【いちばん短い愛の詩】


『いつか必ず僕の所に来て下さい・・・ずっと待ってます』

寄せては返す波の音の聞こえる場所にセイランは一人住んでいた。
小高い丘の上にひっそりと立っている小屋に・・・。
窓辺からは雄大に広がる海原が広がって見えていた。
夜空に浮かぶ月がやけに明るく、海にもその存在を与えていた。
そんな景色を見つめながらはセイランは自分が言い残した言葉を思い出していた。
何度も出会って別れを繰り返した愛しい人に言い残した言葉を・・・。

「あれから10年・・・・か・・・」

知らず知らずの内にそんな年月を経ていることにセイランは苦笑する。
室内には今まで創った作品の数々が置かれていた。
それらはすべて愛しい人を思って創られた物だった。
だから、ここにあった。
誰も知らない自分だけの空間に・・・。
自分の想いを形にした物達に囲まれ、セイランは日々を暮らす。
何にも縛られない日々を・・・。
時を経れば経るほど愛しさは募るばかりだった。
色あせることのないその存在がセイランをかき立てる。
そのことが幸せでもあり、歯がゆくもあった。

「聖地ではどのくらい経っているんだろう・・・」

歯がゆいのは自分とその人との距離。
セイランには10年でも、その人には何日に過ぎないことが・・・。
そのことを3年ほど時を経た再会した時に痛いほど知った。
自分とその人の時間の長さに違いを・・・。
出会ったことを後悔したこともあった。
住む世界があまりに違いすぎるから。
でも、それ以上に好きだった。
忘れられないほどに・・・。

「あなたは今頃何を・・・そして・・・何を思って・・・」

月を見つめながらセイランはそう呟く。
いつか一緒に見た夜空を思い出しながら・・・・。

『この空はどんな場所にいても続いているのですよね・・・。あなたと私がどんなに離れても・・・』

優しく穏やかな声がその言葉と共に思い出される。
そして、微笑みも・・・。

「あなたの言葉が今の僕を支えていますよ・・・今も・・・そして、これからも・・・」

その人を思いながらセイランはそう切なく呟く。
会いたい・・・と同時に心の中でそう呟いていた。
決して自分から会いに行かない。
最後に言い残した言葉を信じるためにそう言い聞かせてきた。
何度となく思いの強さに負け、会いに行こうとする自分に。
望めば行ける場所・・・。
でも、それをあえてしないと心に固く誓っていた。
その人を信じていたから・・・。
そして、自分を信じていたかったから・・・・。

「信じています・・・・あなたを・・・・ずっと・・・」

想いを込めて、言の葉を夜空へと放り投げる。
いつその人に届くことか分からないけれど、いつか届くことを願って・・・。
そして、今夜も瞳を閉じる。
窓辺から祈りを捧げながら・・・・。




*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*




「・・・セイラン・・・」

懐かしい声が聞こえてくる・・・。
一番聞きたかった声が・・・。
優しく、そして強く自分の名を呼んでいる・・・・。
夢の中だから望むものが聞こえるのだろうか?
瞳を閉じて、そのまま眠りについたことで久しく見なかった夢を見ていた。
手を伸ばせばそこに愛しい人が抱き締められる。
そんな場所にいた。

「ずっと逢いたかったですよ・・・」

微笑みと共に告げられる言葉にセイランは目を細める。
そして、微笑んだ。
その微笑みにセイランはすっと手をのばす。

「僕もですよ・・・・ずっとそれを望んでました・・・」

そして、そっと愛しい人の頬に触れた。
するとその頬には温かな温もりがそこにはあった。
夢とは思えない確かな感触が・・・・。

「えっ?夢じゃ・・・・」

その感触に驚き、セイランは瞳を見開く。
そして、反射的に触れているものに目を向けた。
そこには・・・・。

「ええ、夢ではありませんよ。セイラン・・・」

そう言ってそっと触れてきたセイランの手に自分の手を重ねて愛しい人がいた。
ずっと前に別れたままと同じままの姿で・・・・。
変わらない微笑みを讃えながら・・・・・。

「ルヴァ様・・・」

愛しいその名を呼ぶとセイランは呆然とした眼差しを向けた。
そして、その後片方の手で自分の頬をつねった。
思いっきりつねった頬は瞬時にセイランに傷みを知らせる。
その傷みにセイランはぼそっと呟く。

「痛い・・・・」

「あ〜ぁ・・・大丈夫ですか?セイラン???」

セイランのとった行動にルヴァは驚き、心配する。
赤くなった頬に触れ、優しくルヴァはさすった。
そんなルヴァにセイランはクスっと笑う。

「相変わらずですね、あなたは。別れたときとちっとも変わっていない」

「そうですか?」

「えぇ、僕が好きなあなたのままだ・・・・」

セイランの言葉にルヴァは優しく微笑み、言葉を返す。
それが堪らなく愛しいと思わされてしまう。
こんな人だから好きになったんだと・・・。
その愛しさにセイランはルヴァを抱き締める。

