幸福な家庭
 
 

ZEFF  *  SANJI
 
 
 
 
 

水上レストランバラティエが開店してから1年がたつ。
海の中のレストランという奇抜な発想から、色々な客がやってくる。
海賊もくる。
だが、普通のお客さんもたくさんきていた。

コックも曲者揃い。
だが料理に対する情熱に溢れたものばかり。
 
 

「60才のお誕生日おめでとう」
シャンパンで乾杯する5人づれの一家。
レストランの窓際の席にその一家は席をしめていた。
裕福そうな身なり。
上品な物腰。
おだやかそうな老婦人。
その息子ときちんとした身なりの嫁。
「おばあさま、これぼくらからのプレゼントです。お気に召すとよいのですが」
孫らしき2人の少年が小さな堤を手渡す。
一人は黒髪で利発そうな顔立をした15才くらいの少年。
もう一人は金髪でおっとりした感じの10才くらいの少年。
「まあ、ありがとう。最高のプレゼントよ」
皆がほほえむ。
幸せで恵まれた家庭。
幸せで恵まれた子供達。
 
 

「おい、見たか?」
厨房でコックたちが噂する。
「あのコート、何万ベリーすると思うか?」
「何十万の間違いじゃねえの」
「なんでも、大船主らしいぜ」
「あー、おれたちとは縁のない人種だぜ」
喋りながらも、次々に料理は完成していく。

「けどよー。あのテーブルにいたガキ、どっかでみたことあるような・・・」
「だろ、オレもちょっとそう思ったんだが、あんなお上品そうなガキに知り合いは・・・」
そういって鍋をとろうとして振り返ったカルネの目はある一点で釘付けになった。

「こいつだ・・・」
そこには鍋をせっせとかき回している小さな子供が一人。
年はさっきの下の子と同じくらい。
金髪。
小さな手。
細い身体。
くせのあるまゆ毛こそ違っているものの、よく似ている。
「ああ?」
「誰かと思ったら、このガキににてやがった」
「なんだと」
意味は分らぬままにもサンジが反論する。
「いやー、客の中にガキがいてさ」
サンジににた客、と聞いてコックたちは入れ代わり立ち代わり見にいった。

「全然にてねえよ。あのお上品なの、見ろ。僕だとよ、僕」
「育ちがちがうわな」
口々に喋り散らしていたときだ。

「やかましい!!!」
いつの間にかそこにきていた、オーナーゼフが一喝した。
厨房は水を打ったように静かになった。
皆、ゼフの顔色を見ながら、黙々と仕事を続ける。
 
 
 

「おい、サンジ、ちょっと来い」
ゼフに手招きされて、ふくれっつらのサンジは厨房を出た。
まだ、鍋が途中なのに。
出たところには、帰りの身支度を整えた一家が待っていた。

おそらくこれが先ほどから話題になっていた一家なのだろう。
金髪の幼い少年が混じっていた。

「まあ、本当に似てるわ」
「コックさんから聞いた以上です」
「世の中には何人か似た人がいるといいますけれど」

サンジはどうしていいか分らず、じっとしていた。
裏方の彼は、普段客の前に出る事はない。

彼等は素直に驚きを浮かべて、うなずきあっている。
裕福と幸せを絵に描いたような家庭。
自分には縁のないもの。

「こんな小さな子が一人で・・・えらいねえ」

サンジににた少年が微笑みを浮かべて言う。
「きみ、頑張ってるんだね。僕はまだまだだね」

差し出された、悪意のない少年の手をとることができない。

オレは・・・

ただ立ち尽くす。
 

「ごめんね。恥ずかしかったよね」
「みんなにじろじろ見られたから、びっくりしただろう」
「大人しい子ね」
 

少年の一家は笑い声をあげながら帰っていった。
 

人を羨んだことはない。
羨んだって何も返ってこないから。
人を妬んだこともない。
妬んだって何も返ってこないから。

負けたくない。
その気持ちは誰にも負けない。
 

だけど。
今のこの気持ちは何だ。
 

わからない。
 
 
 
 

「おい、チビナス。いつまでじっとしてるんだ」
ゼフは背を向けて立ち尽くすサンジに声をかけた。

サンジはぎゅっと拳をにぎりしめて立っていた。

いかにも幸せそうな家族。
サンジは家族の話をしたことがない。
いない。
ただ、それだけ言った。

目の前にいた、家族。
幸せそうな子供。

外見こそ似ていたものの、なんと違うことか。

あの家族は幸せだ。
誰よりもサンジにはそれが分かったに違いない。
幸せに圧倒されたのだ。

いつもの強気のひとかけらも、だせなかった。
 
 
 
 

悔しい。
悲しい。

チクショウ。
チクショウ。

オレには決して与えられなかったもの。

涙が頬を伝う。
 
 
 
 

不意に、サンジの身体が引っ張られた。
ゼフの大きな身体にすっぽりと包みこまれた。
暖かくて、がっしりした身体。
 

「・・・ク・・ソ・・ジジ・・・イ」
涙がさらに溢れてくる。
サンジはゼフの服をぎゅっと握りしめた。
恥ずかしい。
でも、離れたくない。
泣き顔を見られないように、顔を埋める。
 
 

ゼフはひっついてくるサンジを抱きかかえたままでじっとしていた。
 
 

やれやれ。
なんと、ガキなことか。
オレは、なんてくだらねえものを生かしちまったのか。

このゼフともあろうものが。
何で、こんなクソガキに、こうも甘いのか。

だが、ほっておけない。
厄介なやつだ。
 
 

オレの夢はオールブルーだ。
チビナスじゃない。
人に夢を託すなど馬鹿げている。
 

だが、この小さな子供を切り捨てることがどうしてもできなかった。
最初に助けた時も。
無人島でいた時も。
陸についてからも。
もう一つの夢、海の上レストランを開いてからも。
 

そして今も。
こいつが、怪我しようが、傷付こうが、オレにはかかわりのない筈なのに。
 

サンジに害なす奴を排除しようとしている自分に気づく。
 

どうしてだ。
つまらねえもんを、生かしちまっただけなのに。