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 王国の海 番外編  



 

★10★
 
 
 
 
 

サンジは水遊びをするルフィたちをぼんやりと見ていた。
青い海はまぶしい陽の光で、
きらきらと輝き、
楽し気に騒ぐ声があたりに響いている。
水をかけあって遊んでいるルフィたち。

サンジはそれを正視できなくなって、
膝をかかえた。
光る海は、
サンジにはまぶしすぎた。
青い海は、
サンジには美しすぎた。

目の前の光景が美しければ、
美しいほど、
サンジにはもうない海がよみがえった。
バラティエの、海。
失って始めて知った、かけがえのない美しさ。
あれより美しい海はどこにも存在しない。
もう、幻になってしまった海。
 
 
 
 
 

サンジが「ルフィ王子のコック」と言われるようになって、
かなりになる。
ルフィの館にサンジがいることを誰も疑問に思わなくなり、
サンジ自身もルフィが客を連れて来ると、
コックとして料理をふるまった。

料理をするのは好きだったから、
何もかも忘れて料理をした。
ほんのひとときの喜び。
誰かが食べて嬉しそうにすると、つらい気持ちも忘れられた。
ルフィたちといるとにぎやかで、
違う自分でいることができた。

じっとしていると、追いかけて来る、支配の影。
サンジはルフィの館で生活していたけれど、
知らせが来ると王のもとに出向くのだ。
だから、今も身体にはそのあとが残っている。
それは、王の所有の証なのか、何なのか、
サンジには分からなかった。

サンジは毎夜のように王に抱かれていたけれど、
もうそれについては考えないことにした。
そしたら、息をするのも苦しいような感じがなくなり、
そんなに苦しまずに生きていけるのだ。

もう、身体のすみずみまで、
王の支配下におかれ、
好きなように喘がされ、
求められる痴態も何でもしたけれど、
それも、もうどうでもよかった。

考えないと、生きて行ける。
だけど、考えはじめると、
どうもできないのに、
苦しくて、苦しくてたまらない。

ルフィはオレを救ってくれた。
あの手をさしのべられると、
あの笑顔を向けられると、
なんだか身体があたたかくなる。

でも、最近感じるのだ。
ルフィが、たまにオレのことをいつもと違う目で見ている。
王がオレを見るのと同じ目だ。
その目をオレは恐れる。
だけど、どうにもできない。
オレにはどうにもできないんだ。

ルフィといるとオレは笑っている自分を感じる。
こんなになっても、笑えるんだ。
これ以上、何を望むっていうんだ。
これでいいはずだ。
なんの問題もねえ。
 
 
 
 

あいつら、
海の彼方まで行っちまった。
沖に浮かぶ小さな影。
だけど、あの影は帰って来る。
ちゃんと帰ってくるんだ。

きらきら輝く海の奥に、
米粒のようになったルフィたちが見えた。

砂は続いている。
海は続いている。
風は続いている。
けれども、サンジにはルフィたちのいる場所が、遠く遠く感じられた。

あいつらはあまりにも遠い。
まっすぐで、
正直で、
なにも隠すことなど持ってない。
オレは違う。
汚れてるし、
隠すことだらけだ。

サンジは砂浜にぽつんと座り続けた。
海を見ていると、
なぜだか涙が出て来た。
こぼれおちた涙は、
あっという間に乾いた砂に吸い込まれてしまった。

あとには、
何も残らない。
 
 
 
 

日が西に傾くようになっても、
ルフィたちは沖から帰ってこない。

・・・ああ、
メシつくらねえと。
サンジは重い身体をひきずると、
のろのろと歩き始めた。

ルフィの館の方をめがけて歩くが、
まっすぐ行きたくない気分だった。
初めて通るような木の多いところを抜けて、
しばらく歩いた。
 
 
 
 
 

突如、広々とした草原のようなところに出たが、
そこには見事としかいえない巨大な桜の木が満開の花をつけていた。
サンジは桜の木というものを見た事があったが、
これほど巨大な木は初めてだった。

その木にすいよせられるように根元に近寄り、
空を見上げると、
桜の花びらに取り囲まれて立っているような、
不思議な浮遊感につつまれた。

サンジは言葉もなく、
その場にたたずんだ。
 
 
 
 
 
 

ゆるやかに風が吹くと、
雪のようにピンクの花びらが舞い散った。

そこには、限りない「無」と、
限りない「有」が存在していた。

永遠の生と輪廻と、
一瞬にして失われる美とその存在。
 
 
 
 

その老木は「王国の桜」と言われる、
国で一番のすばらしい桜の木だった。
 
 
 
 

サンジは、
まばたきするのも忘れ、
その木に見入った。
刻々と変化する花の表情。
影を落とす木々のざわめき。

果てしなく静かで、
そこには木とサンジしか存在していないようだった。
 
 
 

サンジにはその感情が、
癒しなのか、
救いなのか、
恐れなのか分からなかった。
 

サンジは憑かれたように、
その木をいつまでも見上げていた。

人形のような白いほほは、
はかなさを感じさせる。

そのほほに、
ひとすじの涙がこぼれおちた。

サンジは自分が泣いていることにすら、
気づかなかった。

涙は枯れたかのように思えても、
泉のように湧いてでた。
心を殺して何も感じないようにしていても、
感動する心を消すことはできない。
誰かを愛する心を消すことはできない。

愛は、与えられるものでもなく、
奪えるものでもなく、
ただ気づいた時に在るものだから。
 
 
 
 
 
 
 
 

木はただ静かにそこに巨大な枝を広げ、
たとえようもなく美しく、
見事な花を咲かせていた。

その木は、
どんな時でも美しい花を咲かせ続けた。
 
 
 
 

サンジが木を見上げる前も、
サンジが木を見上げている時も、
サンジが木を見上げなくなった後も、
その桜はひたすら美しく咲き続けた。
 
 
 
 
 
 

王国の桜は、
全てを知っている。

どんな想いも願いも、
やがては通り過ぎて行く。

悲しみに泣き、
苦しむものにも、
必ず救いの時がやってくる。

その時は、間もなくやってくる。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

美しい木の下では、
美しい愛が生まれる。
 
 
 
 
 
 
 
 

幻の海は、
いつかは消える。
 
 
 
 
 
 
 

幻など必要としない時がやってくるから。



 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

end