「覚えていてくれたんですね・・・」

ぎゅっと抱き締めるとそこにはずっと忘れなかった温もりと感触があった。
柔らかで温かなものが・・・。
それがセイランに夢ではないことを教えた。
じわっとくる感情にセイランは瞳の端に涙を浮かべた。

「あなたとの約束でしたから・・・今まで忘れずにいましたよ・・・ずっと・・・ね」

セイランの腕に抱かれ、ルヴァはそう言葉を返す。
それは本心から零れた言葉だった・・・。
ルヴァの瞳にもセイランと同じものが浮かんでいた。

『待っていて下さいね。私は必ずあなたの元に・・・』

セイランが最後に残した言葉にルヴァはそう答えて笑った。
それは二人の交わした約束であり、誓いだった。
それが今果たされた。

「あなたに逢えなかった間、寂しかった・・・。切なかった・・・」

「セイラン・・・・」

「でも、そんな日々があったからこそあなたが約束を守ってくれたことがこんなにも・・・」

溢れる想いにセイランはルヴァを強く抱き締め、涙を零す。
約束が果たされることをただ願っていた。
その間、不安や後悔が寄せては返す波のようにやってきた。
それが寂しさや切なさをセイランに感じさせていた。
でも、もうそんな思いから解放される。
重かった足かせが外された心地がした。
落ちていく涙がすべてを洗い流し、ルヴァに向ける想いをきらめかせた。
そして、その涙はルヴァの肩を濡らした。

「私も嬉しいですよ・・・セイラン・・・。あなたがずっと待っていてくれたことが・・・」

微笑みを浮かべながら涙をルヴァも同じように零した。
彼との約束を果たしたい。
その想いを今日までずっと抱いていた。
彼の想いを・・・そして自分の想いを信じていたかったから。
しかし、時は流れていく。
その間、ルヴァは不安と迷いを抱かずにはいられなかった。
自分とセイランの時間の流れの違いに・・・。
彼が生きている間に逢えるかどうかわからない・・・。
その間に彼の心が変わってしまっているのではないかと・・・。
そんな不安と迷いと戦いながら守護聖としての役割を終える日を待っていた。
そして、その日がやってきた。

「私はあなたに会うまでずっと怖かった・・・・」

「ルヴァ様・・・」

「あなたと私との時間の差がとても・・・とても・・」

聖地にて、最後に一つ女王に願いを叶えてもらった。
セイランの生存と居場所を教えて欲しいという願いを・・・・。
『彼は生きている』
その返答にどんなに不安が消されただろう。
彼の心が変わっていても約束を果たすことが出きる。
その事がルヴァを突き動かし、ここまでやってきた。
何度叩いても返事がなかったドアを勇気を出して開け、そして窓辺で眠っている彼の姿を見つけた。
その姿に思わず泣き出しそうになった。
自分の抱いていた想いの大きさに・・・・。

「不安と迷いはずっと私の中に絶えずありました。・・・けれど、あなたの言葉を聞いたとき、溶けて消えていきました・・・」

お互いに不安を抱いていた。
約束を信じながらも・・・。
けれど、こうして再びあって抱き合ったことによってそれはまるで無かったかのように消えていった。
それを実感していた。

「僕はもう一生あなたを離さない・・・・」

真紅の言葉をセイランはルヴァに囁くと強く抱き締めた。
その後、抱き締めていた腕を放し、ルヴァと顔を見合わせた。
ルヴァの瞳に残る涙を指ですくい取りながらセイランは次の言葉を口にする。

「もう二度と同じ想いをさせないと誓いますから・・・もう一度約束してくれますか?」

「ええ、あなたとなら何度でも・・・・」

セイランの言葉にルヴァはにっこりと微笑みそう返事を返した。
その微笑みに後押しされてセイランは約束を口にする。

「いつまでも僕の隣にいてくれると約束して下さい。必ずあなたを幸せにして見せますから・・・」

そう告げて、セイランは今までになく美しい笑みを見せた。
その笑みにルヴァは思わず見とれてしまう。

「・・・・」

そんなルヴァにくすっと笑うとセイランはルヴァの頬に手をかけ、静かに唇を寄せていった。
近づいてくるセイランの唇にルヴァは自然と瞳を閉じた。
柔らかな感触。
伝わってくる温もり。
それらがすべて愛おしい。
だからこそ、誓いたい。
そうセイランは心から思った。

「愛してます・・・・」

長い長い口付けの後にセイランは一番告げたかった言葉を口にした。
最上の笑みを浮かべて・・・・。
それにルヴァは応えて微笑む。
そして・・・同じ言葉が返される・・・・。

「私もあなたのことを愛してます・・・心から・・・」

重なる微笑みで誓いを二人はたてる。
決して離れないことを・・・・。
そして、幸せになることを・・・。
それから二人は旅に出る。
互いをもっと知るために・・・。
いつか来るその時までに色鮮やかな時を一緒に刻んでゆくために・・・。





【END】