永遠とはどれくらいの長さをいうのでしょうか?
 形になるものなのでしょうか?
それとも、ならないものなのでしょうか?
 私は永遠を・・・。
 それを形として手に入れたい・・・。
 


    

DRAWING





 そこは光の入らない薄暗い小さなアトリエ。
 そのアトリエは水の守護聖の私邸の中にひっそりとあった。
 その私邸が改築されてから何代目かの守護聖が密かに造ったものだった。
 秘密の場所として・・・。
 手の込んだ造りによって誰にも気づかれない、知られない場所となっていた。
 その守護聖がいなくなってからもずっと・・・・。
 そして、数百年の時が流れた。
 百年の時を経ても秘密のアトリエは存在していた。
 そして、そのアトリエの存在に気づいた者が現れた。
 それは何代か後に水の守護聖になったリュミエールだった。
 私邸を賜ったその日に何気なく入った部屋の中から隠し通路を見つけ、そして秘密とされていたアトリエを見つけたのだ。
 そして、そのアトリエはそれからリュミエールの秘密の場所となっていった。
 そして、それから4年が過ぎた。
 その間にアトリエには物が2倍以上に増え、それと反比例して溜まっていた埃は消えていった。
 そのアトリエにランプを手に、リュミエールは事ある事に訪れていた。
 時には一日に何度もいう事もあった。
 相変わらずアトリエは誰にも知られずにいた。
 それはアトリエへの隠し通路が人目に付かない場所にあり、複雑なものになっていたからだった。
 通路を通るリュミエールの手にはランプの他にスケッチブックが抱えられてあった。
 それはこのアトリエに訪れる時に必ず手にしてくるものだった。

「これで何冊目になるでしょうね」

 そう呟いて、くすっとリュミエールは笑うとアトリエの中に入っていった。
 持ってきたランプを天井にあるフックにかけ、手にしていたスケッチブックをアトリエにある棚に置いた。
 その棚はリュミエールが密かにここに運んで置いたものだった。
 棚の向かい側には元の主の棚があった。
 どちらの棚にも同じ物が存在していた。
 スケッチブックが・・・・。

「これで100冊目になるんですね・・・」

 微笑みを浮かべながらスケッチブックの背表紙を指で撫で、そう呟く。
 その行為には愛しいという感情が込められていた。
 ここにあるスケッチブックにはたった一人の人物の姿が描かれていた。
 リュミエールの想い人の姿が・・・。

「自分でも驚くほどの冊数を描いたものですね・・・本当に・・・」

 そう言って、向かい側の棚に目を遣った。
 そこにはリュミエールの棚の冊数より多いスケッチブックがあった。
 色とりどりの古いスケッチブックが・・・。
 それ以外にも棚の脇には布のかかった肖像画が壁にたて掛けられてあった。
 数え切れないほどの作品の数にリュミエールは目を細める。
 いつみても凄いと・・・。

「まだまだ貴方には敵いませんね・・・」

 微笑みを浮かべてそう呟く。
 それらすべての作品にはリュミエールと同じように元の主の想い人の絵が描かれていた。
 そして、その一枚一枚の裏には日付や想いなどが刻まれていた。

「私がこのアトリエを見つけだせたのは貴方と同じだったからなのでしょうね・・・きっと・・・」

 にこっと笑って向かいの棚のスケッチブックを一冊手に取った。
 ページをめくるとそこには愛を感じさせる絵が描かれていた。
 その絵を見るだけでその人の想いが伺えた。

「とても好きだったのでしょうね・・・この方が・・・」

 感情を込め、そう呟く。
 何冊、何枚めくっても想い人の絵が続く。
 そんな絵に自分の想いを重ねる。
 色あせてもこうして想いは形として、時を経ても残っている事に夢をはせてしまう。
 自分の描いたものもそうなるように・・・と。

