに見つかった。
 それは昼間と同じ光を灯す明かりのせいだった。
 その明かりがリュミエールの手を進めさせ、闇を気づかせないでいたのだった。
明かりをつけたのはもちろんリュミエールではない。
 ここはリュミエールの館。
 リュミエール以外に人はいないはずだった。
 なのに、明かりがつけられていた。
 その上、机の上には冷め切った御茶の入ったティーカップと夕飯と思われる食事が邪魔にならない場所に用意されていた。

「いつのまに・・・?」

 それが置かれたことや人が入ってきたことにも気づかなかった自分に驚きながらそう呟く。
 誰かがここに来たのは一目瞭然だった。
 はっとして、周囲を見渡して見たが人の影はなかった。
 夢中になりすぎていた自分に苦笑しながらリュミエールはすくっと椅子から立ち上がった。
 そして、「誰か」の姿を捜し始めた。
 まずは自分のいる部屋から・・・。
 しかし、部屋にはリュミエール以外誰もいなかった。

「帰られたのでしょうか?」

 小さな溜息をつきながら言葉を零す。
 リュミエールにはもう「誰か」の検討はついていた。
 優しい心遣いに気づいたときに・・・。

「きっとそうですよね・・・・私を気遣って・・・」

 優しい方だから・・・と言葉は続くはずだったがその言葉は声にならずに溜息に変わった。
 その気遣いに気づけなかった自分に対してやるせなさを感じていたからだった。
 自己嫌悪と罪悪感を感じながらリュミエールは冷めた御茶に口を付けた。
 その味は冷めていてもその人物を彷彿させるものだった。
 温かで、優しい味だった。
 それをゆっくり飲み干し、リュミエールはカップを元の場所に置くと自分の描いた絵を手にした。

「貴方が頭に描くものと同じものだと嬉しいのですが・・・」

 リュミエールが夢中になって描いていたのは紙芝居の絵だった。
 アルカディアの子供達に喜んで欲しいと思い、提案されたものだった。
提案したのはリュミエールではなく、別の人物。
 その人物は話は書けても絵を描くことを苦手としていた。
 そうとあって、リュミエールに絵の依頼が来たのだった。
 その申し出は光栄の極みだった。
 ずっとその人物の力になりたいと願っていたから。
 頼りにされたことが何よりも嬉しかった。
 返事はもちろんイエスだった。
 満面な笑みでそう答えた。
 その返事に極上の微笑みが向けられた。

『ありがとう、リュミエール』

 自分にだけ向けられたその微笑みにリュミエールは最上の幸福を感じた。
 ぎゅっと握られた手の温もりが一層それを強く感じさせた。
 衝動的に抱き締めたくなったが、その感情をぐっとこらえ、幸せだけを噛みしめた。
 リュミエールは密かにその人物に想いを寄せていた。
 告げることをせず、見つめるだけの恋をしていた。
 それでも充分幸せだったから・・・。
 けれど、紙芝居を作るようになってからリュミエールの中で少しずつ想いの形が変化していった。
 二人でいる時間が長くなり、それが当たり前のように感じるようになってきた時から・・・。
 ずっと側にいたいと願うようになっていた。
 そう告げたいと思うようになっていた。
 その想いをまだ告げる勇気がなく、強くなった願いは紙芝居へぶつけていたのだった。
 期待に応えたいという気持ちと想いを形にできるようにという願う心がリュミエールを紙芝居へと没頭させたのだった。

「これが完成してしまったらもうあんな時間を過ご須子とはなくなってしまうのでしょうね・・・」

 描きあげた絵を見つめながら、寂しげな表情でそう呟く。
幸せだった時間を思うとそれはすごく寂しいことだった。
 残すとこ、あと1枚・・・。
 それを描きあげれば紙芝居は完成する。
 時間はまだある・・・。
 ぎりぎりまでこの幸福な時を過ごしたいと思うのだが、それ以上に幻滅されたくないという思いが強くあった。

「ここまできてそんなことで悩む私を貴方はどう思われるのでしょうね・・・」

 自分の中に芽生えている葛藤にリュミエールは苦笑した。
 そんな時、部屋のドアがふいに開かれた。
 そのことにリュミエールは反射的にドアへと目を向けた。
 するとそこには・・・。

「やっと一段落ついたようですね〜。お疲れ様です、リュミエール」

 そう言って部屋に入ってきたのは地の守護聖ルヴァだった。
 夜食と御茶を載せたトレーを持ちながら現れた。
 彼こそがリュミエールの想い人だった。

「ルヴァ様、まだいらしていたのですか?」

「ああ、すいませんね。こんな時間まで貴方の屋敷に居座ってしまって・・・」

 もう日にちさえ変わっている時間になっていた。
 そんな時間までいてくれたことにリュミエールは驚きの表情を見せた。
 そんなリュミエールにルヴァはすまなそうにそう答えた。

「いいえ。そうではなく、私を気遣っていてくださったのですね。ずっと・・・」

 首を横に振った後、リュミエールは微笑みをルヴァに向けた。
 とても穏やかな笑みを。
 その笑みにほっと安心したようにルヴァは微笑み返す。
 優しい空気がそんな二人の間から漂い始めた。

「有り難うございます、ルヴァ様」

「いいえ。お礼を言われるようなことは何一つしていませんよ。そういうのでしたら私の方ですよ、リュミエール」

 心から想う気持ちをリュミエールは言葉にした。
 その言葉にルヴァはそう返事を返した。
 そして、感じていることをその後、言葉にした。

「私が言い出したことに貴方を巻き込んでしまいました。それなのに貴方はこれほどまでに熱心に協力してくださっている。そのことにとても感謝しています。その気持ちを少しでも返せたらと思ってやっていることですからどうか気にしないでください、リュミエール」

 ルヴァは持ってきたトレーを机の上にのせ、ちゃんとリュミエールと向き合う。
そして、視線を合わせた。
 綺麗なグレーの瞳にリュミエールだけが映る。
 その瞳を見て、リュミエールは得も言えぬ想いに駆られる。
 そして、その想いは行動となった・・・。

「ルヴァ様」

「リュ、リュミエール?」

 衝動的に身体が動き、気づけば華奢な身体を抱き締めていた。
 そして、熱く愛しい名を囁いていた。
 伝わってくる温もりにリュミエールは瞳を閉じる。
 それとは対照的にいきなり抱き締められたことにルヴァは目を見開いた。
 そして、戸惑いながら名を呼んだ。
 そんなルヴァをリュミエールはぎゅっと強く抱き締める。

「どうか許してください、ルヴァ様。想いに勝てない私を・・・」

「あ、あの、その・・・」

「未熟な私を許してください・・・」

「リュミエール・・・」

抱き締めた手から伝わる温もりに謝罪の言葉を口にした。
 残りわずかに残された時と目の前にいる愛しい存在がリュミエールを動かし、そして本心を引き出していく。
 葛藤していた心が徐々に解放されていくのを止めようとリュミエールはルヴァを強く抱き締めていた。
 突然の行為に驚いたもののリュミエールの言葉にルヴァは表情を微笑みに変えた。
 それはリュミエールの想いを感じたからだった。

「私は嬉しいですよ。貴方にこうしてもらえるんて思っても見なかったですから。ですから自分を責めないでください、リュミエール」

「ルヴァ様・・・」

 思いも寄らぬ言葉がルヴァから返される。
 その言葉にリュミエールは閉じていた瞳を開けた。
 リュミエールの反応に、ルヴァは堰を切ったように言葉を綴る。
 ずっと思っていたことを・・・。

「紙芝居を創ろうと思った時、貴方のことが浮かびました。絵が描けるということだけではなく、貴方と一緒に創ったら楽しいだろうと思ったからです。正直、私は貴方と過ごす時間が欲しかったのですよ・・・。ですから、引き受けて貰えたときすごく嬉しかったんですよ」

 いつもに増して穏やかな口調で真実を話すルヴァ。
 その真実にリュミエールは幸福感を感じ、瞳の端に涙を浮かべた。

「そう言ってくださってありがとうございます。私は宇宙一の幸せ者ですよ、ルヴァ様」

「リュミエール・・・」

 心の葛藤を溶かす真実の言葉にリュミエールは真珠のような涙を零す。
 その雫は頬伝い、そしてルヴァの肩を濡らした。
 雫は止めどなく、流れ落ち続ける。
 その雫をルヴァは微笑んだまま、受け止めていた。