「おや?こんな所に・・・・」

 最後の一冊の最後のページの裏には元の主がこの館を去る日の事が書かれていた。
 何度も見たことがあったが、そのページの裏に気づいたのは今日が初めてだった。
 それは今までになく長い文章だった。
 丁寧で優しい字がそこには書き綴られていた。
 それは読みようによっては手紙のようなものだった。
 内容はこうだった。
 結局片思いのままだったと・・・・。
 見つめているだけで何も伝えられずにいたけれど、その人が幸せそうに笑っていてくれたから自分を見失わずにいられたと。
 孤独と不安を抱えたままでいた自分に光になってくれていたから・・・。
 見つめているだけで・・・。
 その人のことを絵に描くだけで幸せだった・・・と。
 そう記されていた。  
 そして、誰にもこの想いを、想いの形である絵の数々を知られずにいたかった。
 だから、このアトリエを造ったのだったと付け加えていた。
 自分がいなくなっても想いが形として永遠に残るように・・・と。
「幸せだったのですね・・・そうですよね・・・・」

 ページを閉じ、丁寧に元あった場所にスケッチブックを戻しながらリュミエールは誰かに語りかけるように口を開いた。

「この描き残されたスケッチを初めて見た時、何て愛を感じさせるものなのだろうとそう思いました。と同時に私にもこの様な絵が描けたら・・・と」

 言葉を綴りながらここを見つけたときの自分を思い出す。
 まだ恋もしたことがなかった自分
を・・・。

「でも、あの時の私には今のような絵が描けませんでした・・・」

 ただ描くだけではあの絵のような物は描けない。
 それはあの頃の自分にも分かった。
 似せることで描ける絵ではないことは・・・・。
 だから、何も描かなかった。
 ただ残されていたスケッチを見るだけの日々を過ごしていた。

「あの方のことををまだ良く知りませんでしたから」

ふふっと声を上げ笑うとリュミエールは向きを変え、自分の棚にある一番最初に描いたスケッチブックを手に取った。
 表紙をめくるとそこには記憶に鮮明に残っている姿が描かれていた。
 忘れないように描き残した絵が・・・。
 最初の一ページを描いたのは3年前。
 守護聖としての責務をこなせるようになってきた頃だった。

「この絵を描いた日から私は恋をしたのですね」

 そう呟くとスケッチの中の想い人にリュミエールは微笑みをかける。
 絵を描きたいと思わせた微笑みに・・・。

「あの方はもう覚えていらっしゃらないでしょうけど、私は今でも覚えているのですよ。あの日、魅せられた微笑みを・・・・」

その呟きと共にその日の出来事が脳裏を駆けめぐった・・・。




× × ×




3年前のとある日。

『何処に落としてしまったんですかね・・・』

 執務が終わり、皆私邸へと帰る時間に半ば泣き出しそうな表情でその人は何かを探していた。
 徐々に日は沈み、暗くなっていくことに焦りと不安を抱きながら必死になって・・・。
 そんな姿を偶然に見つけたリュミエールはその人に声をかけた。

『どうしました?』

 その声にその人はゆっくりと振り返り、その間に表情を一変させた。

『リュミエール、こんにちわ。これからお帰りですか?』

 泣き出しそうな表情ではない。
 いつも見せる微笑みと穏やかな声で言葉は返された。
けれど、少しだけいつもと違っていることにリュミエールは心配げに声をかける。

『ええ、そうですが・・・。何か落とされたのですか?』

『あっ、いや・・・・そのですね・・・』

 リュミエールの言葉にその人は言葉を濁す。
 その表情には取り繕った微笑みは消えていた。
そんな姿にリュミエールは笑みを零し、こう声をかけた。

『もしよろしければお手伝いさせて下さい』

 そう言った後、言葉通りに捜し物を探す手伝いをリュミエールはし始めた。
 そんなリュミエールに戸惑いを感じながらもその人は微笑んだ。

『ありがとう・・・』

 その言葉を一緒に零して・・・。
 それから二人で捜し物を探し始めた。
 その間に日は沈み、夜へとなっていった。
 思い当たる所はすべてくまなく探したが、しかし捜し物は見つからずじまいだった。