「私はずっと貴方に隠してきました。この胸の奥にある想いを・・・」

 涙をふくんだ声でリュミエールは言葉を繋ぎ出し始める。
 それはルヴァから受け取った言葉から引き出せた。
 少しのためらいを感じながらも想いを告げる言葉を・・・。

「私はずっと前から貴方をお慕いいたしておりました。出会って時からずっと・・・。私は貴方にその想いを告げるのを怖がっていました。自分の想いを押しつけて貴方が傷つくんではないかという考えから・・・それが怖くてずっと隠してきました。でも、それはきっと自分が傷つくことを恐れていたせいなのです。貴方に受け入れて貰えなくなるのでないかということに怯えていたのです」

 勇気を奮い立たせながらリュミエールはルヴァに語る。
 その身体はわずかに小さく震えていた。

「でも、今なら言えます。この胸の想いを言葉にし、貴方に告げることが・・・」

 きつく一瞬抱き締めた後、リュミエールは手をルヴァからほどいた。
 そして、ルヴァを今まで見せたことのない真剣な表情を見せた。
 その顔は男をルヴァに感じさせた。

「貴方を愛しております」 

 いつものリュミエールからは想像もできないほどに熱く、そして深さを感じさせる愛の言葉が囁かれた。
 その言葉にルヴァは動けなくなる。
 背筋を駆け抜けていった甘い痺れを感じて・・・。

「この宇宙で誰よりも貴方を」

 そう言った後、リュミエールは極上の笑みを浮かべた。
 何とも言えぬ達成感を感じて出た笑みだった。

 そんなリュミエールにルヴァは顔を赤らめながら問いかけた。

「これは夢・・・・ですか?」

と・・・。
 その問いにリュミエールはそっとルヴァの頬に触れ、答えた。

「夢でありませんよ、ルヴァ様。決して夢では」

「あの、その、夢ではないんですね。あまりにも都合がいいようなもので・・・ね?」

 本気に告白されたことにルヴァは現実か、夢かの区別が付かなくなっていた。
 そう望んでいた自分がいたから余計に夢と思えたのだった。
 都合のいい夢を見てるのかもしれないと甘い痺れを感じたから・・・。
 でも、それを夢ではないとリュミエールは自分の温もりで伝えた。
 その温もりに我に返り、ルヴァはあたふたと慌てふためき、そう答えた。
 初々しいルヴァの反応と言葉にリュミエールはふふっと笑うと、いつもの口調で話をし始めた。

「あと1枚描き終えれば紙芝居が完成します。このままでいけば明日にでも。その後、子供達に披露なさるのですよね。その後に御願いしたいことがあるのです」

 そんなリュミエールにルヴァははっとし、照れ笑いを浮かべた。
 そして、リュミエールの言葉に返事を返す。

「御願いですか?私の出来ることなら何でもいってください。貴方にはずいぶんとお世話になりましたから」 

「でしたら・・・」

 ころころと変わる表情の変化を見せるルヴァ。
 今までにないくらいの表情の数を・・・。
 そんなルヴァにリュミエールは話を切り出す。

「その時に貴方にお伝えした想いの返事をください。どうか御願いいたします」

 そう言って、リュミエールは微笑んで見せた。
 緩やかな波が立つ心のままに・・・・。
 そんなリュミエールにルヴァはある決意を決める。
 そして、返事を返す。
 胸の奥にある想いを告げることを・・・。

「わかりました。必ず貴方に返事を返します。紙芝居の終わった後に・・・」

そして、その後ルヴァはリュミエールの館を後にし、自分の館へと帰っていった。
 紙芝居はリュミエールが言っていた通り、翌日に完成された。
 二人の才能が上手く調和した素敵な紙芝居が・・・。
 その紙芝居は今度の日の曜日披露されることとなった。





× × ×




日の曜日。
 二人の創った紙芝居がアルカディアの子供達に披露された。
 反応は予想以上だった。
 そのことが二人にとって大きな喜びとなった。
 そして、その夜、約束の時がやってきた。
 ルヴァがリュミエールに返事を返す時が・・・。
 あの夜に打ち明けられた想いに返す答えを・・・。
返事はもちろん一つだった。
 何のためらいもなく、二人きりになった時に外されたターバンがその返事を予告する。
 予告はルヴァの告白により真実とされることとなった。
二人で創った紙芝居が永遠を約束させ、そして幸せな時間を生むこととなった・・・。 
色鮮やかな未来が二人の中で描かれていく。
 白い画用紙にではなく、二人の心の中に・・・。







■END■