『見つかりませんね・・・』
 夜空を見上げ、悲しげに呟くその人を横目にリュミエールは諦めず探していた。 
 月明かりだけを頼りに・・・。

『リュミエール・・・』

 そんな姿にその人は微笑み、リュミエールと一緒に諦めずに探し続ける。
 広い聖地中を・・・。
 そして、数時間が過ぎた・・・。

『あっ・・・あれは・・・・?』

 キラっと光る物が林の中を探している時にリュミエールの目に入ってきた。
 その光にひかれ、リュミエールはその光る物を歩み寄り、そして手に取った。
 するとそれはずっと二人で探し続けていた物だった。
 やっと見つけだせたことにリュミエールは笑みを浮かべると持ち主である人の元へと向かった。

『捜し物が見つかりましたよ』

『えっ?それは本当ですか、リュミエール』

『えぇ、本当です。ほら・・・』

 息を弾ませながらリュミエールはその人にそう告げ、大切に握っていた捜し物を手を差し出して見せた。
 それを見た瞬間、その人は目を見開く。   

『あぁ・・・本当に見つかったんですね・・・』

 見開いた瞳に涙を浮かべ、その人はそう言った。
 それは安心したことによって浮かんだ物だった。

『良かったですね、見つかって』 

 その人の表情が緩んだことにリュミエールはほっと胸をなで下ろす。
 そして、捜し物をその人の手に渡した。
 捜し物とは小さな金色のピアスだった。
 それはその人がいつも身につけている物の片方だった。
 渡されたピアスを大事に袖から出した布に包み、そしてその人は胸に抱えた。

『ありがとうございます、リュミエール』

今までに見せたことがないほど柔らかで美しい微笑みがその言葉と共に零された。
 と同時に浮かんでいた涙が雫となって落ちていった。

『・・・』

 今までに見たことがないその微笑みの美しさにリュミエールは言葉を失う。
 月の光がその微笑みをリュミエールの瞳の奥にまで焼き付け、記憶に残した。

『本当にありがとう・・・』

 その言葉でこの出来事は幕を閉じた。
 それはほんの些細な出来事だった。
 きっとその人には・・・。
 けれど、リュミエールにとっては忘れることの出来ないものになった。
 自分の中で変化が起きたから・・・。

 


× × ×




 微笑みに魅せられ、恋に堕ちて3年・・・。
 その想いは形となっていた。
 100冊にもなるスケッチブックがそれを表していた。
 リュミエールは手にしていたスケッチブックを棚にしまうともう一度背表紙を指で撫でた。
 そして、本心を口にする。

「描いても描いてもあの方のすべては留めきれないのですよね・・・」

 すべてを描きたい。
 それが今のリュミエールの強い想いだった。
 まだ想い人の一部しか知らない。
 今のままではすべてを描くのは無理な話だと分かっていた。 
 想い人のすべてを描くことを望んでいる自分にリュミエールは決断を下す。

「私は以前から心に決めていたことがあるのです。100冊描くことが出来たら・・・この想いをあの方に打ち明けるということを・・・・」

 元の主の幻影を見ながらリュミエールはそう言った。
 その瞳には揺らぎのない光があった。

「私は貴方のように強くないですから・・・。だから、この想いを、この恋を形にしたいのです。どうか見守って下さい」

にっこりと微笑み、そう言葉を投げかける。
 その心には不安も迷いも消え、想いを信じることだけが残っていた。

「また来ます・・・・新しい一冊を持って・・・・」

 リュミエールはそう言い残して、アトリエを後にした。
 101冊目が今までと違う物になっていることを願いながら・・・。
 そして、数日後・・・・。
 101冊目がアトリエに置かれる。
 それはすべてを描く始まりともなった・・・。






【END】